研究員もマーケターであれ。資生堂が打ち出すオープンイノベーションのかたち
中西裕子(株式会社資生堂「fibona」プロジェクトリーダー)
2020.10.26

大企業の研究開発部門は、中長期的な視点で基礎研究に取り組むケースが多い。さらに化粧品の場合は新しい効果・効能を有する素材・薬剤を開発したり、肌への影響を調べたりと、ゆっくりでも確実なエビデンスが求められる。

そんな業界で150年の老舗・資生堂が、研究開発の当たり前を変えようと奮闘中だ。その象徴となるのが、みなとみらい21に新設された研究開発拠点「グローバルイノベーションセンター(GIC)」とGIC内で推進するオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」。

資生堂が、業界の定石を覆すようなイノベーションに挑む理由は何なのか? 今回、お話をうかがったのはGIC、「fibona」の創設に携わった中西裕子氏。「美」のリーディングカンパニーが、新しいイノベーションのかたちに挑む理由と、実際の活動について迫った。


取材・文:笹林司 写真:玉村敬太

資生堂がオープンイノベーション戦略で目指す、三つのシフトとは?

HIP編集部(以下、HIP):はじめに、資生堂の新たな研究開発拠点である「グローバルイノベーションセンター(以下、GIC)」がどのような施設か教えてください。

中西裕子氏(以下、中西):研究施設とお客さまとのコミュニケーションスペースが一体になった都市型オープンラボで、通称は「S / PARK(エスパーク)」です。研究施設や他社とのコラボレーションのためのラボスペース、取引先との打ち合わせスペースにくわえ、研究員と美容部員がお客さまの肌を解析して「マイコスメ(化粧水・乳液)」をおつくりするスペースや、ランニングやウォーキングなど美につながるアクティビティープログラムを提供するスタジオなど、コンシューマーに向けたコミュニティースペースも併設されています。

「美のインスピレーションに出会う場所」をコンセプトに、多様な知と人やモノ、企業が出会い融合することで、イノベーションが誕生することを目指した施設です。

株式会社資生堂 R&I戦略部マネージャー 兼「fibona」プロジェクトリーダー 中西裕子氏

HIP:toC、toBの両方に開かれた場所なのですね。その「GIC」が主導するオープンイノベーションプログラムが「fibona(フィボナ)」だと。

中西:そうですね。研究員が外部の方々と共創してイノベーションを実現するために、2019年7月から本格始動し、四つのプランを軸に活動しています。

スタートアップとの共創を目指したオープンイノベーション(①「Co-Creation with Startups」)、研究員と生活者のコミュニケーションをとおした商品やソリューションの開発(②「Co-Creation with Consumers)」、クラウドファンディングなどのプラットフォーム活用による新しいテクノロジーのより早い市場展開(③「Speedy Trial」)、異業種の方々とのミートアップなど多様な知の融合によりイノベーションを生み出す風土の醸成(④「Cultivation」)。それぞれ、生活者や企業など共創相手に違いはありますが、「対話」と「社会実装」が根底にある点は共通していますね。

「S / PARK」内にはカフェも。オリジナルスムージーのほか、オリジナルケーキなども販売されている

HIP:なるほど。そもそも、これらのオープンイノベーション戦略はどのような目的からスタートしたのでしょうか?

中西:資生堂全体として、三つのシフトを加速させる目的があります。一つ目は、「日本の化粧品メーカー」から「グローバルなビューティーカンパニー」への転換。現代において、人の「美しさ」をつくるものは化粧品だけにとどまらないですよね。これからは美に関わるサービス・商品すべてを全世界に向けて提供できるよう、研究開発を進めていきたいと考えています。

二つ目は、メーカー視点のモノづくりからお客さまとの共創へのシフト。これまでの主流は、圧倒的な情報を持つメーカーが、商品をつくって提供するという一方通行のやり方でした。しかし、インターネットやSNSの普及でメーカーとユーザーの情報格差がなくなり、なおかつインフルエンサーの情報発信が影響を持つようになった。そういった世界では、お客さまと一緒にモノづくりを行うスタイルが必要です。

