空想上の未来に登場するような「空飛ぶクルマ」。これを、本気で実現させようとしている人たちがいる。自動車メーカーや航空会社、ドローンの開発者などさまざまな企業・団体の有志で構成された有志団体CARTIVATORだ。2012年の設立以来、空飛ぶクルマSkyDriveの開発を進め、2020年8月には株式会社SkyDriveとともに日本初の有人飛行のデモフライトも成功させている。
同団体の発起人であり共同代表も務める中村翼さんは、もともとトヨタの一社員。次世代に夢を与える車をつくりたいと、イチから仲間を募り、資金集めに奮闘し、前例のない道を切り開いてきた。
今回は中村さんに、CARTIVATOR立ち上げの経緯やこれまでの道のり、さらには大企業に所属していた時代を含めて「有志団体」というかたちでイノベーティブな活動を続ける理由やその利点などについて語ってもらった。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太
「空飛ぶクルマ」をとおして、未来のライフスタイルを体験してみたい
HIP編集部(以下、HIP):まずはCARTIVATORの概要をお聞かせください。
中村翼氏(以下、中村):CARTIVATORは2012年に発足した有志の団体です。「空飛ぶクルマ」の開発をはじめ、次世代の人たちに夢を提供するための活動を行っています。2018年にはSkyDriveというベンチャー企業も立ち上がり、空飛ぶクルマの実用化・事業化に向けて動いているところです。
HIP:CARTIVATORとSkyDriveでは目的や役割が異なると。
中村:そうです。これまで共同で機体開発を行ってきましたが、2020年以降は役割を分担することとしました。SkyDriveは空飛ぶクルマの事業を加速させていきますが、CARTIVATORはさらに先を行き、「未来の暮らし」を体験するための仕掛けをつくっていくという棲み分けですね。
CARTIVATORのコアメンバーは現在50名ほどで、みんなほかに本業を持っています。自動車業界と航空業界を中心に、ドローン関係、広告代理店、弁護士、銀行、学生などさまざま。年齢も下は19歳から上は60歳まで幅広いです。平日の夜や土曜など、各々ができる範囲で参加するというかたちですね。
HIP:2020年8月には「空飛ぶクルマ」のデモフライトを成功させています。これは、設立当初のロードマップどおりだったのでしょうか?
中村:当初は2020年の『東京オリンピック』で「空飛ぶクルマで聖火を灯す」ことを目指していました。それはオリンピックの開催延期により叶いませんでしたが、8月のデモフライトで開発当初から目標としてきた有人飛行を実現させることができました。
今後もSkyDriveのほうで機体開発を進めていきますが、CARTIVATORとしては新しいことをはじめます。テーマは「未来へのタイムトラベル」。タイムマシンをつくって、未来の生活を体験してもらいたい、と考えています。
HIP:タイムマシン……ですか?
中村:はい。とはいえ、本物のタイムマシンをつくるまでには長い時間がかかるでしょうから、五感などの感覚をすべて没入させるフルダイブVRと呼ばれる技術を使って、2030年代のライフスタイルを体験できるようなコンテンツを展開しようと考えています。
未来の私たちはどんな生活をしているのか? それこそ、空飛ぶクルマが当たり前にある生活とはどんなものなのか? フルダイブVRをとおして感覚的に体験することで、そこは私たちが望むような世界なのかどうかを考え、場合によっては歩むべき方向を変えるきっかけにもなるようなものを開発できればと思います。
HIP:たしかに空飛ぶクルマひとつとっても、社会に実装するとなればさまざまなリスクが考えられる。その点も含め、みんなに考えてもらおうということでしょうか?
中村:そのとおりです。リスクを許容してでも必要と考えるのか、それとももっと使い方を限定して社会の役に立てるのか。議論の呼び水になるようなものをつくりたいと考えています。
100のアイデアから「もっとも夢のある」ものを選んだ
HIP:「タイムマシン」の具体的なコンテンツについては後ほどおうかがいするとして、CARTIVATOR設立の経緯をお聞かせいただけますか?
中村:子どもの頃から車が好きで、トヨタに入社したのもレーシングカーに携わりたいという思いからでした。しかし、レーシングカーやスポーツカーの部門は狭き門です。そこで、最初は一般車の設計部門に入りました。
中村:もちろんやりがいのある仕事でしたが、当初の理想とはギャップがありました。また、新しい車両を企画したり、ビジネスを立ち上げたりしたいと思っても、管理職になるまではそれもなかなか難しい。起業という選択肢も考えましたが、ベンチャーが車両などのハードウェアをつくるのも厳しいだろうと。
それで、入社4年目に社会人向けのビジネスコンテストに応募しました。大学時代に同じレーシングカー製作のサークルに所属していたメンバーと、会社同期の3人で挑戦してみたところ、「オーダーメイドの小型電気自動車」の企画で優勝することができました。このときの部活動のような動きをきっかけにCARTIVATORの活動が本格化しました。
HIP:コンテストで優勝したアイデアから「空飛ぶクルマ」にシフトしたのは、どのような経緯からだったのでしょうか?
中村:当初はコンテストで優勝したオーダーメイドの小型電気自動車を事業化しようと、ベンチャー企業と話をしたり、社内の企画部門に提案書を持っていったりしました。しかし、いずれも微妙な反応で、壁にぶつかってしまったんです。いくら新しい車のビジネスをやりたいといっても、やはり実際に「モノ」がないと説得力がないですよね。
そこで、廃車になった車両を譲ってもらい、分解したり改造したりして勉強しながら、どうすれば実現できるか議論を重ねていきました。そうした議論や役員に相談していくなかで、せっかく業務外でやるなら一つのアイデアだけでなく、業務ではできない「もっとぶっとんだこと」をやったほうがいいんじゃないかと思うようになったんです。
HIP:それで「空飛ぶクルマ」に行き着いたと。たしかに「ぶっとんで」いますね。
中村:まずは、メンバーと合宿をするなどして100個のアイデアを出しました。最終的には言い出しっぺであるぼくが選ぶことになり、もっとも「夢」があると感じた「空飛ぶクルマ」に決めたんです。ぼくは子どもの頃から、車に夢をもらって生きてきました。その恩返しとして、次世代に夢を与えられるような車をつくれないかと。その想いはそのまま、「モビリティーを通じて、次世代に夢を提供する」というCARTIVATORのミッションになりました。