大阪の町工場が、グローバルに新たな価値を問うイノベーションを起こそうとしている。次世代イノベーター育成プログラム「始動Next Innovator」に採択され、最優秀賞にも選ばれた「空気からつくる糸」。ビジネス経験「ほぼゼロ」からスタートしたという、そのストーリーを聞いた。
町工場からシリコンバレーへ
圓井繊維機械株式会社があるのは、大阪市の東北部、旭区高殿。社屋は3階建てのタイル貼りのビルで、その1階、人が行き交う通りに面したガラス窓の向こうには何台ものミシンに並んで看板猫が座ります。
一見すると「のどかな街の電気屋さん」といった佇まいですが、扉の向こう、工房の奥へと足を踏み入れるとその様子は一変します。そこには、社長の圓井良さんが培った機械工学経験を活かして生まれた特注機械がずらりと並びます。
いずれも企業や大学からの要望を聞き入れてつくったオーダーメイドの機械ばかりで、ときには大企業の研究員たちが自ら、量産製造前のプロトタイプづくりや研究実験のために、この特殊機械を使用しに訪れるのだといいます。
圓井繊維機械の創業は1970年。現在会長を務める圓井康三さんが創業した当初はニットセーター用のリンキングミシンのみ製造していましたが、その息子で現在社長を務める圓井良さんの代には、繊維加工関連機器の製造販売にも事業を拡大します。
特徴的なのは、セーターやカーディガンなどニット製品製造現場で使用する補助機械の製造のみならず、金属繊維や高強度繊維、生分解性樹脂繊維についての試作、供給も行っていること。社長は「『糸へん』がつくものならなんでも取り扱う」と語ります(この特徴が、後述する圓井繊維機械の新たなビジネス開発の、まさに“糸口”になっています)。
圓井仁志さんが同社に入社したのは2022年と、ごく最近のことでした。教師をはじめ職を転々としながら社会経験を積み、満を持して新規事業部長に就任した仁志が注目したのは、同社が10年にわたって開発を進めてきた「空気からつくる⽷=POM 繊維」。この技術を世界に広めるべく、2023年に挑んだのがJETRO主催の次世代イノベーター育成プログラム「始動Next Innovator」です。
「始動 Next Innovator」は、「シリコンバレーと日本の架け橋プロジェクト」の一環として次世代のイノベーションの担い手を育成する起業家シリコンバレー派遣プログラム。
仁志さんを含む第9期の募集に応募した335人の応募の中から一次選抜を通過したメンバーは、2023年9月から12月に行われた全13回の国内プログラムに参加。専門家によるレクチャーやメンタリングを通して、事業プランのブラッシュアップに努め、国内プログラム参加者の中から選抜された30名が米国シリコンバレーに渡航しました。仁志さんはこの30名のひとりとして選出され、この8日間の現地プログラムに参加しています。
三代にわたる圓井繊維機械株式会社。社長と新規事業部長、それぞれが胸に抱く想いと未来について話を聞きました。
次世代を担う「空気からつくる糸」
- HIP編集部
(以下、HIP) - 「空気からつくる糸」というキャッチコピーのこの「POM 繊維」は、どのような糸なのでしょうか。
- 圓井仁志
(以下、仁志) -
ポリエステルやナイロン、アクリルなどの合成繊維は99%が石油由来の樹脂でできています。なかでもポリエステルは年間6,000万トンがつくられているとされており、その製造工程で発生するCO2はとにかく膨大です。繊維業界が排出するCO2は、航空業界や海運業界を足しても足りないといわれるほどなのです。
石油資源の枯渇はもちろん、リサイクルの問題、海洋プラスチックごみの問題など、国連貿易開発会議では石油産業、アパレル産業こそが「環境汚染産業」だとされています。地球環境を考えると、新たな繊維の開発が必要不可欠だといわれるゆえんはここにあります。
まさに繊維の開発をしてきたぼくたちが注目したのは、天然ガスからつくられる「POM」(ポリオキシメチレン、ポリアセタールとも)でした。石油由来ではありませんし、製造時のCO2の発生も少ないのが特徴で、リサイクル性にも長けています。ただ、従来はこれを「繊維」にする技術がなかったのです。