INTERVIEW
コロナ禍でも成長を見せる大企業は?WiL伊佐山が語る現代イノベーション論
伊佐山元(WiL共同創業者CEO)

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2021.06.22

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新型コロナウイルスの感染拡大から約1年半。国内外でワクチンの接種が進み、アフターコロナへの道筋がようやく見え始めたが、その間に社会は大きく変わった。働き方や生活様式の変化に合わせて新しいサービスが台頭する一方、企業によってはこれまでのビジネスモデルが立ち行かなくなり、大きな変革を迫られている。急激な業績の悪化を受けて新規事業を縮小する企業もあるが、この機にあえて投資や社内改革を推進し、イノベーションを起こそうとしている企業も少なくない。

シリコンバレーを拠点に大企業と日米のベンチャー企業の架け橋となり、新規事業を後押しするWiLの伊佐山元氏は、「この一年で、大企業のイノベーションマインドは明らかに変わりつつある」と語る。具体的に、何がどう変わったのか? そして、アフターコロナを見据えてイノベーションを起こすには、これからの企業がどうあるべきなのか? 伊佐山氏に話をうかがった。


取材・文:榎並紀行(やじろべえ)

シリコンバレー流をそのまま取り入れても意味がない。日本独自の仕組みづくりを

HIP編集部(以下、HIP):WiLでは主に大企業の新規事業支援を行っていますが、設立の背景や事業の概要から教えていただけますか。

伊佐山元(以下、伊佐山):WiLを設立したのは2013年。その少し前、日本では「国内にシリコンバレーをつくろう」という機運が高まっていて、日本の政府関係者も、こぞってシリコンバレーを視察していました。ただ、ずっとアメリカから日本の状況を見てきた私の感覚では、シリコンバレーのモデルをそのまま取り入れても、日本には馴染まないのではないかと思っていたんです。

というのも、人材が大企業だけでなくベンチャーや中小企業にもバランスよく散らばっている欧米に比べて、日本は資金や人材が大企業に偏りすぎている。欧米のように多様性のある社会やビジネス環境であれば、シリコンバレー型のイノベーションモデルは機能するでしょう。しかし、そうではない日本には独自の仕組みが必要だろうと考えていました。

株式会社WiL 共同創業者CEOの伊佐山元氏(画像提供:株式会社WiL)

HIP:その仕組みをつくるためにWiLを設立したと。どんなモデルを提供しようと考えたのでしょうか?

伊佐山:私が目をつけたのは、日本の大企業のなかにある人材、才能、技術、お金です。それらの資源が大企業だけに集中していると、社会が停滞してしまう。これを流動化させ、有効に活用することが必要だと考えました。

資源を流動化させるためには、刺激が必要です。刺激を与える方法は主に3つあり、「ベンチャーとの出会いの場を提供する」「失敗が許される空間をつくる」「新しいことを起こすためのスキルアップをサポートする」です。WiLでは設立以来、この仕組みを大企業に提供し続けてきました。

大企業がイノベーションを起こすために必要な3つの方法。その重要性とは?

HIP:それぞれの重要性や概要を詳しく説明いただけますか?

伊佐山:まず、「ベンチャーとの出会いの場を提供する」ですが、アメリカで会社のDNAを変えて伸び続ける企業はなにが違うかというと、やはりベンチャーを取り込むのがうまい。

その筆頭はGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)で、たとえばAppleは非公表ながら年間100社ほどのベンチャーを買収しているといわれています。大企業とベンチャーが出会うと面白い化学反応を起こせますし、お互いにとってメリットがあることを、よくわかっているんです。その考えや文化にならい、WiLでは日本の大企業と、日米のベンチャー企業をつなぐための支援を行っています。

次に「失敗が許される空間をつくる」。大企業のなかで新しい事業を開花させるためには、やはりトライ&エラーができる環境が必要です。失敗しても社長や上司に咎められることのない、心理的安定性の確保された場所で仕事ができるようにしなければならない。そのために、新規事業担当者が会社を離れ、ある意味で治外法権のようにチャレンジができる「出島」を用意しようという発想です。

大企業の新規事業部における「出島」の重要性について、児玉太郎氏と語り合った「HIP」の過去記事

伊佐山:最後に「新しいことを起こすためのスキルアップをサポートする」。日本の大企業は技術とお金はあっても、それをどうやって新しい事業に進化させればいいかがわからない。これはビジネスをデザインするスキルの問題です。そこで、シリコンバレーの経営者が使っているデザイン思考など、最先端のスキルを学んで社内の人材がアントレプレナー(起業家)になれるような教育をサポートします。

この3つの価値を提供するのがWiLです。いわゆる、ただのベンチャーキャピタルではなく、大企業から次々と新しいものが生まれるようなイノベーションの仕組みをつくることこそ、私たちのミッション。ですから、組織のイメージとしては「ファンド」ではなく、新規事業を考える「共同研究所」だと考えています。

コロナ禍で訪れた変革期。大企業が新規事業に本気になり始めた背景

HIP:昨年からのコロナ禍により、大企業のイノベーションに対する考え方に変化は感じますか?

伊佐山:明らかに変わりました。オープンイノベーションという言葉自体は7、8年前から注目され始めて、政府や企業もそれを声高に叫んでいました。ただ、当時はどこかブームのようなところがあって、「とりあえず、やっておくか」という会社も少なくなかった。本業がそれなりに順調で、新しいことに対してそこまで前のめりでなかったところもあったと思います。

しかし、そのムードはここ1年で一変しています。コロナで世界中が「平時」から「有事」になり、世の中の仕組みや価値観が大きく変わってしまったことで、企業も変革せざるを得なくなったからです。なかには、これまでのビジネス自体が成り立たなくなってしまった企業もありますから。

HIP:これまで以上に、新規事業に力を入れる企業も増えたのでしょうか?

伊佐山:そうですね。WiLのパートナーでいえば、これまでの動きをさらに強化する企業が増えました。もっと面白いベンチャーを取り込もうとか、失敗を許容するチャレンジングな空間をつくろう、企業研修にデザイン思考を取り入れよう、といった具合ですね。ここにきて、いきなり活性化してきた印象です。

日本の大企業の新規事業部門や、欧米ベンチャーの担当者が集まるシリコンバレーのWiLオフィス(画像提供:株式会社WiL)

伊佐山:また、WiLが2021年6月に立ち上げた最大1,000億円規模のファンドには、ソニーグループやスズキなど18社が参画しています。これは大企業が、デジタルトランスフォーメーションを加速させる技術を持つ新興企業と、どんどん組んでいきたいと考えている証です。

数年前までは、なるべく安いお金で多くの情報やベンチャーとの接点を持てれば良いと考える企業が多かったのですが、最近は100億円を出して買収してでも優秀なパートナーとつながりたいというふうに、マインドが顕著に変化しています。それだけ、大企業が本気になり始めたのだと感じますね。また、WiLが7年半にわたって伴走してきた大企業から新規事業が生まれ、具体的な事例が出てきたことも大きいかもしれません。

ANA、スズキ、ソニーが実践。苦境でもイノベーションへの情熱を失わないワケ

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