日本企業が活かしきれていない技術やノウハウを発掘し、世界規模のイノベーションにつなげようと奮闘している企業がある。ヨーロッパを中心に、世界各都市の大企業やスタートアップとのネットワークを持つTrusted株式会社だ。
革新的な技術を持つ日本の大企業と、海外のスタートアップをつなげたり、海外の大企業と日本のスタートアップの協業をサポートしたり。さまざまな組み合わせによる化学反応を起こすことでイノベーションを加速させ、社会の課題解決につなげていくのが狙いだという。
2020年12月には、東京・虎ノ門にある日本最大のスタートアップ向けイノベーションセンター「CIC Tokyo」に活動の拠点を移したTrusted。同社の代表取締役ファリザ・アビドヴァ氏と、CIC Japan合同会社のディレクターでファリザさんの活動をサポートする平田美奈子さんをお招きし、二人が叶えたい未来や、日本の大企業が抱える課題まで、存分に語り尽くしていただいた。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太
故郷や恵まれない国を、イノベーションで救いたい
HIP編集部(以下、HIP):ファリザさんの出身は、ウズベキスタンだそうですね。なぜ日本で暮らし、Trustedを創業することになったのでしょうか?
ファリザ・アビドヴァ(以下、ファリザ):幼い頃からずっと、日本の文化やプロダクトに興味を惹かれていたんです。それで大学生のとき、日本文化と日本語を学ぶために文部科学省の奨学金プログラムに合格したのが、日本で暮らしはじめたきっかけです。
異国での生活を送るなかで、日本で自立した人生を歩みたいという思いが強くなり、起業を決意。大学で専攻した多文化教育を活かすべく、日本企業に向けたグローバル人材育成のコンサルティングなどを行うSOPHYS株式会社を2010年に立ち上げました。
以来、日本企業の優れた技術やノウハウを見聞きすると同時に、ヨーロッパを中心とした海外企業やイノベーターとコネクションを構築するなかで、この両者をつなげれば、社会の課題解決につながるイノベーションを起こせるかもしれないと次第に感じはじめたのです。そのために2016年に立ち上げたのがTrustedです。
HIP:ファリザさんがイノベーションで社会課題を解決したいと願う背景には、どんな思いがあるのでしょうか?
ファリザ:故郷の環境が大きく影響しています。私はウズベキスタンで生まれ育ちましたが、現在も母が住んでいる地域にガスや水道は通っていません。電気も毎日4、5回は止まってしまいます。
環境的に恵まれている日本にいる私は、故郷の100年先を生きているような感覚にもなります。でも、それは日本や他の先進国が特別なだけ。ウズベキスタンに限ったことではなく、世界には当たり前の生活ができない、綺麗な水も飲めない国が数多くあります。
しかし、先進国の企業と接するなかで、まだ実用化されていない、世界を変えられるようなポテンシャルを持った技術やノウハウがたくさん眠っていることを知ったんです。
企業の自前主義によって、社会にうまく実装できなかった技術でも、オープンイノベーションによって、さまざまな企業やプレイヤーをかけ合わせることで、社会実装できるかもしれない。そうなれば、恵まれない国の生活レベルも加速度的に改善できる可能性が出てくる。それこそが、Trustedの目標のひとつであり、私の人生のミッションでもあります。
虎ノ門を国際的なオープンイノベーションの場にする
HIP:Trustedは、東京都がスタートアップの創出促進と成長を目的に立ち上げたイノベーション・エコシステム形成促進支援事業の「共同プロジェクト」にも参画されたとうかがいました。
ファリザ:はい。それに合わせて、同事業で虎ノ門・赤坂・六本木エリアのイノベーション・エコシステム形成を担う森ビル株式会社と業務提携を行いました。森ビルが目指すエコシステムのビジョンと、虎ノ門の将来像に共感したのが提携の決め手になりました。
具体的には、日本の大企業と海外のスタートアップの事業提携をTrustedで支援させていただいています。その取り組みを加速させるべく、虎ノ門に活動拠点を置こうと考えていたとき、「CIC Tokyo」のことを知りました。
平田美奈子氏(以下、平田):ファリザさんと出会ったきっかけは、森ビルの方からのご紹介でした。お話しするなかで、CICのミッションである「社会の課題解決につながるイノベーションを加速させること」と、Trustedの目指すビジョンが同じだったので、すぐに意気投合。「CIC Tokyoから社会を変えるイノベーションを巻き起こすには、この人の力が必要だ!」と思い、ぜひCIC Tokyoに来てほしいとその場でお誘いしました。
