ポテンシャルを発揮しきれていない東京の現状と、シリコンバレーとの差
HIP:スタートアップを育成するうえでの、東京の強みや課題についてもお聞きしたいと思います。今年6月、アメリカの調査会社・Startup Genomeが世界150都市のスタートアップ育成環境を分析したレポートで、東京は15位にランクインしました(Global Startup Ecosystem Ranking 2020)。この順位については、どう受け止められていますか?
小池都知事:今回、東京が初めて上位30位内にランクインしたということですが、15位という評価は決して満足できる結果とは考えていません。東京が持つポテンシャルを鑑みれば、今後さらに伸びる可能性があると見ています。
まず、東京には多くの企業やスタートアップ、大学、研究機関など多様なプレイヤーが集まっている。その交差点となるCIC Tokyoという場所ができたことも、大きな前進だと思います。
また、日本の個人金融資産の総額は1,800兆円を超え、コロナ禍でGDPがマイナス23%といわれるなかでも株式市場は好調。つまりは「カネ余り」を意味しています。これをいかにスタートアップへの投資に向けていくかが重要になるのではないでしょうか。
HIP:先の調査でも、東京はスタートアップの「資金調達」の項目では10点満点中8点と高評価でした。また、「研究・特許関連」「人材の豊富さ」という項目でも高評価です。
梅澤:とはいえ、資金調達に関して10点満点のシリコンバレーなどに比べると、東京のスタートアップへの投資額はケタ違いに少ないのが現状なので満足はできません。そもそも一件あたりの投資金額の差がかなり大きいですからね。つまり、アメリカのスタートアップに比べると、「多額投資したい」と思わせる魅力的な企業がまだまだ少ないということです。
世界の上位に食い込むために。多様なビジネスの種を蒔くことが不可欠
HIP:何が原因なのでしょうか?
梅澤:さまざまな要因が考えられますが、ひとつは日本のスタートアップのビジネスモデルにあると思います。
これまでは、IT革命の大きな流れのなかで、国内市場を対象とするBtoCのウェブサービスやアプリ開発のスタートアップが主流でした。
このようなビジネスモデルは、比較的少額の資金でスタートし、短期間で成長することが可能です。一方で、国内市場だけだと成長余地にも限りがあるので、創業者も投資家も早めに上場して回収しようという傾向が強かったといえます。小さな投資で回収スピードも早いという意味では、比較的ローリスクでした。
これからは、前述のIoTのビジネスモデルのように、リアルとサイバーを組み合わせた事業など、多様な形態の事業が世界で必要とされます。今後、東京のスタートアップへの投資を活性化させるためには「事業の品揃え」を広げ、成功例を増やす必要があるのです。ローリスクな事業モデルだけでなく、ディープテックの足の長い事業にチャレンジするスタートアップにも、より大規模な投資を増やさなければなりません。
HIP:具体的にどんな分野の事業でしょうか?
梅澤:世界の市場で大きな成長ポテンシャルがある分野です。たとえば、ヘルスケア、エネルギー・環境、スマートシティ、スポーツエンターテイメントなど。すでにCIC Tokyoでも、この4つの分野のコミュニティーが立ち上がりつつあります。
また、日本のライフサイエンスやロボティクス分野は、世界で戦えるだけの知見や技術が蓄積されています。そうした成長ポテンシャルの高い分野に多くの投資が集まる流れのなかで、日本のスタートアップのビジネスモデルの幅を広げていくのが理想だと考えています。
ピンチはチャンス。コロナ禍を逆手にとった環境づくりが必要
HIP:いま、新型コロナウイルスの流行により国内外の経済が打撃を受けています。こうした時期だからこそ、社会はイノベーションを求めているようにも感じます。都としてもその動きを踏まえて、大きく変えていかなければならない部分はあったのではないでしょうか。
小池都知事:そうですね。これまで日本は海外に比べ、デジタル化において周回遅れと言われてきました。しかし、新型コロナウイルスの影響によって働き方改革やDX推進の流れが一気に早まり、デジタル化も加速しつつあります。
実際、都の行政でもコロナ禍において、5つのレス(キャッシュレス、ペーパーレス、タッチレス、FAXレス、はんこレス)を進めてまいりました。これにより、書類の処理などに費やしていた時間を、よりクリエイティブな作業に充てることができるはず。
生活の質を向上させることを「QOL(Quality of Life)」と言いますが、それを実現するにはネットワーク上のあらゆる通信サービスの向上を表す「QOS(Quality Of Service)」が重要だと考えています。今後も積極的にデジタル化を推し進めて、都民の生活の質を高める取り組みにつなげていきたいです。
HIP:最後にあらためて、東京発のイノベーションを推進する意義についてお聞かせいただけますでしょうか。
小池都知事:繰り返しにはなりますが、新型コロナウイルスの影響により、世界は激変しています。ただ、ピンチが起こるときは、同時にチャンスでもあります。過去をさかのぼると、かつてオイルショックが起きたときには、石油依存の脱却の考え方が広まり、さまざまな省エネの技術が進歩しました。今回のコロナ禍においてもデジタル化をはじめ、いろんな問題点がキャッチアップされています。
そこで重要になるのは、そのチャンスを捉えるための環境が備わっているかどうかです。人々が都市のなかでリアルとオンラインの双方で出会い、刺激し合い、新しいものを生み出せる。そんな「ハイブリットシティ」を、東京は目指しています。その一環として、産官学が連携し、東京ならではの強みを生かしたエコシステムをつくり上げたい。そして、世界から選ばれる都市であり続けたいと考えています。