INTERVIEW
カニバリも気にしない。東京電力が新規事業にベンチャー経営者を招いた理由
妹尾賢俊(TRENDE株式会社 代表取締役社長) / 赤塚新司(東京電力ベンチャーズ株式会社 代表取締役社長)

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2019.12.20

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「既存事業をディスラプト(破壊)するビジネスにも積極的に取り組む」。そんな大胆な方針を掲げるのは、東京電力グループの子会社、東京電力ベンチャーズ株式会社だ。

エネルギー業界最大手とはいえ、人口減少や発電・小売市場の自由化といった急速な環境変化には抗えない。事業モデルそのものを変革するために、東京電力ベンチャーズは外部から経営者を迎える「ベンチャー型経営」にもチャレンジ。傘下であり、電気の小売事業を担うTRENDE株式会社では、フィンテックベンチャー2社の創業経験がある妹尾賢俊氏に経営を委ねている。

賛否もあったという「ベンチャー型経営」が、東京電力グループにもたらすメリットとは何なのか。東京電力ベンチャーズ 代表取締役社長の赤塚新司氏と、TRENDE 代表取締役社長の妹尾賢俊氏に、「挑戦」へかける想いを聞いた。


取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:丹野雄二

「既存事業を破壊してでも、新しい事業モデルをつくらなければいけない」

HIP編集部(以下HIP):まずは、東京電力ベンチャーズの事業内容を教えていただけますか。

赤塚:社名に「ベンチャーズ」とあるため、ベンチャーキャピタルと捉えられることもありますが、私たちが目指すのはみずから事業開発をするビジネスディベロッパーです。外部の方々とも協業し、M&Aやライセンス契約、提携なども含め、最適な方法を模索しながら新しい事業をつくっています。

母体となったのは、東京電力ホールディングスにあった「新成長タスクフォース」という新規事業開発を行う社内組織。2018年、この組織をスピンアウトするかたちで独立子会社化しました。

東京電力ベンチャーズ株式会社 代表取締役社長の赤塚新司氏。設立前は、社内組織「新成長タスクフォース」事務局長を務めていたという

HIP:独立子会社した狙いは何だったのでしょうか?

赤塚:1つはスピード感です。外に出るとハンドリングの権限を持てるので、事業開始の決裁や投資を主体的かつスピーディーに行えるようになります。

もう1つは外部との連携ですね。独立子会社化したほうが、投資家の方々とも事業展開がしやすい。自己資金だけでなく、外部からの投資も含めて事業を開発しようという狙いがありました。

その背景には、やはりエネルギーの環境や市場の急激な変化があります。既存事業をディスラプト(破壊)してでも新しい事業モデルをつくらなければいけない。そのためにも、外に出ることが必要でした。

新規事業への意識を高めるためには、トップみずからが発するメッセージも効果的

HIP:エネルギー業界では、どのような環境や市場の変化が起きているのですか。

赤塚:これまでは、電力会社がつくった電気を各家庭で効率よく使っていただく、いわば垂直降下型のビジネスでした。しかし、太陽光パネルや蓄電池の普及が進むと、お客さま自身が電気をつくり、余ったらシェアするような時代になるでしょう。すると、これまでのような一極集中型のシステムは通用しません。

HIP:その危機感は、グループ全体で共有されているのでしょうか?

赤塚:はい。東京電力グループは2000年ごろから新規事業の開発に取り組んでいますが、当時はあくまで社内の1セクションという捉え方でした。けれどいまは、ホールディングスのトップみずからが新規事業の重要性を説いている。それも功を奏して、会社全体での取り組みに変わってきました。

HIP:そうして生まれた新規事業のひとつが、TRENDEですね。こちらはどんな事業を?

妹尾:ひとことでいうと、電力の小売事業です。現在は「あしたでんき」というサービスや、家庭用の太陽光パネルを使った「ほっとでんき」というサービスを展開しています。

毎月固定の費用がかかる通常の従量電灯プランとは異なり、基本料金が無料となる「あしたでんき」。毎月、使ったぶんだけ料金を支払うシステムだ

妹尾:私たちの最終的なゴールは、電力会社を介さずお客さま同士が電力取引を直接行うP2P電力取引の実現。そのために、現在はブロックチェーンを活用し、個人住宅や事業所、電動車間の電力取引を可能とするシステムの実証実験を、トヨタや東京大学と共同で行っています。

TRENDE株式会社 代表取締役社長の妹尾賢俊氏。同社は「新成長タスクフォース」時代の2017年8月に創業し、東京電力ベンチャーズの設立にともない傘下に加わった

金融からエネルギーへ。業界の垣根を超えた挑戦がイノベーションを加速させる

HIP:妹尾さんはもともと、金融業界ご出身だそうですね。なぜ畑の違うエネルギー分野に挑戦しようと思われたのですか?