ファリザ:私も初めて平田さんとお話ししたときに、考え方やビジョンがとても近いと感じましたし、明日にでもCIC Tokyoのコミュニティーに入りたいと感じたのを覚えています。
実際にCIC Tokyoに入居してみると、大企業の新規事業の担当者はもちろん、スタートアップに関する環境整備を行う行政の方など、これまでリーチするのに苦労していた人とアポなしで出会えることに驚きました。毎日のように、あらゆる企業のイノベーターと知り合えますし、コーヒーを飲みながら気軽にディスカッションができる環境なのは大きなメリットです。
加えて、優秀な弁護士やマーケティングの専門家などもご紹介いただき、事業スピードも格段に上がりました。スタートアップのことを熟知している弁護士の方が、1週間で4つもの契約書をまとめてくれたこともあります。
平田:すごい! それは知らなかった(笑)。
ファリザ:あと、CIC Tokyoでは1社ごとに担当者(リレーションシップ・マネージャー)がついてくれて、各社のニーズに沿った課題解決や体制強化のサポートをしてくれるのも大きなメリットですね。Trustedは平田さんが担当してくれているのですが、割り切った上辺だけの関係ではなく、本気で一緒に事業を盛り上げようというパッションを感じるんです。これまでにもさまざまなシェアオフィスに入居してきましたけど、初めて「コミュニティー」の力を実感しています。
平田:私たちの使命は、ただ仕事場を提供するだけではなく、事業成長をサポートしていくことです。その思いが伝わっていて嬉しいですね。CIC Tokyoでは、小から大まで多数のワークスペース(個室、コワーキングスペース)があり、企業の成長規模に合わせて大きな部屋をお貸ししています。ともに事業を盛り上げいくうえで、テナント企業が成長していく姿を間近で見られるのは、私にとってもモチベーションになっています。
また、CIC Tokyoとしても、Trustedへの期待はかなり大きいですからね。CIC Tokyoにはスタートアップのつながりだけでなく、産学官を含めた国内のネットワークがあるので、そこにファリザさんが持つ欧州を中心とした国内外の大企業やスタートアップとのコネクションをかけ合わせれば、虎ノ門エリアを国際的なオープンイノベーション創出の集積地にできるのではないかと感じています。
海外の企業は、日本企業と協業したくても、やり方がわからない
HIP:海外の大企業やスタートアップとつながりたい日本企業は多いと思います。逆に海外の企業は日本企業をどう見ているのでしょうか?
ファリザ:日本のものづくりに関する技術力や安全性への意識の高さなどは、現在も海外で好評価です。日本の有望なスタートアップや中小企業の情報を海外の企業に提供すると、「ぜひ日本のスタートアップとPoCをやりたい」という反応が多いですよ。
HIP:とはいえ、日本企業と海外企業の協業は、それほど頻繁には行われていません。なぜでしょうか?
ファリザ:いざ、協業したいと思っても、やり方がわからないのが大きな要因だと思います。たとえば、海外の企業側からよく聞かれるのは、「外国の企業に向けた、行政からのサポートはないの?」ということ。
じつは東京都でも、国内外の企業に向けたサポートプログラムを実施しています。日本の労働法に関する相談窓口をはじめ、融資や補助金情報などもあるのですが、まだあまり知られていないのが現状です。
HIP:海外の企業、日本の企業の双方にメリットがありそうなプログラムなのに知られていないのは、もったいないですね。
ファリザ:ほかにも日本企業との協業にあたり、海外企業が知っておくと得する制度が日本にはいくつかあるので、私たちがわかりやすく翻訳して伝えていければと思っています。
制度の利用実績を増やし、その事例を私たちが英語で情報発信していく。そういった取り組みをとおして、海外の大企業やスタートアップを東京に集め、グローバルイノベーションを生み出すためのブリッジになりたいです。
平田:あと、海外の起業家や大企業から出向するイノベーターたちが日本で生活しながら仕事をするには、生活環境を知ってもらうことも大事ですよね。文化や医療、子どもの教育など、幅広い情報を求める外国人は多いと思いますから。
それにともない、受け入れる側の私たちも、海外の移住者と共存していく意識をもっと高め、誰もが暮らしやすい環境を整えていく必要があると感じます。CIC Tokyoとしても海外の起業家を日本に誘致することがミッションのひとつなので、そうしたサポートや環境づくりにも森ビルと取り組んでいければと思っています。