最近、新規事業を創出したい企業が社内ワークショップを開催することが増えているようです。しかし、そこで生まれたアイデアが事業化に至る例は、残念ながらまだ多くはありません。ワークショップデザイナーのタキザワケイタさんは、その失敗の理由を「適切な設計ができていないから」と語ります。
彼の設計によるワークショップから生まれたアイデアは、Googleが主催するプロジェクト『Android Experiments OBJECT』で2作品がグランプリを受賞。さらに、そのうちの一つ「スマート・マタニティマーク」を発展させたサービス「&HAND(アンドハンド)」は、『LINE BOT AWARDS』でグランプリを受賞し、事業化が進んでいます。
これはLINEなどを活用して身体、精神的な不安や困難を抱えた人と手助けしたい人をマッチングするサービス。2017年12月に東京メトロ銀座線で行われた、席に座りたい妊婦と、席をゆずる意思のある乗客をつなぐ「#LINEで席ゆずり実験」はテレビやインターネットのニュースサイトなど多くのメディアで取り上げられ、話題を呼びました。
ワークショップを成功に導くポイント、そして、それをかたちにして世に送り出すためのテクニックとは? タキザワさんに伺います。
取材・文 /鈴木 陸夫 写真 / 玉村敬太
ワークショップの成果の80%はメンバーで決まる。
HIP編集部(以下、HIP):タキザワさんはワークショップを活用して、企業が抱えるさまざまな課題を解決していると伺いました。「&HAND」のベースになった「スマート・マタニティマーク」もワークショップから生まれたそうですが、どんな経緯でこのプロジェクトを立ち上げたのか教えてください。
タキザワケイタ氏(以下、タキザワ):本業は広告代理店に勤めているのですが、「スマート・マタニティマーク」「&HAND」は完全に個人の活動として取り組んでいます。仕事では企業の課題解決を支援していますが、そのなかで感じているのは、ワークショップのアウトプットの質は、80%がメンバーのレベルやモチベーションで決まってしまうということです。
しかし、仕事でワークショップを行う際、参加者はクライアントの状況に依存するので、こちらで自由に決めることはできません。自分がイメージする最高のメンバーでワークショップをやったらどんな共創の場ができ、どんなアウトプットが生まれるのか、興味がありました。そのための実験を兼ねて行ったのが『Android Experiments OBJECT』への応募を目的とした「ハイレベルメンバーによる共創実験」です。
HIP:参加したメンバーはどのような方々だったのでしょうか?
タキザワ:前々から一緒に仕事がしてみたいと思いながら機会がなかった友人知人に声をかけました。UXデザイナー、サービスデザイナー、エンジニア、アートディレクター、コピーライター、グラフィックレコーダー、アーティストなど、会社、スキル、年代も違うメンバー10人が集まり、3回のワークショップを行いました。
HIP:そこから「電車で席に座りたい妊婦と、座席を譲る意思のある乗客をつなぐ」という「スマート・マタニティマーク」のアイデアはどのような手順で導き出されたのでしょうか?
タキザワ:メンバー同士は初対面だったので、初回は各自がこのプロジェクトで成し遂げたい目標を共有することから始めました。2回目以降は、グラフィックレコーディングを活用してディスカッションをしたり、3分アイデアソンで大量にアイデアを出したり、コンテストで受賞を狙えるアイデアをつくっていきました。
ワークショップのプログラムは事前に設計せずに、ファシリテーションしながらその場で決めていきました。今回のプロジェクトを実験と位置づけていたことに加え、普段から「状況に応じて柔軟にプログラムデザイン、ファシリテーションしていく」ことを心掛けています。
最終的に『Android Experiments OBJECT』には10案を応募し、うち2案がグランプリを受賞しました。その一つが「スマート・マタニティマーク」です。とはいえ、10案出したのは苦肉の策という面もありました。この実験は「みんなですごいものをつくろう」という目的のもと進んでいったので、提出するアイデアを絞りきれなかったのです。
これは、プロジェクトをファシリテートしたぼくの反省点です。結果が出せたことは良かったですが、もう一度やるのであれば、最初に解決するのが難しい社会課題をいくつか用意しておいて、そのなかからみんなが本気で「解決したい」と思えるものをテーマにする、というやり方を取ると思います。
※参考:「ハイレベルメンバーによる共創実験」プロセス
会社を動かすのにはパワーがいる。ビジョンに共感し、自分ごととしてコミットしてくれる仲間が必要。
HIP:ワークショップやアイデアソン、ハッカソンでアイデアが生まれても、事業化に至らずに終わってしまう例は少なくないように思います。「スマート・マタニティマーク」はどのように大手企業を巻き込んで、「&HAND」として事業化をしていったのですか?
タキザワ:『Android Experiments OBJECT』の副賞として『MEDIA AMBITION TOKYO』という展示会に「スマート・マタニティマーク」を出展できることになったのですが、そこでインパクトを残すには、単にプロトタイプをつくるだけでは不十分だと考えました。というのも、「スマート・マタニティマーク」にはアイデアや技術的な新規性はないので、実社会のなかで機能しているシーンがリアルに想像できて、はじめて評価されると考えたからです。
そのためにはチームだけで開発するのではなく、いかにいろんな企業を巻き込んでいけるかがカギになります。そこで行ったのが「フューチャーセッション」という対話型のワークショップ。これから協業していきたい企業の方々に集まってもらって、「妊婦が安心して暮らせる理想の社会とは?」をテーマに対話をすることで、「スマート・マタニティマーク」が目指しているビジョンを「自分ごと化」してもらうことを目指しました。
また、このワークショップへの参加も、会社を通してのアプローチだとハードルが上がってしまうと思ったので、Facebookメッセージで誘いました。ここで生まれたつながりから、2017年1月に鉄道博物館で実証実験を行うことができました。参加者の反応や実験結果も非常に良かったです。
HIP:ワークショップに集まってくれたとはいえ、参加者が自分の会社にかけ合って、動かすことも簡単ではないと思います。なぜ実証実験が実現したのでしょうか?
タキザワ:やはり、ビジョンに共感してもらえたからだと思います。ワークショップ後も開発に協力してくれる企業をたくさん探しましたが、担当者に会ったとき、ぼくはまず実現したいビジョンを語ります。そのうえで、一緒に組んだときの相手の会社のメリットを提案します。ただ、最初の面会では、あえてそれ以上は話しません。
担当者が「やりたい」と思ってくれても、上司を説得できずに頓挫するというケースは山ほどあります。でも、それをどうにかして突破してもらわなければ何も始まらない。だから、結局は直接会った担当者がどこまでぼくらのビジョンに共感し、自分ごととして社内で戦ってくれるのかに尽きるのです。