自前主義には限界がある。そもそもイノベーションにおいて、協業が重要なワケ
HIP:TrustedもCIC Tokyoも、イノベーション創出のために企業同士をつなげるという事業内容は共通していますね。あらためて、イノベーションに協業が必要な理由を教えてください。
ファリザ:いくら世界的に有名な大企業であっても、自前主義には限界があります。イノベーションを起こすには、いくつものニッチな専門的技術が必要になります。各種の技術開発から実用化、ブランディングや広報PRに至るまで、社内だけで全工程のノウハウをプロレベルで持つのは難しいため、一つひとつ検討しているうちに競争相手に抜かれてしまう。特に、世界を視野に入れているならなおさらですよね。
全工程においてトップレベルの人材を一社に集めようとすると、とてつもなくコストと時間がかかりますから。市場や社会情勢は日々変化しているので、開発からローンチまで時間をかけすぎると、世の中にとってサービス自体が必要ではなくなる可能性もあります。ですから、なんでもかんでも自前主義にするのではなく、必要に応じて外部の専門家をアサインするほうがロジカルだと思います。
HIP:ちなみに、海外の大企業には「自前主義」という考え方はないのでしょうか?
ファリザ:そんなことはありません。海外でも日本と同じく、自社の独自技術をシークレットにして、独占的に利益を得ることがビジネスの常識でした。しかし、自前主義だと世界にインパクトを与えるイノベーションはなかなか生まれない。それで20年ほど前からオープンイノベーションに踏み切る企業が増えたのです。
「オープンイノベーション」「スタートアップ」の定義が、日本と海外では違う?
HIP:20年も前ですか。日本では近年になってようやく、オープンイノベーションが叫ばれてきたように感じます。
ファリザ:そうですね。ただ、現段階では、日本と海外で「オープンイノベーション」という言葉の定義が少し違うように感じます。海外では最低限の機密情報は守りつつも、基本的には自社のリソースやノウハウ、市場に関するデータベースなどを包み隠さず、まさにオープンにしてプロジェクトを進めていきます。
一方で日本の大企業では、スタートアップと組むこと自体がオープンイノベーションだと考えているところもあるようです。それだけでは普通のパートナーシップと変わりません。もちろん、すべてをさらけ出すことはありませんが、どこまでオープンにし、どこまで隠すのかを明確にする必要があると思います。
平田:激しく同意します。日本の大企業には、何十年もかけて蓄積されてきた素晴らしい研究開発の結果やテクノロジーがあります。しかし、ずっと自前主義でやってきたために、それを最大限に活かす方法がわからず、同じような事業を繰り返している企業も多い印象です。
革新的なサービスやプロダクトをつくりたいなら、いっそオープンにして、新しい視点を取り入れたほうが良い。その際、完全分業型の協業ではなく、リソースやノウハウを「一緒に使う」という姿勢が大企業側には必要です。でないと、ファリザさんが言うような本当の意味でのオープンイノベーションにはならないですよね。
ファリザ:はい。もうひとつ、大企業側に必要な視点は、スタートアップを「中小企業」扱いしないこと。海外では、スタートアップと中小企業の定義がそもそも違いますから。
海外では、安定的な売上を出して緩やかな成長を目指す中小企業に対して、不確実な状況下で新たなイノベーションを起こすための失敗も繰り返しながら、急速な事業成長にチャレンジするのがスタートアップという認識です。
しかし、日本では「新しい会社=スタートアップ」と捉えているところがありますよね。もっというと、「新しくできた中小企業」のような認識ではないかと思います。だから、大企業も投資家も、スタートアップに対してすぐに確実性のある売上を求めたり、最初からハイレベルなサービスを要求してしまったりする。だったら、スタートアップではなく安定感のある中小企業と組めば良いと思うんです。
平田:まだ誰も成し遂げていないイノベーションをスタートアップに求めるのならば、事業の可能性や方向性を探るために必要な失敗もあるはずですからね。ある程度の失敗が許容される文化じゃないと大胆なチャレンジができず、プロジェクトの検討や検証に、余分な時間とリソースがかかります。結果的には、優秀な起業家やスタートアップを潰してしまう可能性もあるかもしれません。
新規事業の担当者を「ヒーロー」とする文化が育たないと、大企業は変われない
HIP:「オープンイノベーション」や「スタートアップ」という言葉の定義を見直すことも必要かもしれませんね。また、お話をうかがっていて、スタートアップに求めるべきことと、大企業での新規事業担当に求めるべきことは似ていると感じました。
ファリザ:どちらも、イノベーションを起こすというのが、最大の目的ですからね。ただ、異なる点を挙げるとすれば、大企業の新規事業部の場合は、社内からの理解をどのくらい得られるかがカギになるということ。
私は大企業の新規事業担当の方とお話しをする機会も多いのですが、環境があまり恵まれていないと感じるケースも少なくありません。トップから「やれ!」と言われて、せっかく苦労して良い技術を持ったスタートアップを見つけてきたのに他部署の協力を得られない。むしろ、「めんどうな人たち」のような扱いを受けてしまうこともあると。これでは、モチベーションなんて上がりません。
平田:大企業で新規事業を担当される方の大半は、多かれ少なかれそういった経験をしていると思います。難しいチャレンジをしている彼らを、ヒーローとして扱う文化が育たないと、その企業自体がずっと変われないし、むしろ衰退してしまう可能性もありますよね。
ファリザ:一度や二度の失敗で評価せず、ロケットの打ち上げのように何度失敗し続けてもやり続けられる企業文化をつくる。企業として、そんな姿勢を持つことが必要なのではないでしょうか。
CIC Tokyoの最終目的は、入居企業が大きくなってCICを卒業していくこと
HIP:最後に、あらためてお二人の今後のビジョンを教えてください。
ファリザ:繰り返しにはなりますが、海外のスタートアップや優秀なプレイヤーと日本企業をつなぐ存在として、多くの人々にTrustedを知っていただきたい。そして、虎ノ門から世界の社会課題を解決するイノベーションが起こるきっかけをつくるのが目標です。
直近では、日本企業の新規事業チームに対して、課題とリソースを分析し、イノベーションを起こすために実行すべきタスクを明確にするというアセスメントワークショップを2021年3月から提供しています。
そのうえで足りない人材とソリューションがあれば、私たちが世界中から最適なスタートアップやコンサルタントを紹介する。CIC Tokyoにも協力いただきながら、国内外の多くの企業とプレイヤーをつなげていきたいです。
平田:CIC Tokyoとしては、入居するスタートアップが急成長して、「もうこの場所(CIC Tokyo)にいる必要はないね」と言ってもらえることが最終目標です。ですから、スタートアップの成長を押し上げるための支援は惜しみません。
それに、ファリザさんが連れてくる国内外のスタートアップが今度は私たちのクライアントになり、次のビジネスが発展していくかもしれない。このように、私たちだけが一方的にギブしているのではなくてテイクもある。つまり、とても前向きな意味で、持ちつ持たれつという感覚なんです。
だからこそ、引き続きファリザさんを介して海外のスタートアップと日本の大企業やイノベーターをもっとつなげていきたいですし、虎ノ門エリアから世界にイノベーションを起こすためなら、なんでも全力でサポートするつもりです。