「都市模型」から仕事を広げた男に聞く、自分にしかできない仕事を見つけるコツ
矢部 俊男(森ビル株式会社 都市開発本部 総合統括部 メディア企画部部長)
2016.03.14

「明治神宮は人間の手による管理がなくても自然の力だけで成り立つスタンドアローンな場所とも言われています」「実は隅田川周辺には、名古屋と同じようなグリッド状の街がありまして」。矢継ぎ早に街の歴史や逸話について語ってくれるのは、森ビルのメディア企画部長である矢部俊男氏。彼の視線の先にあるのは、東京を1 / 1000スケールで詳細に再現した「都市模型」、一級建築士の資格を持つ彼が作った「建築物」だ。

自ら部署を立ち上げ、都市模型をはじめとした「自分ならではの仕事」を作り出していく矢部氏。ときには競合他社の仕事まで引き受け、「森ビル社内で、矢部さんの名前を知らない人はいない」と言われるほどだ。今も新たな仕事を生み続ける彼の仕事術とは? 森ビル社内にある都市模型の展示室で話を伺った。

取材・文:HIP編集部 写真:相良博昭

最初に上司に言われたのが、「あのさ、おれ面倒見ないから。自分で生きていってね」という言葉でした

HIP編集部(以下、HIP):まるで空から都市を見下ろしたかのように精巧に作られた模型ですね。

矢部俊男氏(以下、矢部):僕はもともと道路会社にいて、工事現場で働いていたんですよ。それから、建築のコンサルティングの会社に転職し、そこで一級建築士の資格を取得したんです。そこでの経験も都市模型作りに生きているのかもしれないですね。

森ビル社内にある都市模型の展示室を案内してくれた矢部氏

HIP:その後、森ビルに?

矢部:そうですね。森ビルが開催している「アーク都市塾」というビジネススクールに通っていたときに、森ビルの森稔社長(当時)と出会って、「六本木ヒルズというプロジェクトがあるから、社員になってみないか?」と声をかけてもらって。それで、1998年に転職することになりました。

HIP:森ビルに入社されてから最初に配属となった部署はどういったところだったんですか?

矢部:企画開発本部という部署で、実はそのときの上司が今も上司なんですよ。その人がいたおかげで、今の自分があると思っていますね。森ビルでも名物な人で、一言で表すなら、アバウトな人です。配属されて最初に言われたのが、「あのさ、おれ面倒見ないから。自分で生きていってね」という言葉で。

HIP:それは放任主義ですね(笑)。

矢部:後から考えると、色々と影からサポートしてくれていたんですけどね。気づくのには時間がかかりました。

緑豊かな明治神宮を望む

社内から信頼を獲得するため、会社の人たちに頭を下げながら仕事をもらっていました

HIP:その上司の下で、当時はどんな仕事をされていたんですか?

矢部:まだPowerPointを使える人も少なかった時代だったので、前職で得たMacintoshやCGの技術を活かして社員のプレゼンテーションをサポートする仕事をしていました。1年くらい経ってから、自分で部署を立ち上げたいと思うようになってきまして。というのも、当時所属していた企画開発本部という部署には、都市開発に詳しい人たちが大勢いたんですね。35、6歳で中途入社した自分が、年下の彼らと同じことをやっても埒があかないと思ったんです。

隅田川の近くに広がるグリッド状の街とスカイツリー

HIP:それで自分の部署を立ち上げようとしたんですね。どういった部署を立ち上げたんですか?

矢部:当時コンピューターを使える人があまりいなかったので、自分の技術を活かして「技術支援グループ」というものを作りました。部署を立ち上げた後は社内を回って、仕事をもらって。社内ベンチャーみたいなものですね。プレゼンテーションもDTPも、全部一人でやっていました。

HIP:一人で。それは大変ですね。

矢部:一人ではどうにもならなかったので、その後入社してきた前職の同僚にも助けてもらい、チームを組んで仕事をするようになりました。新しいことをするには社内から信頼を獲得しないといけませんから、会社の人たちに頭を下げながら仕事をもらっていたんですが、同僚に「何で同じ会社の人たちに頭を下げなくてはいけないのか」と言われることもありましたね。営業を続けていたら、森社長から「リアルな都市模型を作ってほしい」という相談が来て。2000年の頃ですね。

空港も忠実に再現されている

「無理だ!」と思っていたけれど、ずっと考え続けていたらアイデアが降りてきたんです

HIP:社長から相談されたときは、できそうだと思いましたか?

矢部:いや、全然できると思っていなかったですね。それまでもコンピューターを使って模型作りなどはしていたんですが、本格的な模型を作ったことはなくて。最初は「港区全部を作ってくれ」と言われたんですけど、「ものすごい費用がかかるから無理だ!」と思いました。大きな都市模型の建物一つひとつに職人が色を塗っていったら、莫大な金額が必要になります。

HIP:「無理だ!」と思われる中、どうやって取り組まれたんでしょうか?

矢部:「都市問題に関する説明のためにはリアルな都市の模型が必要だ」という森社長の熱い思いが伝わってきて、何とかしないといけないと考え続けていたんです。そうしたら、ふと「写真を使えばいいんだ」とアイデアが降りてきました。

HIP:職人が色を塗るのではなく、写真を利用することでコストも下げられると。

矢部:そうですね。それから街に行ってビルを撮影して、その写真を使って都市模型作りを始めました。フィルムカメラで撮影して、ネガを焼いたものをスキャナーでコンピューターに取り込み、Photoshopで加工して、それから建造物の土台に写真を貼りつけて……とかなり手間がかかっていました。カメラを通じて街を見てみると、目で見る以上に、色々なものが見えてくるんです。これは模型を作り始めて気づけたことですね。

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初めは都市模型作りから始まった、矢部氏率いるメディア企画部。後に3億円以上の受託業務を行うようになる理由とは?

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