深海や砂漠、さらには宇宙まで、さまざまな場所へ人を誘うことができるようになる。
HIP:アバタープロジェクトが実現した世界では、ANAのビジネスはどう進化しているのでしょうか。
深堀:例えば、ANAのウェブサイトにアクセスすると、航空券だけでなく、アバターの予約もできるようになるでしょう。アバターは世界のいたるところに設置され、パリやニューヨークでの観光はもちろん、会議や結婚式に出席することも可能です。
さらに、戦地や疫病が発生した地域などの危険地帯にアバターを設置しておけば、医師がログインすることで初期診断も可能になる。危険地帯だけでなく、医療過疎地域などでも有効に活用できるでしょう。医師以外でも、アーティストやエンジニアなど、さまざまなスペシャリストがログインすれば、そのアバターがさまざまな役割を果たせるというメリットがあります。
都市だけでなく、深海や砂漠、さらには宇宙まで、さまざまな場所へ人を誘うことができるようになるはずです。例えば、惑星コロニーをつくるために、まずアバターが開拓して、そのあとに人間が行くなんてことも考えられますよね。
HIP:日本にいながらにして宇宙へ旅することができる……夢が広がる話です。エアライン企業の存在価値も大きく変わっていきそうですね。
深堀:これは私個人の考えですが、「人をつなげる」という意味では、エアラインの最大のライバルはFacebookになるかもしれません。ただ、Facebookと大きく違うのは、70億人をネット上ではなく、リアルでつなげるということ。そのために、人間が行ける場所の制約を取り払うべきだと思っています。
「ANA AVATAR XPRIZE」を行う最大の利点は世界中の最先端の情報を得られること。
HIP:企画案コンペだったとはいえ、「ANA AVATAR XPRIZE」のような提案を社内で通すには、多くのハードルがあったと思います。どのように賞金レースの承認を得たのでしょうか?
深堀:社内での承認を得るまでは本当に大変でした。Googleのようにいきなり数十億円規模の賞金レースを立ち上げると言ったところで、賛同を得ることは難しい。
なので最初は、これまでいくつものプロジェクトを一緒に立ち上げてきた梶谷ケビンという社員と二人で、参加メンバーが経験を積むための「人材育成プログラム」という名目でコンペに参加させてもらうことからスタートしました。ぼくらは絶対にグランプリを取るつもりでしたが、周囲の人々はあまり興味がないようでしたね。「まあ良い経験が積めるといいね」といった雰囲気で。
HIP:しかし、グランプリを獲得し、「人材育成」の範疇を大きく超えた次期賞金レースに選ばれます。新しいXPRIZEレースのテーマ設計案でコンペに勝てたのはいいとしても、実際に賞金レースの資金を提供する「スポンサーになるのは難しい」という企業判断もあり得たのではないですか。
深堀:その可能性も十分にあったと思います。ただ幸運だったのが、全米に流れる朝のテレビニュースでグランプリを受賞したことが大々的に放送され、他にもさまざまなメディアで取り上げられたこと。試算では、これだけでも約900万ドル(約10億円)以上の宣伝効果がありました。
HIP:宣伝効果の他に、企業としてのメリットはあるのでしょうか?
深堀:個人的には、スポンサーとして広告効果だけを期待することには、あまり大きな意義を感じてはいません。「ANA AVATAR XPRIZE」を行う最大の利点は、世界中から最先端の研究の情報が集まることだと思っています。
また、ANAがレースの一チームとして参加することはありませんが、アバターを利用した事業を検討する「アバタープロジェクト」が、社内で動き出しました。ゆくゆくは「ANA AVATAR XPRIZE」参加チームとのサービス連携もあり得るかもしれません。「ANA AVATAR XPRIZE」で得た情報や技術を活かして、ANAがどのようにビジネスを広げられるかを考えています。
最後は自分自身をどこまで信じられるかどうかにかかっています。
HIP:深掘さんは、「ANA AVATAR XPRIZE」とは別に「アバタープロジェクト」にも中心人物として関わっているそうですね。しかも「アバタープロジェクト」メンバーは、社内有志による業務外活動だと伺いました。
深堀:その通りです。ANAホールディングス社長を筆頭に、私がディレクターとなり現在34名の社内の精鋭メンバーが集まっています。これが正式な部署だったら、各部署とも優秀な人材を手放したくないので、集めることはできなかったでしょう。業務外に有志で取り組むからこそ、これだけの能力とモチベーションの高い人たちが集まってくれたのです。有志でチームをつくる有効性は、過去に手がけた「BLUE WING」プロジェクトでの経験が活きています。
HIP:「BLUE WING」はANAの利用者が航空券を購入したり、マイルを寄付したり、SNSでシェアすることで、世界中の課題解決に取り組む社会起業家のフライト代を支援するプログラムです。入社2年目の深堀さんが業務外の活動として4年がかりで立ち上げて話題になったプログラムでもありますね。
深堀:当時はエンジニアで、なんの実績もなくプロジェクトを進めたのでかなり大変でした。そもそも、私は大学では航空工学を学んで、入社してからは、パイロットの操作手順や訓練プログラムを作成する業務を担当していました。なので、宣伝やマーケティングはそもそも畑違い。
そんなぼくが「BLUE WING」を思いついたのは、一橋大学名誉教授で経営学者の石倉洋子さんが主催する『グローバルアジェンダセミナー』を受講したことがきっかけです。世界のトップランナーが、本気で社会課題を解決しようとしている姿勢を知ることができた、貴重な機会でした。
深堀:そこでの経験から、ANAが社会を変えるために活動しているチェンジメーカーをバックアップする仕組みをつくれないかと考えて提案しました。最初はCSRの一環として動いていたのですが、担当部署の判断により頓挫。石倉さんに報告したところ、石倉さんのメンターであるウシオ電機の牛尾会長から「BLUE WINGはCSRではなく、ブランディング活動としてやるべきだ」とアドバイスをいただき、あらためて社内で動き始めました。
HIP:石倉教授や牛尾会長というビッグネームの支援があるとスムーズに進みそうな感じもしますが、そうはならなかったのでしょうか?
深堀:とんでもない。石倉さんは継続して応援してくださいましたが、結局はANA社内の話です。つてを辿って社内のいろいろな人に話をするといった地道な活動を続けました。「世界を変えるアイデアを思いつきました。30分下さい」とビジネスメールを出してアポイントを取っていたのですが、一部ではスパムメールなんて呼ばれていたようです(笑)。
HIP:反応はいかがでしたか?
深堀:実際に話をすると、提案自体には誰も反対しない。むしろ「いいね」と言ってくれる人も多い。なのに、なぜだか実現しないんですよね。例えば、役員はOKを出してくれて、担当部署につないでくれる。その担当部署は別の部署がOKならいいよと承諾する。その別の部署に行ったら、また他の部署次第と言われる。そのうち、役員や部長が異動になり、また最初から。そうこうするうちに、3年が経ち、石倉さんからも「うまくいかないときもある、さすがにそろそろ諦めたら」なんて言われることさえありました。
HIP:それでも諦めなかった理由はなんでしょうか。
深堀:1つはぶれなかったこと。例えば、医療に携わる社会起業家を1人支援することができれば、その後ろにいる数千人にANAを知ってもらうことができる。キレイごとではなく、ビジネスとして成立するビジョンが見えていました。新しいことに挑戦した経験がある人ならわかると思いますが、最後は自分自身をどこまで信じられるかどうかにかかっています。そういった意味では、本当に孤独でした。