INTERVIEW
人生100年時代、ソニーグループが始めたBtoB。社内資源を最大化した戦略とは
廣部圭祐(ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社 IoT事業部門 事業推進2部 SF-Project 課長)

INFORMATION

2019.01.21

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2016年に発売されたアンドリュー・スコット氏の著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』のヒット以降、「人生100年時代」は誰しもが意識するキーワードとなった。しかし、長生きが当たり前になるほど、「QOL(クオリティー・オブ・ライフ)」を向上させることがより重要になる。

「QOL」には、老後資産の築き方や定年のあり方、社会とのつながりの保ち方などさまざまな論点があるが、根本にあるのは「健康寿命」だろう。「できるだけ長く健康でいたい」。誰しもが持つそんな願いをサポートするために始まったサービスが「FAIT(Fit with AI Trainer)」だ。

提供するのは、ソニーネットワークコミュニケーションズ。新規事業として、介護事業者やスポーツクラブ、自治体といった、これまでソニーグループがあまり馴染みのなかった業界にヘルスケア事業のB to Bを仕掛ける。あえて新しい分野にチャレンジした新規事業は、どのようにして起ち上がったのか。FAITの生みの親であり、事業を推進する廣部圭祐氏に、その経緯とヘルスケア事業にかける思いを聞いた。


取材・文:笹林司 写真:大畑陽子

テクノロジーで「健康PDCA」を回せば、健康寿命はもっと延ばせる。

HIP編集部(以下、HIP):最初に「FAIT」のサービス概要を教えて下さい。

廣部圭祐氏(以下、廣部):「FAIT」の名前は「Fit with AI Trainer(フィット ウィズ AI トレーナー)」の頭文字から取りました。読み方は「ファイト」。なんだか、やる気が出る名前でしょう(笑)。上手く収まるように、結構、考えたんです。サービスの本質はその名の通り、AIを使ったパーソナルトレーナー。高齢者の健康寿命を延ばすことを目的としています。

FAITに必要なデバイスは3つあります。まず「FAITタグ」と呼ばれる腕時計型のアクティビティトラッカー。日々の歩数、睡眠時間、食事の時刻を記録します。2つ目は、FAITアプリがインストールされたタブレット。「ステーション」と呼んでいて、高齢者の自宅ではなく、介護施設やスポーツジム、薬局などの施設に設置します。最後は、大腿部に装着し身体能力を測るための「スポーツセンサー」です。

廣部圭祐氏

HIP:3つのデバイスは、どのように連携するのでしょうか。

廣部:高齢者は定期的に「ステーション」が設置されている施設に足を運びます。そこで、普段から腕に装着している「FAITタグ」をタブレットにタッチ。すると、歩数や睡眠時間、食事の時刻といった日常の健康データがタブレットに転送され、クラウドに保存されます。

次は「スポーツセンサー」を装着し、タブレットの案内に沿って、筋力や反応速度、認知機能などを測定し、スコアを算出します。その結果を日常の健康データと合わせてAIが分析し、その方にピッタリのトレーニングメニューをオススメしてくれます。記録と測定、一定期間のトレーニング、そしてまた測定。このサイクルで、「健康PDCA」をしっかりと回すわけです。

日常の健康データを記録する「FAITタグ」

ソニーグループの技術とビジネスノウハウを、いかんなく活かして生まれた新規事業です。

HIP:「ソニーグループの高齢者向けヘルスケア事業」と聞くと、これまでになかったまったく新しいサービスというイメージを受けます。しかし、お話を伺うとウェアラブルデバイスやタブレットなど、ソニーグループが持つさまざまな技術を組み合わせて生み出されたものなんですね。

廣部:そのとおりです。ほかにも「スポーツセンサー」や、タブレット上で動く「ソフトウェア」、データを蓄積する「クラウド」、データをAIで解析するためのディープラーニング開発環境「NNL(Neural Network Libraries)」など、ソニーグループが持つたくさんの技術を活用しています。

また、ビジネスノウハウという観点でも、ソニーグループのアセットが役立ちました。例えば、通信業を営むソニーネットワークコミュニケーションズが培ってきた、リカーリングビジネス(安定した顧客基盤から継続的に収益を上げるビジネスモデル)のノウハウ。また、老人ホームを運営するソニーライフケアによる、高齢者介護や介護予防のノウハウや、ウェアラブルデバイスを開発するソニーモバイルコミュニケーションズのノウハウなどです。

学生時代から、困っている人や弱い人を助けられるサービスをつくりかった。

HIP:既存の資産を上手く活かしながら新しい分野に進出するというのは、まさに大企業ならではのイノベーションですね。そもそもFAITはどのような経緯で起ち上げに至ったのでしょうか?

廣部:始まりは、ソニーグループの新規事業創出プログラム「SAP(Seed Acceleration Program)」に応募したことでした。SAPは、社内オーディションを通過すると、事業化へのサポートが受けられるんです。

プレゼンの内容は、「スポーツセンサーでトレーニングを記録して、AIによる分析でアドバイスを返す」といったもの。このアイデア自体は現状のFAITとほぼ同じなのですが、ターゲットとビジネスモデルはまったく異なっていました。若年層に対して、オンラインフィットネスなどのようにB to Cでマネタイズするイメージ。残念ながら、SAPの社内オーディションは通過できなかったんですけどね。

HIP:にもかかわらず、なぜ新規事業として復活を遂げたのでしょうか。

廣部:ソニーモバイルコミュニケーションズが、IoTを使った新規事業を検討し始めたことがきっかけでした。「スマートホーム」と「ヘルスケア」が二本柱で、「スマートホーム」はすでにサービスの構想があったのですが、「ヘルスケア」にはなくて。そこで、SAPでヘルスケアの提案をしていたぼくに声がかかったわけです。

HIP:もともと廣部さんが、ヘルスケア領域に狙いを定めたのはなぜですか?

廣部:学生時代に工学を学んでいて、テクノロジーを人の生活にどう活かせるか考えていました。自分のなかでの答えは、技術へのリテラシーが高い人だけが嬉しい、楽しいサービスではなく、困っている人や弱い人を助けられるようなサービスをつくること。技術を活かした新規サービスの起ち上げに携わるためには、エンジニアリング以外の知識や経験も必要だと思い、非エンジニアとして入社しました。

ヘルスケア領域を選んだのは、自分の強みが活かせるから。大学でアメフト部に所属していて、体力向上やトレーニングなどのノウハウは持っていたんです。会社の戦略とタイミングが合って、ずっと温めていたアイデアの実現に向けて動き出せることになり、とても嬉しかったですね。

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