昔の日本企業は「デザイン思考」が得意だった?
HIP:不可能を不可能と思わないデザイナー的な思考が、飛躍したイノベーションに大切であることはわかりました。そういった思考ができる人材は、どうすれば育つのでしょうか。
ペニントン:大事なのは「失敗する自由」、そして、「探検する自由」を与えること。特に日本人には、「失敗はよくないもの」という固定概念が強いと感じます。だから、社会や企業も、失敗することに対して厳しい風潮が漂っているのではないでしょうか。
しかし、失敗は新しい価値を生み出すプロセスです。そう考えなければ、失敗を恐れてチャレンジできません。もちろん、新しい価値がどこにあるのかは、誰にもわからない。勇気を出して踏み込んでも、見つかる保証はありません。
それでも、チャレンジしなければ、新たな発見を見出すことはできないのです。だからこそ、日本の企業には、もっと失敗を許容する土壌が必要です。それこそが、デザイナー的な思考ができる人材を育てること、ひいては、デザイン思考を企業に根づかせるための第一歩になります。
HIP:現代の日本の企業において、「失敗を許容する土壌」や「デザイン思考」が根づきにくいのは、なにか理由があるのでしょうか?
ペニントン:SONYをはじめとした日本の大企業の大半は、その多くが創業期にデザイン的なスピリットを持っていました。ユーザー目線に立ち、新たなアイデアで人々の心を掴む製品を次々に生み出し続け、世界からも信頼を得られたのは、まさにデザイン思考が自然と身についていたからといえます。
デザイン思考を軸に、目的を達成する最短の手法を見つけて、ハードワークで実現する。そうやって、戦後のなにもない状態から起ち上がった姿は、いまでいう起業家精神と重なります。
しかし、成功を積み重ねて、大規模化した企業では、デザイン的なスピリットはどうしても薄れてしまいがち。組織内でのヒエラルキーの出現、終身雇用、多様性のなさ……そんな内向きの組織では、デザイン思考によるアイデアは生まれないと思います。
もちろん、いろいろな会社があるので一概には言えません。ただ、一般論でいえば、いまの日本の大企業は、デザイン思考やイノベーションには向いていないと思います。日本企業は利益を上げているかもしれませんが、それは、デザイン思考やイノベーションスピリッツとは関係ありません。
HIP:ほかの先進国と比べても、特にいまの日本は特にデザイン思考やイノベーションに向いていない性質なのでしょうか?
ペニントン:そのことについて、例えとして適切ではないかもしれませんが、象徴的だと感じた最近の事例がひとつあります。それは、ZOZOTOWNの前澤友作氏が、イーロン・マスクが率いるスペースXのロケットで月に行くと報道された件です。
両者とも世界有数のイノベーターといわれていますが、ロケットを「飛ばす側」と「乗る側」に分かれています。これは一例にすぎませんが、アメリカと日本のイノベーションの起こし方や思考をよく表しています。
ロケットを「飛ばす側」のアメリカはゼロからイノベーションをつくり、「乗る側」の日本はすでに存在しているものにお金を払い、うまく活用してイノベーションを起こすということ。
あのプロジェクトは、どちらの企業にとっても非常にイノベーティブな取り組みです。しかし、なにもないところからイノベーションをつくり出した「飛ばす側」のほうが、よりデザイン思考の観点を持っているといえます。そういう意味でも、いまの日本の企業はお金を使ったイノベーションはうまくても、デザイン思考からイノベーションを起こすことには向いていないと感じる事例でした。
イノベーションが生まれにくい日本が抱える、2つの問題点
HIP:日本がイノベーションを生み出しやすい国になるには、問題の根幹を見極める必要がありそうですね。
ペニントン:そうですね。問題点は大きく2つあると思います。まずひとつは教育。日本の高等教育のクオリティーは高いですが、画一的です。自由な精神や好奇心を育む方針ではないと感じます。
教育により多種多様な人材が生まれれば、ビジネスの風土も変わるはず。それを実現するためにも、生徒たちが自由な発想を生み出せる環境づくりを私自身は常に意識しています。
HIP:もうひとつの問題点はなんですか?
