36社の大企業が参加する「事業共創プラットフォーム」から、年間50以上の協業が発生
HIP:モバイルインターネットからリアルテックの領域に徐々に移行するなかで、スタートアップ支援のアプローチにも変化がありましたか?
中馬:はい。2015年にパートナー企業のアセットやノウハウを活用しながら事業共創を目指すパートナープログラムを立ち上げました。
モバイルインターネットの時代は、端末機能からネット環境までKDDIのリソースを最大限活用できたのですが、リアルテックの領域は私たちだけでまかないきれません。そこで、鉄道や金融、不動産、リテールといった領域の大企業36社にパートナーになってもらい、ともにスタートアップを支援しています。
HIP:参加するパートナー企業は、どのようにスタートアップを支援しているのでしょうか?
中馬:最低でも月一回のイベントに参加いただいたり、アクセラレータープログラムのメンターを務めてもらったり、具体的な事業共創プランを練っていただいたりと、さまざまな関わり方があります。
HIP:参加条件はあるのでしょうか?
中馬:「とりあえず勉強したいです」という企業はお断りしていて、きちんとコミットしてもらうことが参加条件です。スタートアップも「この大企業と協業してイノベーションを起こしたい」という期待を持ちながらプログラムに参加してくれるはずです。大企業側の担当者が本気でなければ、それを裏切ってしまうことになりますからね。
また、「事業共創プラットフォーム」は、これからオープンイノベーションに取り組みたい大企業の登竜門のようなポジションにもなっています。たとえば、三井不動産はこのプログラムへの参加後に、自社のベンチャー共創事業「31 VENTURES」を立ち上げています。その後も、自社のプログラムに軸足を置きつつも、私たちのプログラムに参加してくれていますね。
HIP:そうしたプログラムから、どのような実績が生まれましたか?
中馬:実証実験なども含めれば、年間50件以上の大企業とスタートアップの協業が行われています。たとえば、ランナー向けのコミュニティーサービス「Runtrip」も、「事業共創プログラム」から新事業をスタートしました。近畿日本ツーリストとともに、温泉施設と提携して「旅先でのランニング」と「日帰り入浴」を組み合わせたサービスを展開しています。
ただ、イノベーティブなサービスを生み出せればなんでもいいというわけではありません。事業共創を謳っているので、きちんと売上を出さなければいけないと思っています。
「組織の壁」が問題にならない企業をつくるには、長期的な目線で取り組むことが大切
HIP:KDDIの本体組織についても教えてください。周囲から「イノベーティブ」と思われている要因は、なんだと思いますか?
中馬:とくに大企業では、イノベーションを阻む、部門同士の壁を「組織の壁」と呼ぶことがあります。KDDIでは長い歴史のなかで、それを邪魔なものとせず、お互いに活かせる環境が築き上げられた。これが大きいのではないでしょうか。
実際、事業共創パートナーのなかには、「組織の壁」に苦労されている企業も多いです。大企業の新規事業部や経営企画室などからプログラムに参加している方は志が高く、真剣に協業の実現に取り組んでいます。けれども、いざスタートアップとの協業アイデアを事業部に持ち帰ると、実証実験以上の成果につなげられないケースが多いんです。既存業務に手いっぱいで、新たな取り組みを受け入れる体制が整っていないと、なかなか事業化までは進められない。
一方、KDDIでは新規事業を立ち上げたり、スタートアップをM&Aしたりするときに、事業部を巻き込みやすい。たとえば、2017年にIoT通信プラットフォーム「ソラコム」をM&AしたあともスムーズにKDDIの主要機能になっています。
HIP:そうした組織文化は、どのように育まれたのでしょうか。
中馬:その経緯を説明するには、十数年前までさかのぼる必要があります。EZwebを立ち上げた頃、「いまのKDDIの内部ではイノベーションを起こすのが不可能だ」と感じた高橋が25人の部下を連れて部署を立ち上げ、六本木一丁目の泉ガーデンに仕事場をつくったんです。
コンテンツプロバイダーや音楽レーベルの人と同じ目線に立ち、共創するなかでつくりあげたのが、歩行者向けナビゲーションサービス「EZナビウォーク」や、総合音楽サービスの「LISMO」でした。こうして、通信事業を行うKDDI本体とは別に、通信以外の領域で売上をつくる部署ができた。それが、いまのライフデザイン本部という部署なんです。
HIP:なるほど。
中馬:そして、組織の外側に新たな部隊として立ち上がったのがKDDI∞LABOを含む、ビジネスインキュベーション推進部です。KDDI本体が第1層、ライフデザイン本部が第2層、私たちビジネスインキュベーション推進部が第3層と呼ばれています。
KDDIが「組織の壁」に阻まれないのは、この3層構造のおかげです。元新規事業部門の第2層があるので、いきなり第1層の事業部に協業プランを持っていくより、相談がしやすいんです。
HIP:そのメリットを意識しながら、組織をデザインしていったのでしょうか。
中馬:正直にいってしまうと、意識的に組織デザインをしたわけではありません。ですが、十数年の積み上げがこの体制を可能にしてくれました。アクセラレータープログラムやCVCに取り組みはじめても、数年で成果が出ずに辞めてしまう企業は多い。
KDDIの場合も、途中でやめていたら「組織の壁」を活かせる組織にはなれなかったと思います。組織が最大限に機能するような体制をつくるには、長期的な目線で取り組むことが大切なんです。