紙メディアのピンチをチャンスに変える。西日本新聞社が描く成長戦略とは?
清田慎弥(株式会社西日本新聞社 ビジネス開発部)
2022.04.26

ウェブメディアの台頭により、長らく苦境に立たされている紙メディア。なかでも、新聞社は全国紙・地方紙ともに、定期購読者数の減少と読者の高齢化によって、総発行部数は20年前より1,000万部以上少ない3,000万部となっている。

そんななか、数年前からさまざまな新規事業に乗り出しているのが、九州トップシェアの「西日本新聞」を発行する西日本新聞社だ。およそ1世紀半にわたり新聞事業一筋でやってきた同社だが、2017年には地元の移動式豆腐店「豆吉郎(とうきちろう)」を傘下に入れるなど、近年は積極的に事業の多角化を進めてきた。また、2021年にはオープンイノベーションプログラム「X-kakeru」を実施。他社や起業家から共同事業のアイデアを募り、事業化に取り組んでいる。

西日本新聞社は、こうした動きの背景にある地方紙への逆風をどう捉えているのだろうか。新規事業のベースにある「地域貢献」への思いや、今後の展望についてなど、ビジネス開発部の清田慎弥氏に語ってもらった。


文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:松本大聖

新聞社がなぜ「豆腐屋」を買収?意外な共通点と親和性の高さとは

HIP編集部(以下、HIP):西日本新聞はここ数年、新聞以外のビジネスへ積極的に参入しています。こうした動きは、いつ頃から始まったのでしょうか?

清田慎弥(以下、清田):会社全体として新規事業に本腰を入れて取り組み始めたのは、2016年頃です。当時の中期経営計画「2020プラン」の中で、新聞外収益の拡大と体制強化が明記されたのが契機となり、翌年には新規事業創出を担うビジネス開発部と不動産戦略を実行する不動産部から構成されるビジネス開発局が発足しました。

以降、ビジネス開発部としては、外部成長力の取り込みやゼロからイチを生み出す新規事業をつくるためのアクションを起こしていきました。

清田慎弥氏

HIP:具体的に、どのようなアクションだったのでしょうか?

清田:ゼロイチで新規事業をつくるといっても、当時の弊社にはそのためのリソースやノウハウがありませんでした。実際、社内公募で新規事業のアイデアを募集しましたが、そのうち一つは事業化したものの、あとが続かなかった。

そのため、2017年頃からはM&AやVCファンドへの投資、さらには外部パートナーとの協業を見据え、国内外のスタートアップ情報にアンテナを張るといったアクションに注力していったんです。

HIP:実際、2017年には福岡で豆腐を中心とした食品移動販売業を行う「豆吉郎」をM&Aで子会社化しました。当時は、「新聞社が豆腐屋を買収?」と話題にもなりましたね。

清田:たしかに、意外な組み合わせに思われるかもしれませんが、弊社としては親和性の高い事業だと考えていました。まず、「新聞」と「豆腐」は顧客層が近いんです。どちらも比較的に経済面で安定した人が多く、健康に関心がある高齢の方も多いんですね。また、豆吉郎は移動販売業ということで、地域に根づき、アナログなコミュニケーションを旨としてきました。そこは、九州各地にお住まいの一人ひとりに新聞を届ける私たちの事業に通じるものがあります。

お互いが持つ「ラストワンマイル」の強みをかけ合わせることで、シナジーが生まれるのではないかと。単に新聞の販売網を生かして豆腐を売るというだけではなく、福岡や九州の地域社会に貢献するような新しい価値を生み出すことができるのではないかと考えたんです。

西日本エリアで豆腐の移動販売を行なう「豆吉郎」

HIP:「地域づくり」は西日本新聞の企業理念でもあります。新規事業においても、そこは大きなポイントになるのでしょうか?

清田:はい。やはり、福岡に拠点があり、九州をベースに商いをしている会社としては、地域を豊かにし、地域に暮らす方々の生活に貢献していくのは大命題です。それは新規事業やM&Aでも変わらず、最も重視するポイントですね。

地域のジャーナリズムを守りたい。その想いが収益の柱をつくる原動力に

HIP:新聞は全国紙、ブロック紙、地方紙問わず厳しい状況にあるといわれています。新規事業に注力する背景には、新聞事業に代わるビジネスの軸をつくるという意図もあるのでしょうか?

清田:もちろん、それは大きな理由の一つです。だからといって、145年も続いてきた新聞の事業を急に縮小したり、やめたりするわけにはいきません。時代が変わっても「地域のジャーナリズム」は必要なものだと信じていますし、私たちにとってはどこまでいってもこれが軸になるんです。しかし、会社が傾いてしまっては、その軸を守れなくなってしまいます。

だからこそ、新聞社が持つ信頼や社会性、私たちが持つ販売網などのアセットがまだ機能するうちに、これらを生かして別の価値を提供することが必要なんです。その収益により、地域のジャーナリズムを維持する。これが基本的な考え方ですね。

HIP:なるほど。決して「新聞社」から脱却しようとしているわけではないと。

清田:そうですね。そのうえで、新聞でニュースを届けること以外にも、地域に貢献できる新たなかたちを模索しています。いまは私たちもさまざまな方法でチャレンジしている最中で、基本的には3つの「畑」から事業を成長させるという考え方で進めています。

ひとつは、M&Aによって他社の事業を取り込みより発展させていく「グループ畑」。2つ目は、ゼロイチから事業を立ち上げる「自社畑」。3つ目が、他社への出資や提携によって事業を展開していく「共創畑」です。

こうした3つの畑に種をまきつつ、一つの事業だけにリソースを割くのではなく、幅広い取り組みをすることで成功の確度を上げていく方針を採っています。

「生活の窓口」は自社畑の事業であり、ファイナンシャルプランナーが一般顧客からの資産運用に関する相談を受け付ける

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ブロック紙によるオープンイノベーションプログラム。そこでもカギになった「地域づくり」の理念とは?

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