東宝にイノベーション専門部署? 絶好調のなか、チャレンジを始めた理由とは
小早川靖典(東宝株式会社 経営企画部 次長 兼 イノベーション推進室長) / 栢木琢也(東宝株式会社 経営企画部 イノベーション推進室)
2020.02.10

2019年は映画の当たり年だった。映画関連各社とも業績が好調で、国内の映画興行収入は過去最高を更新したという。

なかでも、気を吐くのが圧倒的なシェアトップを誇る東宝だ。2019年の邦画興行収入ランキングでは、トップ10のうち東宝配給タイトルが7作品もランクインしている。

潮目が変わったのは、2015年から。目標を大きく超える業績を達成し、中期経営計画では「一段上のステージへ」と表現された。翌2016年には『君の名は。』や『シン・ゴジラ』がメガヒットしたことも記憶に新しい。

まさに順風満帆。一方で、ひっそりと始まったプロジェクトがあった。それは、東宝らしい新規事業の模索。このプロジェクトは、2017年4月に「イノベーション推進室」の誕生へとつながった。

東宝が目指す「イノベーション」とは何なのか。室長の小早川靖典氏と、入社2年目にして配属された栢木(かやき)琢也氏に話を聞いた。


取材・文:笹林司 写真:熊原哲也

業績好調のいま、なぜ「イノベーション」に挑むのか?

HIP編集部(以下、HIP):イノベーション推進室が設立されたのは2017年4月。当時過去最高の利益を上げていたなか、なぜイノベーションの必要性を感じたのでしょうか。

小早川靖典氏(以下、小早川):半分は危機感、もう半分は「もっと成長できる」という期待感です。確かに、2015年頃からは目標を上回る業績を上げており、配給シェアも4割を超えるようになりました。ですが、この配給シェアを倍にするのはまず不可能でしょう。さらなる成長には、新規事業が必要だと考えました。

東宝株式会社 経営企画部 次長 兼 イノベーション推進室長の小早川靖典氏。シネマコンプレックスへの本格参入を背景に、2006年より10年間、TOHOシネマズ株式会社に出向していたという

栢木琢也氏(以下、栢木):若手にはとくに、危機感を覚えている社員が多い印象です。10年、20年先に、映画が現在の規模を維持できるのかはわからない。そう考えると、「なにか新しいことをやらなければ」といった危機感があります。

東宝株式会社 経営企画部 イノベーション推進室の栢木琢也氏。2018年に入社し、映画の編成・企画を行う映画調整部を経て経営企画部へ。「もともと映画に限らず企画を手がけたいという思いがありました。それも関係してか、2年目は経営の企画に挑戦させてくれたのだと思います」

HIP:東宝流の「イノベーション」とは、どのような定義なのでしょうか?

小早川:我々にとってのイノベーションとは、世の中にないものをつくるというよりも、「これまで東宝がチャレンジしていない取り組みをすること」だと考えています。イノベーションという言葉には、社内に向けて「これからは新しいことをやっていく」という決意を発信する意味も込めました。

「東宝にとっての新規事業」を模索し、たどり着いたのはオープンイノベーション

HIP:イノベーション推進室設立に至った経緯を、具体的に教えていただけますか。

小早川:私は2006年から10年間、グループ会社であるTOHOシネマズ株式会社に出向していました。そこで新設した経営企画部のミッションに、新規事業の研究・創出があったのです。大きな成果は出せませんでしたが、新規事業に取り組むこと自体、東宝グループでは珍しいことでした。その後、上司から「東宝本体でも新規事業の創出に取り組めないか」と声を掛けられ、東宝本体の経営企画部に配属されました。それが2016年4月のことです。

HIP:2017年4月に部署が設立されるまでの1年間は、準備期間だったのでしょうか?

小早川:どちらかといえば、東宝にとっての新規事業開発の方向性を探る研究期間でした。そこでたどり着いた答えが、投資や提携といった社外協業、つまりオープンイノベーションです。

東宝は少数精鋭の会社で、本体の社員は400人弱と決して多くありません。どの部署も現業以外に人的リソースを割く余裕はなく、自分たちでゼロから新規事業を起ち上げるのは難しい。そこで、私たちに不足しているものを持つベンチャー企業などとご一緒するのがひとつの方法論だと結論づけ、協業相手を探し始めました。

HIP:パートナーを探すときのポイントというのは?

