ピラミッドの頂点は社長ではない。KDDIが徹底するベンチャーファースト論
中馬和彦(KDDI株式会社 ライフデザイン事業企画本部 ビジネスインキュベーション推進部長〈KDDI ∞ Labo 長〉)
2019.04.10

企業文化は急激には変わらない。地道に少しずつ組織構造をつくるのが重要

HIP:各層の役割についても教えてください。新規事業を立ち上げたとき、どのようなタイミングで3層目から2層目に事業を移すのでしょうか?

中馬:曖昧な部分もあるのですが、指標として持っているのは黒字化のタイミングですね。3層目にあたるビジネスインキュベーション推進部では、サービス運営のためのオペレーションに割くリソースがないため、一定レベルまで育てば2層目に移管しています。もちろん、そのサービスに関わっていたメンバーも一緒に移動します。なので、その分人数が減るんですね。その都度、第1層からメンバーを公募します。環境を変えたい人や新規事業に興味があるメンバーを異動させて、少しずつ、第2層、第3層へと人をシフトしていく仕組みです。

HIP:各層ごとに組織文化が異なると思いますが、移動したメンバーの方は適応できるのでしょうか?

中馬:そう簡単ではないと思います。出戻りする方もいますね。ただ、この3層構造ができてから8年ほど経つので、何度か行ったり来たりする人も出てきていて。たとえば、第3層でスタートアップのメンターをやっていた人が、いま第1層に戻って運用や研究員をしていることがあります。なにか依頼があるときにそういったOBに相談すれば、組織自体はフレキシブルではなくても物事が進むケースもありますね。

HIP:歴史の長さと人の流動性が、いまの組織体制を根づかせたと。KDDIの企業文化をほかの企業が模擬するのは難しそうです。

中馬:そうですね……。やっぱり企業文化はそう簡単には変えられないですよ。少しずつ変えていくしかない。私たちの場合も失敗の連続を経ていまの3層構造ができあがりましたし、いまでも成功しているとは思っていません。地道にやっていくしかないんです。

イベントに登壇すると「組織の壁はどうすれば壊せますか」とよく聞かれるのですが、そのたびに「壊してはだめです」と伝えています。KDDIの売上の大半はauが占めますし、その利益が会社の成長や新規事業への投資を支えてくれています。組織の壁がなくなり、全員が新規事業を担当するようになったら会社が崩壊してしまう。

KDDIはよくイノベーティブな組織といっていただきますが、社員自体は他社と比べても、特段、イノベーティブな思考を持ち合わせているというわけではありませんよ。KDDIの場合は、3層構造があるからこそ、イノベーションが促進されている。それぞれの企業の特性に合った組織構造を地道につくっていくしかないと思います。

質や量は問わず、とにかく新しいことに挑戦しろとメンバーに伝えている

HIP:KDDIの3層目にあたるビジネスインキュベーション推進部の文化についても教えてください。中馬さんが責任者に就任してから、組織はどのように変わりましたか?

中馬:個人事業主の集まりのようなチームになりました。業務報告の義務をなくし、メンバーがつねに個人で動ける仕組みをつくっています。これにより、ボトムアップで新規事業立案や提携が行われる環境に変わりました。

ただ、欠点もあります。個人単位だと、どうしても、社長の高橋が目指すような大型のプロジェクトは立ち上がりにくい。その分、私がさまざまなステークホルダーと交渉しながら、プロジェクトごとに部内公募でチームを立ち上げることで、大型案件はつくっていますね。

ビジネスインキュベーション推進部で中核を担うKDDI∞LABOのロゴマーク

HIP:KPIはどのように定めていますか?

中馬:新規事業を立ち上げた数にしたいのですが、簡単に事業は立ち上がるものではないので、プロジェクトの数をカウントしています。

最近では、渋谷のセンター街を封鎖した5Gに関するイベントを企画しています。このイベントを通じて、KDDIが5Gに注力しているという認知を獲得することが目的です。部内では取り組みのインパクトを測る指標を設けていますが、それを超えるのはまだ年間10件程度。もっと増やしていくためにも質や量は問わずに、とにかく新しいことに挑戦しろとメンバーには伝えています。「やらない」ことがなによりも問題ですからね。

短期的な利益を回収しようとせず、スタートアップの支援に徹することが大事

HIP:ビジネスインキュベーション推進部ではチーム一丸となってスタートアップ支援に取り組んでいると思います。もっとも大切にしていることはなんでしょうか。

中馬:組織としていつも意識しているのは、「ベンチャーファースト」という言葉です。短期的な利益を回収しようとせずに、ある程度のステージまではスタートアップの支援に徹するという意味です。

HIP:そこを貫けない大企業が多い気がします。

中馬:そもそも「ベンチャーファースト」と思って始めていないんじゃないですかね。いざスタートアップ支援を始めると、どうしても大企業側の論理が先行してしまう。ピラミッドの頂点に社長や経営企画がいて、最下位にいるスタートアップに対して「試しに投資してみよう」という姿勢なのかもしれません。すべてが上から目線になってしまっている。

スタートアップを評価するのではなく、どう活かすかを考えていくのが大事です。つまり、彼らこそ、ピラミッドの頂点なんです。私たちはKDDIの上層部から、つねに「ベンチャーファースト」といわれ続けますし、自分も口を酸っぱくしていい続けています。これが、KDDIが大切にし続けてきた哲学なんです。

Profile

プロフィール

中馬和彦(KDDI株式会社 ライフデザイン事業企画本部 ビジネスインキュベーション推進部長〈KDDI ∞ Labo 長〉)

平成8年に国際電信電話株式会社(現KDDI株式会社)入社。INFOBARをはじめライフスタイルブランドiida、au Smart Sportsなど手がける。平成26年からジュピターテレコム株式会社 商品企画副本部長として、4K-STBやJ:COM Mobile立ち上げる。その後、ジュピターショップチャンネル株式会社 執行役員を経て、現在はKDDI株式会社 経営戦略本部ビジネスインキュベーション推進部長。ベンチャー支援プログラムKDDI∞Laboやベンチャー投資ファンドKDDI Open Innovation Fundを統括。

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