ゼロから理解する「VR」前編:VRはインターネットと並ぶメディア革命なのか?
株式会社Mogura 代表取締役社長、「Mogura VR」編集長 久保田瞬
2016.08.09

Facebook、Google、ソニー各社が開発にしのぎを削り、私たちの生活の中でも耳にする機会が多くなってきた「ヴァーチャル・リアリティ(VR)」。10月には「PlayStation®VR」の発売が予定されており、今年は「VR元年」ともささやかれる。あらためてVRとは何なのか? そしてVRは私たちの生活をいかに変えていくのか? 国内外のVR事情に精通する、VR専門メディア「Mogura VR」編集長・久保田瞬氏に全体像を語っていただいた。

前編ではVRが何を可能にするのかを解説しながら、それを取り巻く主要なプレイヤーと業界の構図を整理していく。これまでとは異なる体験を得ることができるVRは、私たちの生活にどれほどのインパクトをもたらすのだろうか。

構成:長谷川リョー 撮影:豊島望

脳を騙すことで、架空の世界を「体験」できるようにしたVR

VRを一言で表すなら「体験である」と言うのがわかりやすいかもしれません。例えば、ヘッドセットを装着することで遠い場所へ旅行に行けるし、好きなアーティストのライブを観ることもできる。あるいは、手から魔法を出す魔法使いになって敵と戦うこともできる。VRは、いままで画面や想像の中にしか存在しなかった架空の世界を目の前に再現し、「体験」することを可能にしたのです。

また技術的に見ればVRは「脳を騙すものである」と言うこともできます。VR端末を通じて視覚・聴覚・触覚が架空の世界を認識すると、人の脳はあたかもその世界に入り込んだかのように錯覚します。

そうした「体験」を得ることができるVR端末も、近年多くの種類が出てきました。「HTC Vive」や「Oculus Rift」といったVR業界の主要メーカーが開発するヘッドマウントディスプレイは、プレイヤーが手にコントローラーを持って体験するものがより没入感のある体験として注目を集めつつあります。一方で、何も持たずにセンサーで手の動きを認識させるタイプや、手に装着するグローブ型、あるいはフルボディスーツまで、体験の方法はさまざま。いまのところ正解はなく、いかにVRの中で自由に手を動かせるかを各社が模索しているところです。

「HTC Vive」のコントローラー

ディスプレイ越しに見える世界は、必ずしもCGである必要はありません。「Ricoh Theta」のような360度カメラで撮影した現実空間を投影する実写コンテンツもあります。CGでも実写でも、何かを触ろうと手を伸ばしても、現実には存在しないので感覚のズレが生じてしまいます。こうした感覚の溝を埋めるために、コントローラーに振動を発生させて擬似的に物を掴んだ感覚を呼び起こすといった、「触覚」の研究も進んでいます。重い物を持たずに重みを感じさせるなど、結局「いかに脳を騙すのか」に帰着するのです。

このように、現在のVR端末はいくつかのインターフェースを通して「体験」するようになっていますが、やはり一番重要なのは「視覚」です。なぜなら、人は目の前の情景に違和感を感じなければ、自分がそこに存在するかのように錯覚するからです。この感覚を補強するものとして、音や触覚を同期させる要素が付随してくるのです。

実は、VRは1960年代から存在していた?

VRは、世の中にどれほどのインパクトを与えていくものなのでしょうか。さまざまな場所で語られる問いですが、業界ごとに視座の高さは異なります。スマートフォンアプリのようなモバイル系のビジネスに従事してきた人であれば、「(VRは)スマートフォンの次だ」と言います。一方で、コンシューマー向けゲームを作ってきた人であれば「(VRは)ファミコンが初めて出てきたときと同じだ」と表現します。つまり、アナログからデジタルにゲームが切り替わったときと同じインパクトがあるというのです。さらに俯瞰した視点からは、「インターネットの出現」「活版印刷の発明」などと類比する見方さえあります。

私見では、「見る」という体験の次元に変化が訪れるという点に本質があるのではないかと考えています。いままでは、何らかの「枠」の中に収めて「見る」という行為がなされてきました。それは紙にしても、パソコンのディスプレイにしても、あらゆるメディアに当てはまります。その枠がVRで取り払われるとすれば、平面(2次元)から空間そのもの(3次元)へ変化することを意味します。平面の映像制作ではカメラの動かし方や演出の仕方が重要視されていましたが、VRにおけるもの作りでは「世界そのものを構成すること」が重要になっていくのです。

ただ、VRの考え方そのものは決して新しくはなく、実は1960年代から存在していました。馴染みのあるプラネタリウムも、ドーム型の360度ヴィジョンという意味でVRに近いと言えます。しかし、いまのVRとの大きな違いとして、これまでのものは「没入感」が圧倒的に欠けていました。昔の装置は頭を動かすと映像がカクカクした動きになってしまっていましたが、現在ではグラフィック技術が向上し、現実を忘れてVR世界に没入できるようになりつつあります。こうした高性能化と合わせて、一般の消費者がデバイスを購入できるまで価格帯が下がってきたのも大きな特徴です。

1960年代、計算機科学者のアイバン・サザランドらによって開発されたという世界最初のヘッドマウントディスプレイ

「VR元年」と呼ばれる今年に至るまで、一番大きなきっかけとなったのは、やはり「Oculus Rift」の登場でしょう。2012年にKickstarterで目標額の10倍以上となる240万ドルをクラウドファンディングで調達したとき、創業者のパーマー・ラッキーはまだ19歳でした。これまでも度々訪れていたVRブームでしたが、初めて一般的に普及するかもしれないという可能性を呈示したのが「Oculus Rift」だったのです。

技術的側面で触れておかなければならないのは、ディスプレイの進化です。ヘッドセットで用いられる技術のほとんどはモバイル端末から派生しています。ゴーグルに入っている高解像度で表示スピードの速いディスプレイや、頭の動きを捕捉するジャイロセンサーや加速度センサーも、もともとはスマートフォンに使われていた技術を組み合わせたものでした。これをより高精度なものにチューニングして違和感のないレベルまで持って行ったのが現在のVR端末なのです。

「HTC Vive」でVR体験を行うときに使用するヘッドセットとコントローラー、ヘッドフォン

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