『ROCKET PITCH NIGHT FESTIVAL 2023』が3月2日(木)、虎ノ門ヒルズフォーラムで開催される、86組の起業家が、キャピタリストを中心としたコメンテーターと1,000人を超えるオーディエンスを前に、3分間でビジネスアイデアを披露するまさに日本最大規模のピッチイベント。規模だけでなく、これまで登壇したスタートアップが累計100億円以上の資金調達を実現するなど、オーディエンスにとってはこれからグロースしていくビジネスを目の当たりにできる。
今回の『ROCKET PITCH NIGHT FESTIVAL 2023』でコメンテーターを務めるのが、Zホールディングス・Zアカデミア 学長の伊藤羊一氏。伊藤氏は登壇する起業家、イノベーターにどんな期待を抱きながら、ピッチを聞くのか? また、ピッチに限らずアイデアを伝える、ビジネスの場でコミュニケーションをとるとき、話し手がすべき準備や意識しておくべきポイントは何なのか? 『ROCKET PITCH NIGHT FESTIVAL 2023』を運営するVenture Café Tokyo足立あきほ氏とともに訊く。
取材・文:市來孝人 写真:川村将貴
「生きざまを見せる姿勢」がなければ、どんな言葉も伝わらない
HIP編集部(以下、HIP):伊藤さんは、著書に『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』があるなど、伝わるピッチの術を多くの人に授けています。ご自身としては普段、ピッチをどんな思いで聞かれていますか?
伊藤羊一氏(以下、伊藤):私がピッチでの聞く姿勢をいうと「人の夢を笑わずに聞く」です。ピッチ以外にも、大学の仕事で学生のプレゼンを聞くこともありますし、そういう意味では普段から「人の思いを発出する場」に身を置くことが多いです。
こうした発表の場はとても好きなんですが、「私の夢はこうだ!」と話すと、日本では「意識高い系」と馬鹿にされることが多いじゃないですか。こうした嘲笑が日本のイノベーションを阻んできた原因の1つにあるような気がしていて。私はこうした風潮を変えるために、みんなに勇気づけようという思いで参加しています。
HIP:伊藤さんはさまざまな場で「人に伝わるコミュニケーション」を論じていますが、ピッチをコミュニケーションとして見たとき、発表する側はどのような点を意識すべきでしょうか?
伊藤:まず、自分の思いを「置きにいかない」ことですね。「こういうことが望まれているだろうからそこに合わせてつくってみた」ようなピッチになってはいけないとの意味です。『ROCKET PITCH NIGHT FESTIVAL 2023』にはそういう人はあまりいないと思いますが、会社のなかで「こういう指示があったから」と、タスクとしてやるピッチもあります。
受け身になってしまうと、本人も組織も本当の意味での成長ができるか疑わしい。そうではなく、「私の夢はこれだ」「この事業はこう思う」と伝えるのが本来、大切なはずです。
以前、格闘家の青木真也さんと対談したとき、彼は「存在をかけて」という言葉を繰り返していました。存在をかけて、を私なりに言い換えると「生きざまを見せる」になると思うんです。ピッチでも、存在をかけた、生きざまを見せた言葉が出てきているか。それがなければ、人は動かせません。
足立あきほ氏(以下、足立):『ROCKET PITCH NIGHT FESTIVAL』はもちろん、それ以外のVenture Café Tokyoが行なう起業家・イノベーター向けのプログラムでも、やはり発表者自身のパッションの強さが参加者側の共感や満足度に密接につながっていると感じます。
HIP:足立さんが運営側として、ピッチではじつはこういうところを見ています、こういうところが響いた、などの気づきを教えていただけますか?
足立:毎週木曜日に開催している『Thursday Gathering』内でのセッションなどピッチイベントは日ごろから多数開催しています。
足立:繰り返しになりますが、やはりその方自身の熱量も大切なので、そこも見ながらどういう事業なのかと聞いています。「こういう社会課題を変えていきたい」との思いが込もっていると感じる方は、印象に強く残りますね。
ただ、思いが大切な一方で、伊藤さんはピッチに向けてどんな準備をすべきだと考えていますか?
伊藤:まず、「その場がどういう場なのか」と徹底的に考えつくすこと。たとえ、事業の存在をかけて熱く話すとしても、聞き手がどんな人たちで、どんなことに興味があって、どんなことにモヤモヤを抱えていて……を理解していないと、結局は自分の思いは伝わりません。
聞き手に合わせて自分の生きざまをちゃんとかたちづくって臨む、その準備がとても重要です。そうなると練習をたくさんするのが当たり前で、私も5分のプレゼンをする前に、300回の練習をしたことがあります。
足立:それはどういった機会だったのですか?
