ユーザーテストでは機能を詰め込みすぎて、「ながら聴き」の魅力が伝わらなかった。
HIP:「ambie sound earcuffs」とWiLが出会ったきっかけはなんでしょうか?
三原:じつは、当時の上司から「WiLとソニーが行っている意見交換会でプレゼンをしてみてはどうか」と提案があったのです。Qrioの件もあったので、「認められれば、一気に製品化が進むかもしれない」といった淡い期待がありました(笑)。実際、プレゼンの場で、WiLの代表である伊佐山元さんから「完成度が高い。ぜひやりましょう」といっていただけました。
松本:提案の内容はもちろんですが、WiLが参加するうえで最も重要だったのは、ソニー側でも最後に責任をとる人間が明確だったこと。「ambie sound earcuffs」はすでに三原さんを中心としたチームができあがっており、実現したいという熱意がありました。それがないと、やる意味がない。
ぶっちゃけソニーの技術力が集まれば、どんなアイデアでも実現するはずです。しかし、よい技術やアイデアだけがあっても新規事業は成功しません。
HIP:「実現への熱意」が重要というのは、新規事業の成否に大切なポイントかもしれませんね。そこから、すぐにジョイントベンチャーを設立したのですか?
三原:まずは会社設立に向けて、プロトタイプをユーザーに見せながら改善を繰り返し、事業化できるかどうかを検討する期間をいただきました。いわゆるリーンスタートアップという方法ですね。でも、ここが一番の苦労でした。
プロトタイプの段階では、Bluetoothイヤホン仕様にするなど、製品に新規性がでるようにさまざまな機能を盛り込んでいたんです。しかし、結果的にコストが高くなり、ユーザーテストでも価格に対して否定的な声が多く聞かれました。
なによりショックだったのは、「ながら聴き」という商品コンセプトを伝えているにもかかわらず、「ケーブルがないのはすごい! 欲しい!」と2、3人に言われたこと(苦笑)。まったく価値が伝わらず、途方に暮れてしまいました。
松本:じつは、ぼくがプロジェクトに参加したのはこのタイミングでした。この商品にとって余計な機能が原因でコストが高くなって、ユーザーから価格の面で不評を買っているのに、商品の本質的なコンセプトは伝わっていない。WiLの社内でも、これは無理かもしれないという話になっていて、「興味はあるか?」とぼくに仕事が廻ってきたんです(笑)。
ユーザーにコンセプトが伝わらないのは、機能を詰め込みすぎていたことが原因。そこで、ベンチャーのプロダクト開発として王道の方法であるMVP(Minimum Viable Product)、つまり必要最低限の機能に絞ってプロトタイプをつくるようアドバイスをしました。
三原:Bluetoothなどの要素があると本来の魅力が伝わりにくくなるから、「ながら聴き」以外に特徴がない状態まで、機能を絞り込みました。結果として製造コストも抑えられるので、万が一失敗したときのリスクも低くなる。
リーンスタートアップのいいところは、一度の失敗で中止にならず、繰り返し挑戦ができること。ソニーの企業風土とも通じるところがありますね。その後もテストと改善の連続。最終的になんとかかたちになって、ジョイントベンチャーを立ち上げる判断に至りました。
ベンチャーの動きに合わせて、大企業も利用するハイレベルな工場を使えるなんて、世界中を見てもほとんど例がないはず。
HIP:WiLは、Qrioやambieのようなジョイントベンチャーの取り組みを「出島」と表現しています。出島とは江戸時代、長崎にあったオランダ人の居住地ですよね。これは、どういったたとえなのでしょうか。
松本:江戸時代の出島は、日本と橋でつながった場所でありながら、島内では日本とまったく異なるルールが通用していた。ambieでいえば、ソニーが日本のようなものです。ソニーにいながら、ソニーとは異なる方法論で事業を推進できる場所、ということですね。
HIP:出島で最も重要視されることはなんですか。
松本:スピード感を持って臨機応変に動くこと。たとえばソニーだと、アイデアを思いついても、それを実行する許可を得るまでにベンチャーよりも時間がかかってしまうでしょう。出島であれば、ベンチャーのスピード感で実行することができるんです。
逆に、大企業と結びつきがあるからこそできることもあります。プロダクトを製造するために、大きなメーカーさんとおつき合いのある工場に交渉をしても、ベンチャーだと相手にしてもらえないケースも多い。しかし、ソニーのサポートを受けていれば、話を聞いてもらえます。そのように、両者のいいところをミックスできるのが、出島の強みだと思います。
三原:ソニーという大企業が、長期スパン、大量生産を前提におつき合いさせていただいてきた工場に、生産数が少なく仕様も細かく変わる可能性があるambieがお願いする。これは、まったく新しい取り組み方なんです。ベンチャーの動きに合わせて大企業が利用するハイレベルな工場を使わせてもらえるなんて、世界中を見てもほとんど例がないはずです。