「最初は、相手にさえしてもらえなかった」
シリコンバレーで長年にわたり数多くのスタートアップとの協業を推進してきたホンダ・イノベーションズ CEOの杉本直樹氏は、そう振り返る。長くIT分野が中心だったシリコンバレーのベンチャー経営者や投資家たちは自動車業界に関心を持っていなかった。そんな状況のなか、杉本氏は「資金提供にとどまらず、革新的な技術をともに実装する仲間として」協業の道を切り開いてきたという。
その経験から見えてくるのは、日本企業が世界市場で勝つためのヒントだ。ホンダが描く理想のスタートアップ協業像と、その実現に向けた組織作りについて話を聞き、日本企業の新規事業部門が実践すべきアクションを探る。
「社内でアテにされていない」。無力感をバネに切り開いた協業の道
- HIP編集部
(以下、HIP) - 杉本さんがスタートアップとの協業を手がけるようになった経緯を教えてください。
- 杉本直樹氏
(以下、杉本) -
私は前職のリクルート時代にシリコンバレーへ企業留学し、卒業後、現地で社内ベンチャーの立ち上げを経験しました。そのあと、スタートアップとの協業を模索するホンダから誘いの声をかけてもらったんです。
当時、ホンダはすでにシリコンバレーに先端技術研究拠点を構えていました。スタンフォード大学などの現地アカデミアとの共同研究などを推進していましたが、シリコンバレーには、日本では珍しいユニークな技術系スタートアップが多数あることに気づいたんです。
ホンダがスタートアップと一緒に何かを始めようとしている。私はそこに意外性と面白みを感じ、シリコンバレーに身を置いたまま2005年にホンダの現地法人に入社しました。

- HIP
- スタートアップとの協業は研究開発の一端だったのですね。
- 杉本
-
はい。手法はCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の形を取りましたが、目的はあくまでも技術探索でした。私たちのチームは現地のユニークな技術系スタートアップを見つけ、日本にある研究所の本体につなぐ役割を担っていたんです。
数百社にのぼるスタートアップと連携し、なかにはホンダの車や社内ネットワークに実装された技術もあります。研究所の探索活動としては一定の成果を得ましたが、一方で「もったいない」と思う部分もありました。
- HIP
- もったいない?
- 杉本
-
日本の大企業であるホンダは、そもそもいつ見つかるかもわからない海外のスタートアップに依存した技術開発計画を立ててはいませんでした。既存の技術やビジネスモデルを変革できる可能性を持つスタートアップを発見して紹介しても、日本の本体からは反応がなかったり、拒絶されたりすることもあったんです。当時のCVCチームとして、「俺たちは社内でアテにされていないな……」と無力感を覚えることもありましたね。
中には興味はあっても、アメリカまで足を運んでもらうのは難しく、言語の壁もありました。さらに当時は、今でこそ一般的になったIT系の技術も、「車に適用したらどうなるか」というイメージがまだ持たれにくく、せっかくのアイデアが協業に至らないことも多くありました。そういう経験から、スタートアップの技術を単に紹介するだけではなく、「実際にどのようなお客様体験が可能なのか」をモノで見せる、いわばプロトタイプラボ的なアプローチが必要だと感じたんです。
そうした背景から、2011年にCVCチームを発展させた「ホンダ シリコンバレーラボ」を設立しました。出資だけではなく、現地のスタートアップと実際に協業してプロトタイプを作る。現地でものづくりを進め、形にして日本に示すことを目指したんです。スタートアップと共同開発し、フロントガラスに映し出されるナビゲーションディスプレーや、車とスマートフォンをつなぐ技術、自動運転関連の技術などを形にしていきました。後に「CASE」(※)と呼ばれる技術に、かなり早くから取り組んでいたと自負しています。
そして、こうして開発したプロトタイプを集めて「Tech Show Case」という社内イベント(いわゆるデモDay)を年に2回開催し、ホンダの経営層に見に来てもらい、「この技術は次のシビックでの実装を検討しよう」など、迅速に意思決定してもらうように運営しました。
この取り組みはスタートアップ側にも大きなメリットがありました。ホンダの研究開発用ガレージを使え、資金支援も受けながら共同開発できたからです。スタートアップの事業拡大に欠かせないPRや資金調達にも大きくプラスに働きました。
※ Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(シェアリング・サービス)、Electric(電動化)の頭文字
