INTERVIEW
世界初の「空の地図」をつくる。一人の情熱から始まったゼンリンの新規事業
深田雅之(株式会社ゼンリン ドローン推進課 副長) / 原口幸治(株式会社ゼンリン 執行役員 研究開発室 室長)

INFORMATION

2018.09.10

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ドローンハイウェイという名の、「空の道」をつくるためのプロジェクトが進行中だ。取り組んでいるのは、老舗の地図企業ゼンリンと東京電力グループ。ドローンを自律飛行させるための「道しるべ」として、東京電力グループが管理する5万基の送電鉄塔と1万5,000kmの送電線を活用する構想である。

常識であれば、高圧電流が流れる送電線に、通信電波を使う精密機器であるドローンを接近させるのは御法度。これを道しるべに使うという逆転の発想は、どのように生まれたのか。大企業の内部からイノベーションを実現するために、社内外に味方を増やしていくネットワークづくりをどのように進めたのか。

「仕掛け人」として大胆な挑戦に取り組んだゼンリン ドローン推進課の深田雅之氏と、エンジニアとして取り組みをバックアップした一人、技術開発室 室長の原口幸治氏に話を聞いた。


取材・文:星暁雄 写真:西槇太一

送電線という危険領域をドローンが飛行できるなら、ビジネスチャンスとして面白い。

HIP編集部(以下、HIP):まず、「ドローンハイウェイ構想」について教えてください。

深田雅之氏(以下、深田):ドローンは、無人で飛行できる小型のデバイスです。今後順調に普及していけば、自律飛行する多数のドローンが空を飛び交う社会がやってくるかもしれない。しかしそのとき、無秩序に行き交うことをよしとしてしまっては、衝突する危険性がありますよね。

株式会社ゼンリン 深田雅之氏

深田:そこで、空にも「道路」をつくろう、というのが「ドローンハイウェイ構想」です。東京電力グループが管理している鉄塔や送電線を道しるべに、ゼンリンが持っている地図データも活用しながらドローンを運行するという考え方です。

ゼンリンでは、東京電力グループとの協業の話が出る以前から、私と原口を中心にドローンを事業化できないかと取り組んでいました。対して東京電力グループは、一度建てたら50~100年も管理コストがかかる鉄塔を、なんとかして活用できないかと考えていた。両者の思惑がうまく一致したかたちでした。

原口幸治氏(以下、原口):通常、送電線の周囲といえば「危ないから入ってはいけない」領域。当然、ドローンを飛行させるときにも近寄らないのが鉄則でした。しかし、この危険領域を、ドローンが飛行できる安全な領域に変えられるなら、ビジネスチャンスとして面白い。エンジニアとしても決して敷居が低いとはいえない構想でしたが、発想の転換とチャレンジの両方の要素があり、両社にとって「やりがい」が感じられる取り組みで、「ぜひやろう」と盛り上がったんです。

東京電力グループの方から聞いた話なのですが、電力というのは、人が住んでいるところには必ずある。ということは、ドローンが荷物を持って電線を辿っていけば、必ず人に届けることができるんですね。まずは高圧鉄塔からのスタートですが、将来的に電線をドローンの「道」にすることができれば、本当に面白い取り組みになると思います。

株式会社ゼンリン 原口幸治氏

カーナビで経路探索に使う「仮想の道」を、空にも応用できるのではと考えた。

HIP:イノベーションとは、まったく新しい技術の発明ではなく、既存の複数の要素による「新結合」だという言い方がありますが、まさに新結合が生まれたわけですね。ゼンリンの強みである「地図」を、ドローンの「道」づくりに活かして、ビジネスにできるという勝算はどこにあったのでしょうか?

深田:ゼンリンでは、カーナビゲーション用の地図データも提供しています。カーナビって、人に見えている地図の裏側に、機械が読むためのデータを格納しているんです。「所要時間が最短」「一般道優先」など、さまざまな条件で経路探索をする際に使う、計算ためのデータです。この前提があったので、ドローンが自律飛行するときにも、空の「道」を読み取るための同様のデータが必要だろうと直感的に浮かびました。

原口:つまりわれわれがつくろうとしているのは、ドローンの通り道をデータとして仮想的に描いた地図です。それをつくるために、カーナビ用の技術を応用できるだろうという戦略は、私が所属する研究開発部門のなかにもありました。

深田:それに加えてゼンリンは、ドローンの発着地となる地上の地図情報も持っている。ドローンの運行を、すべてわれわれのデータ上で管理できるだろうと思いました。

「ドローンハイウェイ」に関する説明動画

マーケットを分析するために、1年間で1,000人のドローン業界関係者に会った。

HIP:もともとゼンリンでドローンのプロジェクトを推進されていたのは、深田さんだとお聞きしました。ドローンがビジネスになるのではないかと、最初に着想したきっかけは何でしたか?

深田:2013年から2年間、私は国土交通省に出向していました。その研究室では、先進技術を活用したインフラ維持管理の研究が行われていたんです。いまでいう「i-Construction(アイコンストラクション)」、ドローンやITを建設現場などで活用する取り組みです。そのなかで基礎研究として、ドローンの研究にも触れていて。まだドローンがさほど一般的ではなかった2014年に、初めてドローンが飛ぶ姿を見たんです。

ドローンは位置情報を使って飛ぶので、地図と親和性が高そうだとすぐに思いました。将来的に魅力的なマーケットになるに違いないと思って、翌年の1月に企画書を社長に持って行ったんです。「新年の挨拶をしたい」と理由をつけて(笑)。そうしたら「とにかく、前に進めてみたら」と言ってもらいました。それで、最初は同じ部署の数名のメンバーに助けてもらいながら、一人で始めたんです。

HIP:思いついてすぐに社長に直談判する、その行動力はすごいですね。

深田:ところがその3か月後、2015年4月に、首相官邸にドローンが落下する事件がありまして。そのニュースが出たあとは、社内のいろんな人に声をかけられて「ドローン、まずいんじゃないのか」と問い詰められたのです。でも私は、事故が起こったあとは必ず安全へのニーズが高まるので、それをつかむことができればむしろチャンスになると思いました。

HIP:とはいえメンバーはお一人で、何をどのように進めたのでしょうか?

深田:ドローンを飛ばすためにはまず、規制にまつわる情報を知ることが不可欠です。例えば空港上空や、人口密集地上空など、飛んではいけない場所も多い。では、そうした情報はどこにあるのかというと、空港は国土交通省、人口統計は総務省の管轄になります。複数の省庁から情報収集をする必要がありました。

また並行して、マーケットを分析するために、1年間で1,000人のドローン業界関係者に会いました。まずは社外の旧知の知り合いを頼って、数人紹介してもらって。そこからは、知り合いの知り合いをたどったり、それでもダメなら飛び込みで行ったり。そうして毎日外に出かけていると、次第に噂を聞きつけて「会いたい」と言ってくれる人も増えてきました。

ドローン業界といっても、まだでき始めの時期だったので、1,000人といったらその頃活動していた方々のほぼ全員だったと思います。みなさん私と同じように、早い時期からドローンに取り組むなかで、同じような悩みや課題意識を抱えていて、話が盛り上がったんです。

ある領域のフロントランナーとして、国や企業を巻き込んで活動していくためには、すべてを知っていなければいけません。技術の話、業界の話、省庁の話、何か聞かれたとき1つでも「答えられない」では通用しない。だからひたすら、真剣に情報を集めていたんです。

たった一人で始まったプロジェクト。社内巻き込みのキーとなったのは「夢」を語ること

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