つねに新たなチャレンジを。急激な環境変化に対応できた企業の秘訣
HIP:具体的には、どんな事例でしょうか?
伊佐山:代表的なのはANA(全日本空輸)の取り組みです。約7年前のWiLの設立当初からANAとはおつき合いしていますが、当時からいずれ飛行機で人や物を移動させて稼ぐだけでは立ち行かなくなることを予測していました。インターネットの進化、ARやVRの技術が普及し、移動しなくても旅行気分を満足させられる時代が、近くやってくるだろうと。
そこで、業界の常識を取り払ってチャレンジできる出島をつくり、猛烈に新規事業を推進してきたんです。7年前はほぼ航空事業一本でしたが、最近はドローンの輸送事業やアバター事業、コロナ禍で仮装旅行事業なんていうのも打ち出しました。実際、現在のこうした状況下でも、ANAのムードは明るいと感じます。
HIP:現状に危機感を抱きながら新しいチャレンジを積み重ねてきたからこそ、コロナ禍のような急激な環境変化にも対応できると。
伊佐山:そう思います。飛行機で儲けることができなくなっても、ほかにもさまざまな打ち手があることをわかっているのは大きいですよね。異質なベンチャー企業を取り込み、つねに変わり続けている社風だと、急激な環境の変化にも柔軟に対応しやすいことを、社内全体が共有できていると思うんです。
ANAだけでなく、スズキやソニーも同じですね。これまで会社を発展させてきたコアな事業だけにとらわれず、新しいことにトライし続けようとしている。ここ数年、それをちゃんとやってきた企業は、コロナ禍の苦境においてもイノベーションへの情熱を失っていません。
「無駄」が可視化された現代。企業の成長は、コロナ収束後のふるまい方がカギ
HIP:伊佐山さんの目から見て、コロナの影響によって社会が最も変化したと思う部分を教えてください。
伊佐山:大きく変わったのは、人々の行動様式と働き方ですね。買い物は大半がオンラインになり、食事もデリバリー、仕事はリモートに切り替わった。アメリカでは、その日に公開する最新作の映画も自宅で観られるようになったので、映画館はガラガラです。生活や仕事だけでなく、エンターテイメントも大きく変わりつつあります。
企業は当然、そうした社会やライフスタイルの変化にマッチするよう、ビジネスモデルを見直す必要はありますし、従業員に提供する職場環境もこれまでどおりというわけにはいかなくなるでしょう。
HIP:日本でも大企業の多くがテレワークを導入しました。ただ、コロナが収束したら、またもとの働き方に戻ってしまうのではないかという懸念もあります。
伊佐山:どうしても現場に行く必要がある仕事は別ですが、とくに理由もないのに出社を促すような企業は、従業員から「社会の変化に適応できない企業」と見なされる可能性があります。現に、アメリカのGAFAのような企業も意外と古臭いところがあって、「カリフォルニアは感染が抑えられているから、月曜から会社に来るように」と、上司からお達しが出たりするんです。しかし、部下から「この状況下で、なにを言っているんだ! 会社を辞めるぞ」と猛反発を受け、撤回するようなことも起きています。
日本でもテレワークに切り替わり、これまで毎日のように満員電車で通勤していたことがいかに無駄だったか、あらためて実感した人は多いと思います。そうなると企業側も、これまでのやり方を変える必要がある。少なくとも「毎日決まった時間に出社しなさい」「新人は少し早めに来て部長の机を掃除しておきなさい」といった古い考えの会社には、優秀な若者は集まらなくなるでしょう。
HIP:コロナでさまざまな「無駄」が可視化されたにもかかわらず、それを見て見ぬフリするような会社は敬遠されると。
伊佐山:そうですね。アフターコロナの企業のふるまいを学生や就活生は見ていると思いますし、ひいては企業の将来性を見極める投資家たちも、出資先の選定要素にするはずです。
大企業に眠る「宝」を掘り起こす。WiLが思い描くビジョンと理想の社会
HIP:そのほかに、コロナであらためて見直された価値はありますか?
伊佐山:やはり、人と触れ合いたい、直に会ってコミュニケーションをとりたいという欲求は高まっていますよね。そういう意味では、WiLも参画しているインキュベーションセンター「ARCH」のような場所の価値は、今後ますます高まっていくと思います。
HIP:インキュベーションセンター「ARCH」では大企業の新規事業担当者が集まり、活発にコミュニケーションが交わされています。イノベーションを生み出すには、やはり対話は重要なのでしょうか?
伊佐山:新しいアイデアを考えたいとき、違う角度からインスピレーションをもらいたいときは、人と会うのがいちばんです。誰かと話して、ときにはさまざまな方向に脱線して化学反応を起こしていくようなプロセスが大事で、それはオンラインではなかなか得られない。偶然に顔を合わせて立ち話するような、予定調和ではないコミュニケーションに価値があると思うんです。
一方で、毎週の定例会議や、ちょっとした進捗共有はオンラインでも良い。これからはルーティンの会議とクリエイティブのためのコミュニケーションが、明確に区別されていくのではないでしょうか。
実際、アメリカでは一人で黙々と作業をするエンジニアなどは自宅作業を希望し、クリエイティブな職種や、会社の未来を考える経営部門などはオフィスに行きたがるという、面白い傾向も見られます。ですから、これからのオフィスは新しいものを生み出すための空間であるという前提のもと、活発なコミュニケーションを促進することを意識して設計する必要があるかもしれません。
HIP:最後に、WiLの今後のビジョンを教えていただけますか。
伊佐山:大企業の資源を新しい商売につなげていくことが、いちばんの目標です。企業によっては、世界屈指の技術を持ちながら、それをうまく生かせず眠らせてしまっているケースもあります。そんな「宝」をサービスに転換できるベンチャーと大企業を橋渡しして、「スピンアウトベンチャー」を増やしていきたいと考えています。
もう一つは、これまでWiLが大企業に提供してきた新規事業立ち上げのノウハウを、もっと多方面へ伝えていくことです。たとえばですが、学校の先生やお医者さん、地方の公務員、さらには高校生や大学生にも広げられたら理想的。「自分が見たい未来を、自分でつくっていく」という意識や考え方を一人ひとりに根づかせて、さまざまな分野からイノベーションが生まれる社会づくりに貢献したいです。