「人と水の、あらゆる制約をなくす」というミッションを掲げ、水の循環利用事業に取り組むWOTA(ウォータ)株式会社。設立7期目の同社は、水道のない場所での水利用を実現する自律分散型水循環システム「WOTA BOX」や水循環型手洗い機「WOSH」などのプロダクトを開発し、注目を集めている。
そんなWOTAは、2020年に環境省が新設した第一回「環境スタートアップ大賞」の「事業構想賞」を受賞した。日本最大級の都市型イノベーションセンター・CIC Tokyoが事務局を務める同プログラムの目的は、環境分野で優れた取り組みを行うスタートアップの発掘と支援だ。WOTAのどの点が優れていて、受賞につながったのだろうか。
今回はWOTA代表の前田瑶介氏と、環境スタートアップ大賞の事務局を務めるCIC Tokyo名倉勝氏にお話をうかがった。そこで語られた、水の事業の可能性や、受賞の要因にもなった「良いチームの条件」とは?
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太
「使ってみたい」という初期体験が愛着につながる。デザインにこだわるべき理由
HIP編集部(以下、HIP):WOTAの具体的な事業内容について教えていただけますか?
前田瑶介氏(以下、前田):私たちのミッションは、「人と水の、あらゆる制約をなくす」こと。具体的には、生活排水の98%以上を再生・循環利用することで、水道が使えない災害時や大自然のなかでも水の利用が実現可能なプロダクトを開発しています。代表例としては、自律分散型水循環システム「WOTA BOX」や、水道のない場所でも設置できる水循環型手洗い機「WOSH」ですね。
「WOTA BOX」はシャワーや手洗い、洗濯機などさまざまな水回り設備に接続可能で、一方の「WOSH」はカフェやレストラン、病院、工場、オフィスなど、感染症対策が求められるあらゆる場所に手洗いの機会を提供できるプロダクトです。
HIP:これらがあれば、いつでもどこでもきれいな水を使える。つまり、水資源に乏しいエリアにも安心・安全な水を届けることができるわけですね。
前田:はい。こうしたプロダクトを普及させることで、水を循環利用することが当たり前の世界をつくりたいです。たとえば、昔は考えられなかった「通信を持ち歩くこと」が、いまではみんながスマートフォンを持っていることから実現していますよね。
同じように、2030年には、水を循環利用することで、どこにいても水を使える世の中にしたい。そうなれば、もっと効率的に水の利用が可能になりますし、極端な話、川や水道がない無人島や砂漠のような場所でも普通に生活できるかもしれない。人と水の関係におけるあらゆる制約をなくして、多様かつ持続可能な暮らしができる未来をつくりたいと考えています。
HIP:魅力的なコンセプトや機能ですが、どのプロダクトも見た目がカッコいいのは特徴ですね。
前田:見た目で興味をもってもらうことは、とても大事な要素だと考えています。そのことに気づいたのは、WOSHの試作機をつくったとき。当時は灰色の箱型でしたが、会社の前の通りに置いていたところ、近所の子どもたちが集まってきたんです。「これ、なんですか?」「どうしてなにも(水源に)つながっていないのに、水が出てるんですか?」と、興味を示して使ってくれました。
そうした「使ってみたい」と感じた初期体験こそが、その後の親しみや愛着にもつながると思っていて。だから、プロダクトやサービス開発では、利用される方との距離感を縮められるデザインを意識しています。
ビジネスへの転換が難しい環境分野。「環境スタートアップ大賞」の目的とは
HIP:WOTAは2020年度に環境省が新設した「環境スタートアップ大賞」の事業構想賞を受賞しました。こちらは、CIC Tokyoが事務局を務めているそうですが、なにを目的とした賞なのでしょうか?
名倉勝氏(以下、名倉):名前のとおり、環境系のスタートアップを応援するための賞です。環境課題の解決とビジネスの成功の両立が見込めるスタートアップを発掘し、支援を行っていきます。そして、環境面でイノベーティブな新規事業のモデルケースをつくり、社会の意識までも変革していきたいという狙いがあります。
HIP:CIC Tokyoの役割を教えていただけますか?
名倉:賞に参加する企業の募集や審査のとりまとめ、受賞イベントの企画運営などですね。また、今後は「環境エネルギーイノベーション」をテーマにしたコミュニティーを立ち上げます。CIC Tokyoを介して、受賞企業をはじめとするさまざまな環境系スタートアップ、大企業、投資家などがつながることで、イノベーションを活性化させていくのが狙いです。
また、CIC Tokyoは環境省をはじめ、研究開発を担う文部科学省、エネルギー分野を担う経済産業省など、各省庁とのつながりもあります。そうした関連省庁とスタートアップを連結させることによって、事業スピードの促進の支援もできると考えています。
HIP:ちなみに、スタートアップに限定しているのはなぜでしょうか?
名倉:環境分野はビジネスへの転換が難しく、これまで大企業がなかなか手を出してこなかった領域です。結果が求められる大企業にとって、すぐにマネタイズしにくい分野ですし、既存事業とのシナジーを生み出すにも時間がかかりますからね。
一方で近年のスタートアップは、最初から環境分野に着目し、会社のコンセプトやフィロソフィーに取り入れながら環境事業を推進している企業も多い。ただ捨てられていたものに価値を与えるアップサイクルのような考え方が多くのスタートアップで根づいていて、まったく新しい哲学や多様な発想のもと環境課題に取り組んでいます。実際、今回の「環境スタートアップ大賞」でも、WOTAをはじめとして驚くほどいろんなアイデアが見られました。
多様なスペシャリストが集うWOTA。受賞の要因となった「良いチーム」の定義
HIP:そのなかでWOTAが受賞したのは、とくにどんな点が評価されたからでしょうか?
名倉:WOTAの事業は、環境保全に資するものであることはもちろん、ビジネスとしての有望性、実現性、市場性、さらには「良いチームであるか」という点など、すべての項目が高得点でした。すでにプロダクトは完成していて、そのクオリティーの高さは明らかでしたし、現時点でマーケットへのアプローチもかなり進んでいたので、実績という点でも評価できました。
HIP:「良いチーム」というのは、具体的にどんな基準で評価したのでしょうか?
名倉:とにかく多様な人材が揃っている点ですね。前田さんご自身の経歴もユニークですが、そのほかの従業員の方々も普通のスタートアップではなかなか集められないようなメンバーばかりです。
若い創業メンバーだけで固めた勢いのあるスタートアップにも魅力はありますが、WOTAの場合はそれに加えて大企業出身の方、長く製造業に携わってこられたものづくりのプロフェッショナルなど、本当に幅広い。そのメンバーを前田さんがうまくマネージメントして、見事に一つのチームになっている点が素晴らしかったですね。
HIP:たとえば、どんな社員の方がいらっしゃるのでしょうか?
前田:わかりやすい例でいうと、誰もが知っている米国の宇宙研究機関で土星の円環をずっと研究してきた社員とか。土星の円環の構成元素は、ほぼすべて水(氷)なんですよ。そういった水に関する知識が長けている社員はもちろん多いですが、水に限らずさまざまな分野に精通する社員がたくさんいます。