社員の共感でプロジェクトが生まれる?ブラザー工業の事業創出プログラム「BAtON」
川口絵美 / 間瀬陽介(ブラザー工業株式会社 新規事業推進部)
2022.01.25

1908年の創業以来、ミシン、家電、プリンター、通信カラオケ、工作機械などさまざまなプロダクトを生み出してきたブラザー工業。同社には、少し変わった新規事業創出のための仕組みがある。2017年に誕生した「BAtON(バトン)」と呼ばれるインキュベーションプラットフォームだ。約4,000人の全社員から新規事業のアイデアを募集したのち、社内の「共感」を集めるクラウドファンディングを実施。そのうえで採択された起案者は、新規事業推進部に異動してプロジェクトに専念できるという。

「プリンター事業と並ぶ『新しい柱』をつくる」ことを2021年10月に発表した新ビジョン「At your side 2030」で掲げている同社だが、そのなかでBAtONはどんな役割を担っているのか? 新規事業の推進において大切にすべきポイントなども含めて、BAtONプロジェクトの立案者である新規事業推進部の川口絵美氏、間瀬陽介氏にお話をうかがった。


文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:柴田祐希

最も重視するのは「想いの強さ」。新規事業の起案者に求めることは?

HIP編集部(以下、HIP):1908年の創業以来、さまざまな事業展開をしてきたブラザー工業ですが、そこからさらに新しい事業を創ろうという動きが出始めたのはいつ頃からでしょうか?

川口絵美(以下、川口):現在のような形で新規事業の創出に取り組み始めたのは、2012年に社長直轄のセクションとして新規事業推進部が誕生したときからですね。そのときに掲げていたミッションは、事業ポートフォリオの健全化です。ブラザー工業はP&S事業、つまりプリンターの事業が収益の大多数を占めているため、第二、第三の柱をつくっていくことを目的としていました。

ブラザー工業 新規事業推進部の川口絵美氏

HIP:新規事業推進部の設立当初は、どんな取り組みをしていましたか?

川口:開発と企画のグループがあり、私が所属していた企画グループではとにかく新規事業のアイデアを数多く立案することを求められました。ところが、当時は企画グループの人数も少なく、経営層が求める企画数にまったく達していなかったのです。

であれば、新規事業推進部の人間に限らず、ブラザー工業約4,000人の社員からアイデアを持つ人を発掘し、育てていけばいいのではないかと考えました。そうして2017年に発足したのが、社内向けのインキュベーションプラットフォーム「BAtON」です。

HIP:「BAtON」は、どのような仕組みなのでしょうか?

川口:社内から広く新規事業案を発掘するためのプラットフォームで、ブラザー工業の正社員とシニア社員が応募可能です。社内での審査を経てアイデアが採択されると、起案者は新規事業推進部に異動してプロジェクトを進めることができます。

プロジェクトがスタートすると起案者が自らメンバーを集め、必要と判断されれば中途採用することもあります。また、外部メンターによるアドバイスを月に1回程度受けたり、社長など役員へのプレゼンの機会を4か月に1回程度設けています。

HIP:アイデアの応募から採択まで、どのようなプロセスがありますか?

川口:まずは社員からアイデアを募集し、起案者に対して私と間瀬でヒアリングを行います。どんなアイデアなのか、どのような背景で着想を得たのかなど、詳しく聞き取ったうえで、一緒に企画をブラッシュアップしていく形式です。

その後、新規事業推進部長の判断を経て「クラウドオピニオン」というクラウドファンディングのような社内イントラのサイトに掲載します。ここではお金ではなく、ブラザー工業の全社員から企画に対して「共感」できるかどうかの票を集めます。クラウドオピニオンにはこれまでの開催時に、全社員の4割弱にあたる約1,500人が毎回参加をしていて、そこで目標の共感数を集めることができれば、正式にBAtONプロジェクトの新規事業案として採択される流れです。

BAtONの「クラウドオピニオン」のスクリーンショット

HIP:お金ではなく「共感」の数が採択の基準になるというのは面白いですね。

間瀬陽介(以下、間瀬):共感とは感情的にそのアイデアを支持するわけではなく、プロジェクトをいいと思うか、商品を買いたいか、またはサービスを利用したいかなどの視点で共感できるかということです。さらに、起案者の想いに共感して自身もプロジェクトにジョインしたい場合は、クラウドオピニオン上でその意思を示すこともできます。つまり、社内マーケティングを行うと同時に仲間集めを兼ねたシステムでもあります。

ちなみに、第1期で採択された「BuddyBoard(バディボード)」というiPad用のノートアプリは実際に開発され、すでに無償版が提供されています。現在は有償版のローンチに向けて、ユーザーやパートナー企業の声を集めながらブラッシュアップを重ねているところです。これまで5回BAtONプロジェクトの募集を実施し、BuddyBoardを含めた9つのプロジェクトが採択されました。

ブラザー工業 新規事業推進部の間瀬陽介氏
BAtONから生まれたアプリケーション「BuddyBoard」(画像提供:ブラザー工業)

HIP:クラウドオピニオンに載せるかどうかは部門長判断ということですが、どんなところが可否のポイントになりますか?

川口:企画として成立しているか、辻褄が合っているかといった点はもちろん大事ですが、やはり一番重視されるのは起案者の「想い」の強さです。新規事業は茨の道で、生半可な気持ちでは途中で心が折れてしまいますから。

私たちは起案者へのヒアリングの際にさまざまなアドバイスをしますが、想いが強い人ほどすぐに行動に移します。たとえば、「こんな人に話を聞いてきました」、「プロトタイプをつくりたいので部屋を貸してください」など、自発的な動きをしています。そうした部分を重点的に見ています。

アンダーグラウンドな活動の受け皿に。BAtONが誕生した背景

HIP:もともと「新しく何かを始めたい」という社員は多いのでしょうか?

川口:そうですね。日頃から、アイデアを持っている人、何かをやりたいと考えている人が多いと感じていました。社員のなかには本業のほかに、自分たちが面白いと思うプロダクトの試作を、アンダーグラウンド的な活動でコツコツつくっている人もいました。会社もそういう活動に対して寛容で、好きなことをやらせてもらえる社風なんです。

間瀬:そうしたアンダーグランド的な活動ができる場として、私はかつて総合デザイン部で「デザインラボ」を企画運営していました。デザインラボは企画のブレストやプロトタイピングをしやすくした部屋で、社内の部門を横断して提案活動をするメンバーに現在も活用されています。

川口:じつは私自身もBAtONを始める以前は、自分の企画案のプロトタイプをつくる際に、そのデザインラボの「居住者」と周囲から言われるくらい、こもりっきりで作業をしていました。このデザインラボのような施設を、社員にもっと広く活用してもらいたいと誕生したのが1908Labです。1908Labは、BAtONの仕組みができた2017年に設立されて以来、BAtONの活動を行うインキュベーション施設という位置づけとして日々活用されています。

1908Lab

HIP:2017年にBAtONと1908Labが誕生して、新規事業創出活動の活性化を促進したと。そもそもBAtONの構想はいつ頃からあったのでしょうか?

川口:私が新規事業推進部に異動して少し経った2013年頃です。それまで、せっかく面白い企画を温めていても、出口がないということで私に相談に来る人もいて。その出口として、BAtONのような仕組みができればと思ったんです。また、BAtON立ち上げの背景にはもう一つ、私自身の想いもありました。

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かつての社内にあったチャレンジ精神を、いまの時代に再現したいという思い

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