伊藤:ヤフー(現Zホールディングス)に入社前の2011年、「孫正義にプレゼンする」という機会を得られたんです。私は、「孫さんにプレゼンできる!」という喜びと同時に、「私にできるのは準備だけだ」と、すぐに行動へ移しました。
まずストーリーをどうするか、フォントをどうするか、使う写真はどうするか、使う言葉はどうするか、と下準備。それから、練習を繰り返しました。まずは10回ほど話したものを録音して聞いて、「これはちょっとモタっとしてるな」「ここリズムがないな」と振り返ります。
また、プレゼンは制限時間が「5分」、しかも5分10秒を過ぎると強制終了されるとのだったので、私は粘って5分9秒まで話そうと思いました。練習で7分かかっていた発表から、「これ」とか「そして」という接続詞を削ったり、1秒単位の時間を言葉の調整したりと、ボクサーの減量のような感じで時間を減らしていくわけです。それらを繰り返すと300回くらい練習が必要になりました。
「盛り上げるために落ち着かせる」。ピッチで投資家の心をつかむコツ
HIP:プレゼンの本番で気をつけていたことはありましたか?
伊藤:私はプレゼン・ピッチとロックのコンサートって、同じだと思うんですよ。何が同じかというと、「波形」が同じ。
HIP:波形、ですか。
伊藤:はい。たとえばロックだと大体どのミュージシャンも最初にドーンと盛り上がったナンバーを2、3曲やって、次にMCで「ミナサン、コンバンハ!」などと話しますよね。
そして、8割くらいのエネルギーで演奏して、会場のテンションを落ち着かせるためにバラードをやって、そのあとみんなが知っているヒット曲のイントロをやって盛り上がっていく。
コンサートをするとき、アーティストはみな、こういう波形を意識していると思います。緩急をつくっていくのはプレゼンやピッチも同じです。
HIP:なるほど。
伊藤:孫さんへのプレゼンでは「予想GUY」というスライドを用意しました。当時、ソフトバンクのCMでダンテ・カーヴァーさんの「予想GUY」というセリフが流行していたのを覚えていますか? 私も途中で「予想GUY」と出したら、孫さんがズルっとコケるようなリアクションをしてくれたんです(笑)。
そのように間をつくって、ときには淡々と説明し、最後にはドーンと盛り上がる構成にしました。コンサートでバラード曲を挟むように、やっぱり一旦落ち着かせてから盛り上げたり。
ピッチ・プレゼンにしろ音楽や映画にしろ、人を感動させるにはもちろん内容が重要です。しかし、伝え方を間違えると感動させられないだけでなく、内容の核心が伝わらないこともある。正しい伝え方をしないと、受け手の受け止め方も違った方向にいってしまうからです。
ピッチでも引き込んでから大事なポイントをいわないと絶対に伝わりません。盛り上げるために落ち着かせる。
足立:波形を意識して話すことはもちろん、スライドのフォントや文字の大きさ、どの順番で説明するか、相手がどういう受け止め方をするかを熟慮したうえに、練習も何度も繰り返す……それが大事なんですね。
伊藤:『ROCKET PITCH NIGHT FESTIVAL 2023』でいえば3分のピッチとなるので、3分ずっとドーっといってもいいんですが、それでもやっぱりちょっと落ち着かせると、上がったときにメリハリがつく。3分という限られた時間でそれができたら、コメンテーターにもオーディエンスにもインパクトをのこせるピッチになるでしょう。
HIP:2021年のインタビューで、『ROCKET PITCH NIGHT』を運営する小村隆祐さん(Venture Café Tokyo)が「ビジネスを始める人は素振りが大事」というお話をされていて、伊藤さんの言葉と通ずるところがあると感じました。
伊藤:プロ野球選手で素振りをしない人はいないわけです。ゴルファーも試合前の朝に必ず練習場でアプローチの練習をするじゃないですか。でもビジネスの世界だけ、そういうことをしなくてもなんとかなってしまう。
でもちゃんとやれば、テクニカルな面はもちろん、どんどん自身の存在がかたちづくられていくから、もしパートナーや投資家から予想外の質問が来ても、きちんとレスポンスができるんですよね。