異分野の仲間がいるから事業も進化する。始動プロジェクト優秀者・主催者の声
島田英樹(日本貿易振興機構) / 下村明司(株式会社Magic Shields ) / 池田篤史(筑波大学)
2022.11.22

経済産業省と日本貿易振興機構(以下、JETRO)が主催するアクセラレータープログラム『始動 Next Innovator』(以下、『始動』)。2015年、世界に通用するイノベーション人材を発掘・育成するためにスタートし、これまで800名が参加。数多くのアントレプレナー、イントレプレナーを輩出してきた。

官民を問わず、こうした起業家支援・育成プログラムは数多いが、そのなかで『始動』ならではの特徴はどこにあるのか? 参加者は自身の事業や考え方をどうブラッシュアップし、どんな価値を得ることができるのか? 6期(2020年度)に参加した株式会社Magic Shields代表の下村明司氏、7期(2021年度)に参加した筑波大学医学医療系講師の池田篤史氏、そして経済産業省とともに『始動』を主催するJETROの島田英樹氏にお話をうかがった。


取材・文:榎並紀行(やじろべえ)

卒業後もつながりは続く。参加者の多様性とアルムナイ800名のコミュニティー

HIP編集部(以下、HIP):はじめに、『始動』の概要を教えてください。

島田英樹氏(以下、島田)『始動』は2015年にイノベーション人材の育成プログラムとしてスタートしました。最大の目的は、社会における重要な課題を解決するために挑戦し、行動し続けられるイノベーターを育成することです。

プログラムの流れですが、事業アイデアを持つ人、社会にインパクトを与えるイノベーションを起こしたい応募者のなかから100名を選抜し、まずは全13日間の国内プログラムを受講していただきます。その後、さらに選抜した20名の方に約1週間にわたるシリコンバレーでのプログラムに参加いただき、最終的な成果報告会「Demo Day」を行なうという構成です。

なお、メンターは国内外の投資家や起業家、大企業の方やスタートアップの経営者など。メンターとともに実践的な活動を通じ、イノベーターに必要な知識やスキル、マインドセットを身につけていただくことを目指しています。

JETROの島田英樹氏
『始動 Next Innovator』のウェブサイト

HIP:これまで、どれくらいの人が参加しているのでしょうか?

島田:これまで全7回の開催で、計800名を超える方に参加いただきました。卒業生(以下、アルムナイ)はプログラムを通じてそれぞれの事業をさらにブラッシュアップし、そのまま起業をしたり、イントレプレナーとして事業を拡大させたりと、さまざまなかたちで活躍されています。その結果、過去のアルムナイによる資金調達額の総額は、受講生からの申告ベースで総額1000億円を超え、ほかにも多くの資金がプロジェクト予算として集まっています。

HIP:官民を問わず、ほかにもこうしたアクセラレータープログラムはありますが、『始動』ならではの特徴や、参加者から見た魅力は何でしょうか?

島田:主に2点あると考えています。1つ目は参加者が非常に多様であること。起業を目指す方やスタートアップの経営者だけでなく、大企業や中小企業で新規事業を手がけている方、大学の先生や学生さん、さらには池田さんのように現役のお医者さんもいらっしゃいます。スタートアップを対象にしたアクセラレータープログラムは数多くありますが、大企業の新規事業の方なども含めてここまで幅広く受け入れているものは珍しいのではないでしょうか。

2つ目は800名のアルムナイのみなさまが、プログラム終了後もコミュニティーを形成し、交流を継続されていること。同時期に参加したメンバー同士だけでなく、期が異なる参加者ともネットワークを築くことができるんです。主催者側からお願いしているわけではなく、アルムナイの方々が自らコミュニティーを築き、自然なかたちで広がっているのが特徴ですね。

『始動』で最優秀賞&グランドチャンピオンに。高齢者の転倒骨折を防ぐ「ころやわ」とは?

HIP:下村さんは6期生、池田さんは7期生としてプログラムに参加し、お二人とも最後のDemo Dayで最優秀賞を受賞しました。まずは、最優秀賞とグランドチャンピオン(6期、7期あわせての最優秀者)を獲得した下村さんの事業「ころやわ」について教えてください。

下村明司氏(以下、下村):「ころやわ」は、高齢者の転倒による骨折を防止するための床材です。歩くときには硬く、転んだときだけやわらかくなって衝撃を吸収することができます。『始動』のプログラムに応募した際はまだ製品化したばかりのタイミングでしたが、そこから2年が経過した現在では400以上の医療機関に導入いただいているという状況です。

『始動』6期最優秀者の下村明司氏
医療現場でベッドの横に敷かれた「ころやわ」(提供:Magic Shields)

HIP:従来の転倒対策には、どんな課題があったのでしょうか?