小早川:既存の部署と組み合わせたときに、シナジーが生まれるかどうかです。探しているうちに「この部署とつないだらおもしろいのではないか」というベンチャーが見つかるのですが、各事業部門に話を持ち込んでも、当時はなかなか理解されませんでしたね。「それの何がいいの?」「小早川は何がしたいの?」と言われるばかりで、頭を悩ませました。

もちろん、現場の意見もわかります。それぞれの本業にとって、イノベーションは優先事項ではありません。そして前例のない取り組みであるがゆえに、当然、ビジネスとしての確実性も判断できませんから。

HIP:そういった状況をどのように打開したのでしょうか。

小早川:会社としての方向性を示してもらうために、上司である役員を通じて社長の判断を求めました。まずは1年間の研究や活動結果を報告したうえで、「続けるのか辞めるのかを判断してほしい」と。そして、「続けるならば、経営トップとしての意志を示してほしい」と意見したのです。そのうえで、社内外に東宝の取り組みをアピールするための専門部署を新設したいと訴えました。これが、2017年2月のことです。

社長からの返事は「新規事業創出は続ける、4月から部署をつくれ」というものでした。ただし、「新規事業部」などといったありがちな部署名ではダメだというお達しがありましたね。「新規事業開発では後発だから、まずは名前だけでも耳目を引くようなものにしたい」と。

そこで、エンタテインメント業界では珍しかった「イノベーション」という言葉を冠しました。名前ありきの部署と言ってしまえばそのとおりです(笑)。一般的なイノベーションは意味が異なるでしょう。

社風は保守的で真面目。5年後、10年後を見据えてイノベーティブな風土を育む

HIP:イノベーション推進室は、どのようなミッションを掲げていますか?

小早川:やるべきことは3つあります。1つ目は、「将来の飯の種」になる新規事業を生み出すこと。東宝の三本柱である「映画」「演劇」「不動産」に続く4本目の柱になるような新規事業をつくりたいのです。ただし、事業領域はあくまでエンタテインメント。エンタテインメントと呼べるなら、スポーツでもいい。映画と演劇以外にも領域を広げようということです。

2つ目は、東宝にはない知見を持つ協業パートナーと現業部署をつなぐハブになること。それによって、現業とのシナジーやイノベーションを生み出したいと考えています。

HIP:それでは、3つ目は?

小早川:そもそも、社内にイノベーティブな雰囲気を醸成させることです。エンタメ業界には「積極的に新しいことをやる」というイメージがあるかもしれませんが、東宝はどちらかといえば保守的で真面目な社風。イノベーティブな風土も一朝一夕で育まれるものではありませんから、5年後、10年後を目指し、いまから種をまこうとしています。

HIP:イノベーション推進室の具体的な活動内容を教えてください。

小早川:1つは、オープンイノベーションのパートナー探しです。2016年から数えると、500社以上は検討していますね。スタートアップのマッチングイベントに足を運んだり、ベンチャーキャピタルに紹介してもらったり、地道に活動しています。

その結果、クオンというスマートフォンアプリ向けキャラクタースタンプの制作や流通を手がけるスタートアップとの資本業務提携、つまり出資が実現しました。キャラクタービジネスは東宝が抱える課題のひとつでしたので、新たなIP(知的財産)の開発という点で魅力的でした。クオン以外には、2社ほど業務提携を行っています。

小早川:もう1つの活動として、社内のイノベーション風土の醸成を目的に、社内の企画コンテスト「TOHO INNOVATION PROGRAM(TIP)」を立ち上げ、運営しています。「せっかく専門部署をつくるなら、アイデアの社内公募をやってみたらどうだ」という社長のトップダウンでスタートし、2017年の年末に第1回を実施しました。

「TIP」は既存事業にとらわれない事業やサービスを社内公募する仕組みで、グループ社員なら誰でも応募できます。アイデアが選考を通過したら、グループを横断したプロジェクトチームのもとで事業化を目指していきます。

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