なぜ、日本企業では「デザイン思考」が浸透しない?東大×RCAの教授が語る
マイルス・ペニントン(東京大学教授 デザイン先導イノベーション研究室 / RCA-IIS Tokyo Design Lab)
2018.10.30

「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下、RCA)」は、英国・ロンドンに位置する王立美術大学院大学だ。世界最古の美術大学であり「世界最高峰のデザイン、アートスクール」として名を馳せるRCAでは、日々、最先端のデザイン思考やイノベーションの方法論が磨き上げられている。

そのRCAが「東京大学生産技術研究所(以下、IIS)」と共同で行うデザインプロジェクトが「RCA-IIS Tokyo Design Lab」である。コンセプトは、「デザインとエンジニアリングの融合」。主にイノベーティブなプロトタイプを創出するためのプロジェクト推進、デザイン思考の手法やイノベーションカルチャーを熟成するための人材育成などをミッションに掲げる。

長年RCAで教鞭を取り、2017年9月にIISの教授に就任したマイルス・ペニントン教授は、「RCA-IIS Tokyo Design Lab」の主要メンバーとしてプロジェクトを推し進める人物だ。技術だけではなく、デザインの力によってイノベーションを創出する「デザイン先導イノベーション」を専門とし、RCAでも数多くのプロジェクトを推進してきた同氏。そんな彼に、イノベーションにおけるデザイン思考の重要性をはじめ、日本企業のデザインに対する取り組みの問題点、これから必要になる人材の教育方法に至るまで、忌憚なき意見を語ってもらった。


取材・文:笹林司 通訳:樅山智子 写真:玉村敬太

RCAで生まれたデザイン思考は、イノベーションを起こし得る思考法

HIP編集部(以下、HIP):近年、「デザイン思考」は、ビジネストレンドのひとつといっていいほど存在感を高めています。「デザイン思考」とは、デザイナーがプロダクトを生み出すプロセスに必要な思考法のことですが、一般的には、「共感(Empathise)、定義 (Define)、概念化(Ideate)、試作(Prototype)、テスト(Test)」の5段階を組み合わせて問題を解決するための思考法であるとされています。

しかし、定義も広くさまざまなケースに活用が可能なので、本質を理解していないビジネスパーソンも少なくありません。まず、ペニントン教授が考える「デザイン思考」が、どのようなものかを聞かせてください。

マイルス・ペニントン教授(以下、ペニントン):デザイン思考の話をする前に、まず「デザイン」について少し説明をしましょう。30年前、デザインという言葉が持つ意味は、いまとはまったく異なっていました。

当時は、フォーム(形状)やエルゴノミクス(人間工学)の場面においてのみ、デザインが語られていました。つまり、プロダクトをかたちづくるサービスを提供することが「デザイン」の役割でした。

しかし、いまでは、デザインはさまざまな観点から研究され、成長しています。プロダクトづくりだけでなく、ポリシーや戦略を決定する過程でも、デザインを生み出すための思考法が有効だということもわかってきました。これこそが、「デザイン思考」です。この30年で、「デザイン」が持つ意味と役割が、大きく広がったのです。

マイルス・ペニントン氏

HIP:「デザイン思考」という言葉は、RCAで生まれたそうですね。

ペニントン:1965年、RCAの教授だったブルース・アーチャー氏の書籍『デザイナーのためのシステム的方法(Systematic Method for Designers)』で語られたのがおそらく最初ではないかといわれています。彼は、RCAに「デザイン・リサーチ・ユニット」という研究所を立ち上げて、デザイナーの思考や作業を研究しました。

その結果、デザイナーたちの思考はさまざまな職業のビジネスパーソンとはまったく異なることが判明しました。つまり、デザイナーたちは、独自の発想とアプローチで物事をつくり上げていることがわかったのです。

具体的に説明すると、ビジネスパーソンの考え方は、ときに利益や売上など自分たちのメリットにフォーカスして、事業モデルやサービスを構築(デザイン)していくことがあります。

しかし、デザイナーの考え方は違います。ユーザーが価値を感じそうなことや、悩んでいることを主軸にしてデザインを考えるのです。ユーザー視点でアイデアを出し、検証と改善を繰り返しながらクオリティーの高いものを生み出す、まさに「デザイン思考」です。

「デザイン思考」を身につければ、デザイナー以外の人でも、ユーザー視点からのサービスづくりが可能になり、あらゆるビジネスシーンでも応用することができます。そこからイノベーションが起こるきっかけにもなり得るので、非常に良い思考法といえるでしょう。

不可能を不可能と思わない人間が、イノベーションを成し遂げる

HIP:ペニントン教授のご専門である「デザイン先導イノベーション」。これは、どういった研究なのでしょうか。

ペニントン:イノベーションの根本的な意味は、「新しいアイデアを世界に生み出す」こと。それには、いくつかの方法があります。

たとえばですが、イノベーションを起こす要素となる「分野」や「方法」をエンジンと置き換えてみるとわかりやすいでしょう。仮に、マーケティングがエンジンとなる場合は、市場調査やユーザー分析などをもとに、マーケティング視点でアイデアを生み出すことが、イノベーションにつながる要素になるかもしれません。

ほかにも、ビジネス、経済、システムなどがエンジンとなりイノベーションを先導することがあります。そして、「デザイン先導イノベーション」は、デザインがエンジンです。出発点、思考、プロセスのすべてがデザインからなるイノベーションを目指しています。

ただ、「デザイン先導イノベーション」には、注意しなくてはいけない点があります。それは、デザイン自体がイノベーションに直結するわけではないということ。たとえどんなに優秀なデザイナーでも、たった1人ではイノベーションは起こせません。さまざまな背景を持った、多分野の人たちを巻き込んでこそ、イノベーションを実現できるという意識を持つことが大切です。

HIP:イノベーションを先導するさまざまなエンジンがあるなかで、デザインが先導する強みを教えてください。

ペニントン:イノベーションが起こる過程には、大きく分けて2つの種類があります。ひとつは、改善を重ねて地道な進化を成し遂げながら実現していくイノベーション。もうひとつは、一足跳びの大きな飛躍でまったく想像もしていなかった新しい価値を生み出すイノベーションです。

私が特に興味を持っているのは後者。飛躍的に新しい価値を生み出すイノベーションには、「デザイン」が有効だと考えます。なぜなら、デザイナー的な思考を持つ人種は、好奇心が強く恐れ知らずだからです。「不可能」という言葉を知らないからこそ、大きな飛躍ができるのです。無理だと思った時点で、イノベーションは望めないですからね。

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アメリカはロケットを飛ばす側。日本は乗る側。日本はイノベーションに向いていない?

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