ペニントン:もうひとつの問題は、日本は居心地が良すぎるということ。イノベーションを生み出す原動力のひとつが「恐れ」です。日本には、それが足りないと感じています。
私がロンドンにいた1995年頃、製造業が衰退し、そして、経済が衰退する様子を目の当たりにしました。仕事がないので、必然的に「仕事になるなにか」を自分で生み出すしかない状況です。
私も会社を立ち上げたのですが、なんの保障もなく、明日のこともわからない生活が続きました。毎日、不安で恐ろしかったのをいまでも覚えています。しかし、その不安や恐れが、新しいことを生み出して、なんとか生き残ろうとする原動力になったのだと思います。
そして、そんなどん底の時代から復興した現在のロンドンには、イノベーションが生まれるクリエイティブなシーンがあります。特に顕著なのは、以前はガレージや倉庫しかなかった東ロンドンの貧しい地域。いまや5,000社以上のテック関連の企業があり、「Tech City」と呼ばれるまでに成長しました。
それは、最初から政府が補助金をつぎ込んでつくり上げたものではありません。不景気で仕事がないなか、みんなが努力をした結果でき上がったエコシステムが、現在の姿につながっているのです。
既存の企業がデザイン思考を取り入れ、イノベーションを加速させるために必要なこと
HIP:日本でも、虎ノ門エリアをベンチャー企業の聖地にして、イノベーションが生まれる場所にするための取り組みなどが行われています。そうした取り組みを加速させるには、なにが必要ですか。
ペニントン:10年前に比べると、日本でも起業したいという人は増えています。まさにいまは、起業ブームといってもいい盛り上がりでしょう。
じつは、日本、ヨーロッパ、アメリカで「起業したいですか?」と尋ねた調査結果を見たところ、全体では最下位だった日本が、30代に絞ると1位だったんです。企業や政府がこの気持ちを押し上げる応援をしてあげるといいのではないでしょうか。
また、補助金という直接的なものではなくても、起業にチャレンジしやすい環境をつくるだけでもいいと思います。
たとえば、就職の仕組みを変えるのもいいかもしれません。日本では、大学3年生になるといっせいに就職活動を始め、大企業に入社することが成功のひとつだという風潮があります。
しかし、イギリスでは、卒業する前に仕事が決まっている学生なんてほとんどいません。卒業後に時間をかけて、就職するのか、起業するのか、自分の道を決めるのです。
そして、その働いていない期間に、自分なりにいろんなことを考え、経験することが、イノベーションを起こす意欲や能力を蓄えるには大切だと、私は考えています。
日本でも、仕事の選択をじっくり考えられる環境づくりが大事だと思います。そうすれば、もっといろんなところでイノベーションが生まれるのではないでしょうか。
HIP:たしかに、若い起業家が増えることはイノベーション創出につながりそうです。一方で、既存の大企業や中小企業では、新規事業部を立ち上げて、イノベーションを起こそうとする動きも増えています。こうした既存の企業が、デザイン思考を取り入れ、イノベーションを加速させるには、どういった組織づくりが必要だと思いますか。
ペニントン:外部からさまざまな人材を入れることで、企業に多様性を持たせることです。ただし、これには事業構造の変化も必要なので、時間がかかります。
そこで、平行してすべきことが、すでにいる社員を教育すること。教育によりデザイン思考を浸透させれば、企業文化そのものが変わるはずです。
HIP:教育によりデザイン思考を浸透させるのには、どのような方法が有効でしょうか?
ペニントン:企業戦略としてデザイン思考を取り込むと決めたら、トップの意識から変えなくてはいけません。まず、経営層からデザインやクリエイティビティーを理解し、「デザインで会社を変える」という意志を社員にみせる必要があります。
そのためには、デザインやクリエイティブに関わる担当役員を置くべきでしょう。すでにAppleをはじめ、欧米の多くの企業において最高デザイン責任者であるCDO(チーフ デザイン オフィサー)の導入が進んでいます。会社を成長させる幹としてデザイン思考を捉え、体制を整えることで会社の意向を示すのは有効だと思います。