荏原製作所がなぜ水産養殖?海洋汚染を解決するための新たな挑戦
杉谷周彦(株式会社荏原製作所 次世代事業開発推進部 部長) / 松井寛樹(株式会社荏原製作所 養殖事業推進プロジェクト マネージャー)
2020.10.05

1912年にポンプメーカーとして創業した荏原製作所。その後も、風水力機械や焼却炉、半導体製造装置などさまざまな産業機械を生み出し、世界規模で事業成長し続けている。そんな同社の意外な取り組みとして、最近注目を集めているのが、養殖事業への挑戦だ。しかも、ポンプや水処理の機器提供を中心に置きつつ、魚を育てるパートにも関与するという。

じつは一昔前、荏原製作所は養殖事業から撤退した過去を持つ。では、なぜもう一度挑戦しようと思ったのだろうか。その根底には、立ちはだかる困難にチャレンジしてきた先人たちから受け継いだスピリットと技術を活かし、新たな社会課題の解決に取り組む覚悟があった。

今回は、キーマンである次世代事業開発推進部部長の杉谷周彦氏と養殖事業推進プロジェクト マネージャーの松井寛樹氏の2名に、養殖事業で目指すイノベーションについて聞いた。

取材・文:笹林司 写真:玉村敬太

目標は「海を休ませる」こと。荏原製作所が取り組む陸上養殖とは?

HIP編集部(以下、HIP):産業機械メーカーとして知られる荏原製作所が、どうして養殖事業を始めたのでしょうか?

松井寛樹氏(以下、松井):もっとも大きな理由は社会課題の解決につながるからです。私たちが掲げている究極の目標は、「海を休ませる」こと。いま、地球温暖化の影響や、プラスチックごみによる海洋汚染が世界的に問題視されています。また、国内においては海水温の上昇、資源管理の問題なども深刻です。

さらに、現在行われている養殖の大半は、養殖魚を海の一か所で大量に飼育する海面養殖なのですが、その海域が汚染されてしまう弊害も指摘されているのです。

このまま汚染が進むと、いずれ海面養殖が難しくなるばかりか、魚自体が獲れなくなり、食糧危機に直面する可能性も出てきます。そこで、海にこれ以上の負担をかけないための養殖方法を実践していきたいと考えています。

株式会社荏原製作所 養殖事業推進プロジェクト マネージャーの松井寛樹氏

松井:その方法が、閉鎖循環式の「陸上養殖」。閉鎖型の陸上養殖は、水を循環させるポンプや温度センサー、水処理技術などを使い、海から離れた場所でも海水魚の養殖を可能にする技術です。

海への負担を減らすことができ、病原体などの侵入も防げるので、安全・安心で、なおかつ安定的な量も供給可能になります。海に魚が戻ってくれば漁師の方や、水産に関わる加工業者の方にも喜んでいただけるはず。そんな養殖システムを構築している最中です。

荏原製作所が取り組む陸上養殖の様子(画像提供:荏原製作所)

杉谷周彦氏(以下、杉谷):陸上養殖が盛んになれば、海に面していない土地でもブランド地魚を産み出すことができます。養殖業は地方産業なので、日本全国の地方活性化にもつながるはずです。

産業機械メーカーとして長年培ってきた技術力やノウハウを活かし、養殖のエキスパートと協業しながら陸上養殖の水産システムをつくれば、地方産業と地球環境の両面を救える。ゆくゆくは、養殖した魚をブランディングし、消費者に届けるところまでをパッケージとした事業化も見据えています。

株式会社荏原製作所 次世代事業開発推進部 部長の杉谷周彦氏

大企業が持つ「特許」は、新規事業の最大の強みになる

HIP:日本を代表する産業機械メーカーが魚の販売まで見据えているとは驚きました。そもそも、養殖事業推進プロジェクトが立ち上がったきっかけを教えてください。

杉谷:次世代事業開発推進部が推し進める「新規事業開発プロジェクト」のひとつとして、2019年7月にスタートしました。次世代事業開発推進部は、2018年4月に私ともうひとりのメンバーで創設。新事業部を立ち上げるにあたり、最初の新規事業として、何から始めるのがベストかを話し合いました。そこで目をつけたのが、弊社が持つ特許の「転用」と「休眠特許」の活用です。

特許の「転用」については、他社が新しい特許を申請したときに、荏原製作所の特許がそれを牽制できます。実は、思いもよらぬフィールドでそういった事例がありました。そこから、我々が気づいていないだけで、技術的に親和性のある事業分野がまだまだあるかもしれないと感じたのです。