三つ目は、研究員が生活者のトレンドやファッションに直に触れること。化粧品は流行をつくり出す役割もあるので、研究員も普段からトレンドやファッションに敏感であるべき。横浜の郊外から人々が集まるみなとみらいに研究所を移転し、「都市型」ラボに移行した理由もここにあります。

研究員もマーケターになるべき。「fibona」誕生の裏に「美の多様化」があった

HIP:GICと「fibona」は、資生堂として初めての試みだったと思います。「三つのシフト」を掲げることになった背景には、どういった変化があったのでしょうか。

中西:最も大きかったのは、デジタルシフトが与えるビジネスへのインパクトではないでしょうか。資生堂のように化学や生物学といったサイエンスをベースに研究開発を行っていると、どうしても結果がでるまでに時間がかかってしまいます。しかし、デジタルシフトによって、人々の考え方の変化が急激に早くなった。経営的にも、よりスピーディーに動く必要があり、そのためには自社の研究開発やアカデミアと呼ばれる大学などとの研究だけでなく、より多様な知を求めるオープンイノベーションが必要だと判断したのです。

HIP:研究の速度と、人々の変化が合わなくなったということですね。

中西:はい。また、美が持つ意味が多様化しているのも理由の一つです。現代においての「美」とは、化粧で外面的に美しくなることだけではなく、健康面やメンタル面まで多岐にわたります。「ビューティーカンパニー」として、そのすべての価値観に寄与できてこそ、お客さまに求めてもらうことができるはず。そのために、急ピッチでナレッジを溜める必要もありました。

HIP:社内で、デジタルシフトやイノベーションの必要性が語られるようになったのは、いつ頃のことですか。

中西:個人的には、現社長の魚谷雅彦が就任した頃から変わりはじめたという印象です。

HIP:魚谷氏は、資生堂初の外部出身者として抜擢された社長です。2014年の就任以来、さまざまな新しいチャレンジを行い、大きな話題になりました。

中西:魚谷は、「研究員は実際にお客さまと接する販売から、最も遠い場所にいる。しかし、これからの資生堂は社員すべてがマーケターになる必要がある」と考えています。そのため、就任後は社長直轄のプロジェクトがいくつも立ち上がり、コーポレートベンチャーキャピタルも手がけるようになりました。資生堂でのイノベーティブな取り組みが一段落ついた段階で、次のステップとして研究所でのイノベーションも進めていこうという流れになったんです。

前例のないプロジェクトを推進するうえで、支えになったものとは?

HIP:中西さんは、どういった経緯でGIC、「fibona」の立ち上げに参加することになったのでしょうか。

中西:入社当時は研究員として、スキンケア商品の処方開発研究、化粧品基剤の基礎研究などを行っていました。その後、「化粧品を使うことでどう感じるか」といった、「人のインサイト」を中心に研究するプロジェクトのリーダーを務めました。マーケティング部門では以前から行ってきたことですが、研究開発部門がそこにチャレンジするのは初めて。振り返ると、資生堂の研究開発の考え方が、プロダクトアウトからマーケットインに変わる局面だったと思います。

中西:また、R&I戦略部に異動した後に有望なスタートアップ企業も多く参加する「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」に、他社と共創した製品で出展する機会もいただきました。このときの経験は私にとっても会社にとっても有益で、スタートアップと資生堂の双方に価値のある共創や、オープンイノベーションのあり方などを学ばせていただきました。このような経験を経て、2019年より今回のプロジェクトに参加したのです。

HIP:前例のないプロジェクトを推進するにあたり、ご苦労された点などはありますか?

中西:やはり会社として初めての挑戦のため、相談できる人がいなかったり気持ちを共有できる人がいなかったりすることが、辛い時期もありましたね。

HIP:どのように乗り越えられていたのでしょうか?

中西:そういうときに一番支えになったのが、企業、自治体、スタートアップなど多くの多様な人が集まるさまざまなコミュニティを通じて出会った他社の新規事業担当者の方との交流です。同じ状況に立たされていることが多いので、悩みをシェアすることができました。同じ苦労をしている人と本音で話し共感し合うことは重要だと実感しましたね。

あとは「fibona」のメンバーや研究員をはじめ、プログラムに参加していただいているスタートアップ、お客さまに支えられているという気持ちが大きいです。「期待に応えなくてはいけない」と、頑張る糧になります。

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