「ながら聴き」というまったく新しいコンセプトを打ち出し、2017年に発売された「ambie sound earcuffs」。耳を塞がずに音楽を楽しめる新感覚のイヤホンとして、発売直後に品切れが続くなど大きな話題を呼んだ。
「ambie sound earcuffs」開発の中心となったのは、ソニーでイヤホンやヘッドマウントディスプレイを手がけてきたエンジニアの三原良太氏。しかも、このイヤホンは、ソニーを飛び出し、ベンチャー企業ambieとしての立場から、さまざまな苦労を乗り越えて、ようやく実現に至ったプロジェクトだという。
ソニーの得意分野であるはずのイヤホンなのに、なぜソニーを飛び出す必要があったのか。ともにジョイントベンチャー企業を立ち上げた投資会社WiLの役割とは。三原氏と、WiLのジェネラルパートナーであり、ベンチャー企業ambieの代表である松本真尚氏に、「ambie sound earcuffs」誕生の秘密を語ってもらった。
取材・文:笹林司 写真:豊島望
新しい価値を提供する際、時には「ソニーブランド」を外したほうがいい。
HIP編集部(以下、HIP):「ambie sound earcuffs」を試聴させてもらいましたが、イヤホンでもスピーカーでもない、まったく新しい音楽体験に驚きました。
三原良太氏(以下、三原):定額制音楽配信サービスの普及などによって音楽がより身近なものになり、集中して楽しむだけではなく、なにかをしながら音楽を聴くスタイルが増えたように感じていました。そのスタイルに合わせた、「ながら聴き」というコンセプトで新しい音楽デバイスをつくりたいという思いから、「ambie sound earcuffs」の開発がスタートしたんです。
HIP:ソニーには、新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(以下、SAP)」がありますが、この制度を活用されたのですか?
三原:いえ。SAPはソニーがこれまでに手がけていない新事業を創出するプログラムなので、オーディオ製品である「ambie sound earcuffs」は該当しないと考えていました。
HIP:とはいえ、オーディオ製品はソニーの得意ジャンルですよね。なぜあえて独自のブランドとして「ambie sound earcuffs」を発売したのでしょうか?
三原:たしかに、ソニーのブランド力は魅力的でした。しかし「ambie sound earcuffs」にとっては、必ずしもプラスに作用するだけではないと考えたんです。
これまでのソニーのイヤホンは没入型が多く、たとえるならばVR。余計な騒音を遮断して、音楽の世界に没入できることが、基本機能として求められていました。対して「ambie sound earcuffs」は、現実にバーチャルの世界を重ねて新たな楽しみを生み出すAR(拡張現実)。生活に音楽を添えて、より楽しくしようというコンセプトです。音楽の世界を楽しむためのイヤホンと、生活を楽しむためのambieでは、そもそも目的が違うものなんです。
松本真尚氏(以下、松本):音やプロダクトの品質を追求してきたソニーのイヤホン戦略からみると、「ながら聴き」を目指した「ambie sound earcuffs」は、方向性が根本的に違うんですよね。
ソニーには、既存のイヤホンをマーケティングするための戦略や、流通チャネルという強みがありました。しかし、「ambie sound earcuffs」の売りは高音質ではなく、日常やアクティビティーにイヤホンが溶け込んだ新しいライフスタイルの提案。そうなると、販売チャネルは大手家電量販店からスタートさせるよりも、セレクトショップである「Ron Herman」や「BEAMS」などのほうが親和性は高い。
だからこそ、外部の知恵を借りながら戦略を立てる必要がある。そこから、ソニーとWiLが組んで、ambieというジョイントベンチャーを立ち上げるというアイデアにつながっていきました。
日本の一般的な大企業が、単独で革新的なチャレンジを起こすのは難しい。
HIP:ソニーとWiLの交流は、ambie以前から活発だったのでしょうか?
松本:WiLのファンドに参画いただいた2013年頃から、ソニー社内の新規事業コンテストの外部審査員をWiLのメンバーが務めさせていただくなどの交流はありました。
事業でご一緒することになったきっかけは、スマートフォンで家の鍵の開閉ができるスマートロック「Qrio Smart Lock」です。当時アメリカで注目されていたスマートロックをソニーが開発すれば面白いのではないかと思い、WiLからお声掛けをして、ジョイントベンチャーであるQrio株式会社を2014年に設立しました(現在はソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社の100%子会社)。
松本:WiLはシリコンバレーに本社を置いており、そこで得た最先端の知見を日本の大企業に伝えることで、イノベーションを起こすお手伝いをしています。
ソニー以外にも、多くの大企業にパートナーになっていただいています。われわれが狙っているのは、社内だけでは起きないイノベーション、もっと言えば、日本だけでは起きないイノベーションを起こすこと。
日本の一般的な大企業単独では、革新的なチャレンジを起こすのは難しい。ですから、イノベーションを起こすツールとしてWiLを使っていただければと思っています。
三原:Qrioにはお世話になった先輩方が大勢いたので、いろいろと話を聞いていました。まったく新しいコンセプトを持った「ambie sound earcuffs」を世の中にどうやって提案するのかを考えていたとき、ジョイントベンチャーという手法を選んだQrioの事例は心強かったですね。