妹尾:TRENDEの前は、ブロックチェーンを使った地域通貨発行システムの開発などを行うベンチャー企業を経営していました。いわゆる「フィンテック」の分野ですね。確かに、一見エネルギー業界とは畑違いだと思われるかもしれません。

それでも挑戦することを決めたのは、「金融もエネルギーも、課題や必要なテクノロジーは変わらないな」と感じたからです。

金融でいえば、電子マネーの普及で、銀行以外も決済サービスを提供できるようになりましたよね。すると、お金の流通よりも、決済者のデータを収集・分析して、リアルな世界に還元するデジタルトランスフォーメーションが重要視されるようになりました。

電気も今後、上から下へ一方的に流すのではなく、地産地消のような消費がモデルになるでしょう。そうなれば、キャッシュポイントも電気そのものではなくお客さまのデータに変わる。この流れは、金融業界と同じだと感じたのです。

HIP:東京電力グループのなかでは、妹尾さんの起用にどのような反応がありましたか?

赤塚:外部から経営者を招聘する「ベンチャー型経営」の前例はなく、賛否はありました。ですが必要なのは、我々自身もチャレンジして学んでいくこと。さらなるダイナミズムにトライする必要があるだろうという結論に至り、我々では持ち得ない妹尾さんの視点や経験を活かしていただくことになりました。

「新成長タクスフォース」時代にも少額出資でスタートアップとご一緒した経験はありますが、外部からスタートアップの方を迎えるかたちで経営に関わったのはTRENDEが初めてです。

市場で勝ったプレイヤーがチャンピオン。だから、グループ内のカニバリも気にしない

HIP:共通点があるとはいえ、金融業界の常識が通用せず、苦労されたこともあるのでは?

妹尾:いえ、特にやりづらさや苦労を感じることはありませんでした。というのも、すでにエネルギー業界にも「デジタルトランスフォーメーションを進めなければいけない」という危機感が浸透していたからです。

おそらくエネルギー業界の人たちが、既存の金融機関の急速なデジタルフォーメーションを横で見ていたからでしょう。行政もそうした動きをナーバスに観察し、電力業界にフィードバックしていましたからね。

HIP:そのような土壌があったから、妹尾さんの起用やTRENDEの事業内容にゴーサインを出せたのですね。

妹尾:もちろん、抵抗がないわけではなかったと思います。とくに個人間のP2P電力取引は、これまでの既存事業を半分食ってしまいかねないものですから。

ですが、それ以上に強い危機感があるのだと思います。グループの基幹を担う事業の経営層は、つねに「どうやって新規事業をつくっていくか」を考えている。その熱意は、執着といってもいいほどです。

HIP:東京電力グループにはすでに、電気の小売事業を手がける子会社があります。どのように棲み分けを行なっているのですか?

妹尾:東京電力エナジーパートナーですね。確かに競合ですが、経営層からは「気にしなくていい」と言われています。エナジーパートナーの社長自身も「カニバリゼーションは気にするな。市場で勝ったプレイヤーがチャンピオンなんだ」とおっしゃっているくらいですから。

カニバリを気にしないぶん、逆にシビアではありますね。当然、「戦ってみて、ダメだったら終了」ということにもなるでしょう。

法規制、産学連携……いちベンチャーでは難しいことも、東京電力の後ろ盾が役立つ

HIP:妹尾さんにはベンチャー企業の起業経験もあるなか、あえて東京電力グループ内で「ベンチャー型経営」に取り組むメリットは何ですか?

妹尾:エネルギーは社会のインフラですから、さまざまな法規制に必ず直面します。その法規制を変える必要が生じた場合、東京電力の後ろ盾があると話を聞いてもらいやすいのはメリットですね。

金融業界にいたときは、「いちベンチャー」が行政と話をしたり、規制を変えたりすることの難しさを感じていました。トヨタや東大との実証実験も、TRENDEが東京電力グループ発のベンチャーだからこそ、スムーズに組んでいただけたのだと思います。

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