下村:従来の医療介護現場ではスポンジやマットで対策をしていましたが、部屋全体にそれを敷くことは難しいですし、柔らかいためどうしても歩きにくく、かえって転びやすいという課題がありました。その点、「ころやわ」は通常時は普通の床と変わりませんので歩きやすいですし、車椅子での移動も可能です。

なお、国内では高齢者の骨折事故が年間100万件、世界では2,000万件も起こっています。特に2000年代以降に入ってから急増していて、国内では2兆円の医療費・介護費がかかっている。日本をはじめ、少子高齢化を抱える国では転倒による骨折が大きな社会問題になっているんです。

HIP:高齢者の方が骨折してしまうと、なかなか完治が難しいですよね。

下村:そのとおりです。そもそも高齢になると骨折しやすくなりますし、骨折してしまうと手術をすることも難しく、そのまま寝たきりになってしまう方もいらっしゃいます。そして、それをきっかけに認知症が進んでしまうケースもある。本人の生活だけでなく、要介護になって家族の生活が大きく変わってしまう場合もあるんです。

さらに、病院や介護施設の負担も小さくありません。施設によっては看護師や職員が少ないなか、ひっきりなしに鳴るセンサーコールに対応しているケースがあります。それでもすべての転倒事故を防ぐことはできず、骨折をさせてしまったことに自責の念を抱いてしまう方もいる。そうした、職員さんの肉体的・精神的負担を軽減したいという思いもあります。

HIP:「ころやわ」は現在、400施設以上に導入されているということですが、実際に骨折事故が減ったというデータはありますか?

下村:広島県の実証実験で、11病院230床に「ころやわ」を導入いただきました。230床というのはそれら病院の全病床の8%にあたりますが、わずか8%の導入でも病院全体での骨折が3分の1に減ったという結果が出ています。さらに現在導入されている400施設からは「ころやわ」上での大腿骨骨折はまだないと報告をうけています。

『始動』のDemo Dayで最優秀賞。AIが医師の診断をサポートする「DX of 膀胱内視鏡検査」

HIP:池田さんの事業についても教えてください。池田さんは現役の医師・医学研究者でありながら『始動』の7期生としてプログラムに参加し、Demo Dayで最優秀賞を受賞しています。「DX of 膀胱内視鏡検査」とは、どういうものなのでしょうか?

池田篤史氏(以下、池田):シンプルにいうと、AIによって膀胱内の病変をしっかりと検出し、医師の診断をサポートするツールです。内視鏡で膀胱を隅々まで観察し、見た部分を記録して一つひとつ塗りつぶしていくようなイメージですね。これにより、医師による病変の見落としを防ぐことが期待できます。

膀胱がんは再発率の高い病気です。医師も人間ですから、大きな病変があるとそちらに気を取られ、小さな病変を見落としてしまう可能性もあるんです。それを防ぐためには、医師の経験やスキルに関係なく精度の高い検査を実現できる支援ツールが必要と考え、大学病院で研究を重ねてきました。

『始動』7期最優秀者の池田篤史氏
右側が画像に映った膀胱がんの病変をAIが検知したもの(提供:池田篤史氏)

HIP:その研究を事業化し、広く社会に実装していこうと。

池田:そうですね。私は大学病院の泌尿器科で膀胱がんの研究をしてきましたが、このままでは研究だけに終わってしまうのではないか、研究の成果を社会のために役立てられないのではないかという危機感を抱いていました。そこで、この研究を社会実装するために事業化を考え、『始動』をはじめとするアクセラレータープログラムに応募したんです。

HIP:事業化に向けて、現状はどのフェーズまで進んでいるのでしょうか?

池田:現状は特許を取得し、産業技術総合研究所と筑波大学の共同研究の成果を世に広めていこうとしています。具体的には従来の内視鏡の装置に付属するか、新しい機器が出る際にインストールしてもらうようなかたちを想定していますね。

今後ですが、まずはアメリカの市場から広げていこうと考えています。というのも、こうした新しい医療機器って日本の市場だけではなかなか成り立ちません。実際、医療系のベンチャーの多くが失敗している現実があるんです。そこで、少しでも成功率を高めるため、全世界の医療機器市場の4割を占める北米をターゲットに定め、会社の登記もアメリカで行ないました。現地のエコシステムも活用しながら、日本の技術を世界へ売っていくことに挑戦しています。

HIP:JETROの島田さんにお聞きしたいのですが、下村さんと池田さんの事業が評価された理由を教えてください。

島田:最終ピッチに残られた21人の方々はすべて素晴らしく審査員の方も評価に悩まれたと思います。その中でお2人はビジネスモデルがしっかりしていたこと、ピッチにおいてストーリーテラーが分かりやすかったこと、そして強い熱意があったこと、などが挙げられると思います。

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ただ学ぶだけではない。『始動』の存在そのものが事業を進化させる理由とは?

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