「休眠特許」に関しては、弊社のように歴史の長い会社であれば、現在は活用されていない特許がわりと見つかるのではないかと思い、実際に調べてみました。すると、20年くらい前に養殖事業を手掛けていたこともあり、関連する特許がいくつか見つかったのです。

現在はメンバーが増えた次世代事業開発推進部の集合写真(画像提供:荏原製作所)

HIP:そこから養殖事業をもう一度、新規事業として立ち上げようと。

杉谷:はい。それに、荏原製作所の祖業であるポンプは、現在も日本中の水族館をはじめ、養殖業者の方や水産施設でご利用いただいていますし、汚れた水を浄化するシステムや温度管理の冷熱技術も持っています。弊社の既存特許や、現在の強みを組み合わせて養殖を事業化できれば、全国規模で面白いことができるのではないかと思い、「養殖で新規事業にチャレンジしたい人材」を社内公募しました。

HIP:そこで、応募したのが松井さんですね。なぜこのプロジェクトに手を挙げたのでしょうか?

松井:ビジネスとしての養殖には、前々から興味を持っていました。海に関するニュースや報道といえば、環境汚染や魚の乱獲、国内水産業の高齢化、低賃金労働などネガティブな話題が多い。課題があるぶん、解決できれば必然的に需要も生まれます。日本は四方を海に囲まれ、広大なEEZ(排他的経済水域)を持っていますし、多様な魚食文化も根づいているからチャンスがある。そんなことをずっと考えていたので、養殖事業の社内公募があると知り、真っ先に応募しました。

杉谷:松井は公募の面接でも、かなり印象に残った人材でした。そのとき彼は人事部所属だったのですが、なぜ人事の人間がこんなにも魚や養殖を熱く語るのだと驚いたのを覚えています(笑)。さらには、先が読みづらい新規事業を推進する際に必要な「思考の柔軟性」も兼ね備えていたので、採用しました。

コロナを言い訳にしない。設立間もないベンチャーでも協業に踏み切ったワケ

HIP:そこから、「陸上」の養殖に絞ったのはなぜだったのでしょうか。

松井:プロジェクトが始動してすぐに、養殖分野でどんなことを実現していきたいかをメンバー間で話し合って、「海洋問題と地方産業の課題解決に貢献したい」というゴールを決めました。それから、次世代事業開発推進部がまとめていた養殖に関する弊社の既存特許や、協業の可能性があるスタートアップのリストを調べたのです。

そのリストのなかにあった企業が、2020年6月に資本業務提携を発表したリージョナルフィッシュ株式会社というフードテックのスタートアップでした。同社は、水産物の高速品種改良の技術と、AIやIoTの活用を駆使するスマート養殖を組み合わせた、「次世代の養殖システム」の実現を目指しています。品種改良と養殖の分野でトップをいく、京都大学・近畿大学の持つ最先端の養殖のスキルとノウハウを持っているのが強みです。

そこに、弊社の循環ポンプを始めとする流体制御と温度調整などメカに関する技術力を掛け合わせれば、より安全かつ斬新な養殖が可能になると感じました。お互いの強みを踏まえてさまざまな観点から、「海洋問題の解決」の実現に向けた事業を模索した結果、陸上での養殖に大きな可能性を感じたのです。

杉谷:最初にリージョナルフィッシュの関係者と会ったときには、まだ会社さえ設立されていない状態でした。ただ、CEOの梅川忠典氏は、さまざまな再生プロジェクトを手掛け、ベンチャー出資も行っているINCJ(旧産業革新機構)を脱サラしてジョインした人物。個人的には、技術面だけでなく、ビジネス面での知見に基づく信頼感があったのも資本業務提携を結んだ決め手のひとつでした。

HIP:設立前後のスタートアップに、大企業が直接投資するのは珍しいと思いますが、上層部からの反対などはなかったのでしょうか?

杉谷:ほとんどありませんでした。荏原製作所は、もともと東京帝国大学(現・東京大学)発のベンチャーからスタートしたのですが、リージョナルフィッシュも京都大学発のベンチャー。同じDNAを感じたのか、弊社社長の浅見も「これは未来を変える可能性があって面白そうだ」と共感し、後押ししてくれました。

松井:さらにいうと、いまの荏原製作所は、新たなチャレンジを推奨しています。コロナ禍においても、投資や新規事業開発の手を緩めない姿勢ですからね。むしろ、「コロナを言い訳にするな」と発破を掛けられています。弊社は世間から堅いイメージで見られているかもしれませんが、じつは誰にも負けない「熱意」と「挑戦力」を持った企業なのです。

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