上司の巻き込み方も、プロジェクト推進において重要なポイント。
HIP:チームマネジメント以外で、苦労した点はありましたか?
川原:最初に黄色信号が点灯したのは、AIのベンダー選定です。最終的にはPKSHA Technology(以下、パークシャ)という企業のAIを採用したのですが、当時はコールセンター業務支援において、IBMの「ワトソン」というAIが圧倒的な知名度と実績を持っていました。
一方のパークシャはいまでこそ東証マザーズ上場、時価総額1000億円を越える勢いですが、当時の企業価値はその10分の1にも満たないような、設立3、4年のスタートアップ企業でした。しかし、日本語に特化した精度の高いAIエンジンを強みとした信頼できる導入実績があったことと、コストの面からこの会社にお願いしたいと思っていたのですが、稟議の際に経営陣から不安の声が上がったんです。
メンバーからその共有を受け、どうやって経営陣に説明しようかと考えたのですが、自分よりも常務の三浦から説明してもらったほうがうまくいくような気が、直感的にしまして。セゾン・ベンチャーズの代表であること、そして、会社での立ち位置と彼のキャラクターを踏まえて、彼から説明してもらうようにお願いしました。結果、見事説得してくれたのですが、あのときもし自分で行って失敗していたら、いまプロジェクトがどうなっていたかわかりません。
HIP:上司の巻き込み方も、プロジェクトを推進するうえで重要なポイントですよね。
田中:もうひとつ苦労したのは、コンプライアンス部門とシステム部門との折衝です。私たちはカード会社なので、個人情報の扱いがとてもセンシティブです。今回のAIでは、お客さまとの会話の記録を蓄積・統合して、そこから機械学習によってマニュアルやチャットの回答を自動で出す仕組みですので、機械学習の精度向上のため、日々の正解データをAIに学習させるメンテナンスが何より大事になります。
このメンテナンスの環境を整備するなかで、個人情報にまつわる会社のセキュリティールールと現場の使いやすさとがぶつかってしまったのです。最善案を探るために、コールセンターの業務を一つひとつ細かく洗い出し、それぞれに対してリスクとなりうるポイント、解決策を、3か月ほどかけて話し合いました。結果的に、関係部門も前向きな姿勢で協議してくれて、一つひとつリスクへの対応を行うことにより、現場で運用するにあたり無理のない環境を整えることができました。
見守られている安心感があるから、「丸投げ」ではなく「任せてもらっている」と思える。
HIP:今回、当初は川原さんが音頭を取ってプロジェクトを立ち上げ、先導されていたかと思いますが、少しずつ根回しやプロデュース役に変わっていったからこそ、メンバー全員が主体的に関わる案件になったのではないかと感じました。
川原:あるときから自然と、田中や中川に任せたほうがうまくいくなと感じるようになったんです。二人は「自分勝手だな」と思っているかもしれませんが、いまは「困ったときに出てくるお父さん」のような立ち位置を意識していますね(笑)。最初はある程度トップダウンで始まったプロジェクトでしたが、気づいたら二人からもボトムアップしてくれていた。そのバランスでうまく回ったプロジェクトだったのかもしれません。
HIP:実務を担う立場としては、川原さんをどのように見ていますか?
田中:確かにいまは現場から離れていますが、何かあればいつでも相談できるので、安心して取り組めています。
中川:会うたびに「プロジェクトはいまどんな感じ?」と尋ねてくれるので、「丸投げされている」ではなく「任せてもらっている」という実感があり、やる気が出ますね。
川原:とにかく相談してくれたら誠実に対応しようということはいつも考えています。裏切ったり、梯子を外したり、それだけはしないようにと。それから現場を離れたからといって、自分事ではなく他人事に聞こえるような言い方は決してしないこと。精神的な話ですが、目指すゴールに向かってそれぞれがミッションを持ち、自主性がベースとなる組織横断チームにとっては、そういった感覚的な部分がすごく大事だと思うんです。