銀行には毎年およそ数千万枚もの、紙の申込書類が送られてくるという。手作業で行われていたこれらの書類の入力業務を、AI(人工知能)やOCR(文字認識技術)で自動化するシステム「The AOR™(以下、AOR)」が、この度開発された。
8割以上もの業務効率化に貢献するというこのシステム。手がけたのはみずほ銀行とベンチャーキャピタルのWiLが共同設立したBlue Labだが、同銀行内のみならず、さまざまな地方銀行や地方自治体へソリューションとして提供すべく、実証実験が進んでいる。
今回話を聞いたのは、みずほ銀行 / Blue Labに所属し、システムの企画から事業開発までをプロジェクトマネージャーとして推進している白河龍弥氏だ。最先端のデジタルテクノロジーで、業界全体の課題解決に寄与するAORが生まれた背景には、銀行の未来への強烈な危機意識があった。
取材・文:岡田弘太郎 写真:大畑陽子
銀行に送られる申込書、年間およそ数千万枚。これらをすべて手作業で入力していた
HIP編集部(以下、HIP):まずは、白河さんのチームが開発しているAORというシステムがどのようなものか、簡単に教えていただけますか?
白河龍弥氏(以下、白河):銀行は紙の申込書を年間、数千万枚単位で受け取るんです。たとえば、電気料金やクレジットカードの支払いを、口座引き落としに設定している方はたくさんいらっしゃいますよね。その際にみなさんが記入して提出する「口座振替依頼書」は、最終的に銀行に届きます。そして銀行のスタッフが、その情報をシステムに手作業で入力しているんです。
こうした書類の自動処理が難しいのは、文字が手書きであることに加え、フォーマットがバラバラだから。口座振替依頼書のほか、手形・小切手などの帳票類は、日本全国さまざまな事業会社が独自のフォーマットでつくっており、その総数はもはや把握できないほどになっています。AORは、AI(人工知能)やOCR(文字認識技術)といった技術でそれらの壁を乗り越えて、入力業務を自動化・効率化するためにつくられました。
HIP:すべて手入力されているなんて驚きました。
白河:これは銀行の汎用業務なので、他行も同じような課題を抱えているんですよ。
HIP:AORが導入されると、業務はどのくらい効率化されるのでしょうか。
白河:実証実験では、約8割の業務がAIによって代替できることがわかりました。残りの2割は、訂正印が押してあったり、あまりにクセの強い字、変なフォーマットであったり……人が見ても判断に時間がかかるようなものです。
データが集まるにつれて精度も高くなっていくので、将来的には9割5部まで自動化できると考えています。とはいえやはり100パーセントは難しい。すべてをAORに任せるのではなく、「振り分け」のためのシステムとして活用して、簡単なものは機械に任せ、難しいものだけプロのスタッフが対応する仕組みにできればと考えています。
人間には人間にしかできない仕事を。バックオフィスの実情を目にし、システム開発を決意
HIP:白河さんはどのような経緯で、AORの開発に取り組むことになったんですか。
白河:最先端のテクノロジーをいかに銀行業務に適用できるか。そんな課題意識を持ちながら、みずほ銀行に転職したのが約2年前です。以前はメーカーでエンジニアリングや新規事業開発を担当していたので、じつはAIを専門的にやり始めたのは転職してからなんです。当時ちょうど「FinTech」という言葉が世の中に出始めた頃で、テクノロジーを活用して新しい金融サービスがつくれたら面白そうと考えたのがきっかけでした。
みずほ銀行でAIを担当することになり、まずはその領域の技術を整理し、全体感を理解するところからはじめました。そのうえで、技術と業務をいかに結びつけるかを考えながら、行内のさまざまな部署にアイデアを持ち込み、「一緒にやってみませんか?」と声掛けをしていったんです。
HIP:どういう反応がありましたか?
白河:本当にさまざまでした。新しいことをやっていきたいと前向きの答えがもらえることもあれば、いまは業務が忙しいとやんわりと断られることも。そのときに重要だったのは、まず積極的に「やりたい」と言ってくれる人と一緒に、実証実験に取り組んでみることでした。そうして一つひとつ事例を積み上げていくことで、少しずついろんな現場からも相談をもらえるようになっていきました。
そのなかの一つが、AORにつながったんです。相談をくれたのは、みずほ銀行のバックオフィス業務を担当している、みずほビジネスサービス株式会社の社長。「この現状を見てくれ」と、現場の業務の様子を見せてくれたんです。「スタッフがコンピューターの前に並んで、朝から晩までひたすら帳票を打ち込んでいる。この状況を変えたい」という切実な声を聞いて、AORの開発を決意しました。
HIP:実際の現場を見たことが、開発のきっかけだったんですね。
白河:「きっと、みんなやりたくてやっている業務じゃないんだろうな」と思ったんです。単純作業をやり続けるのは誰だって辛いですし、キャリアの形成にもつながらない。この仕事をなくし、代わりに人間にしかできない、人と向き合う仕事や知的活動に取り組んでもらえたら、どんなにいいだろうと思いました。