「クラウドファンディングとは?」から説明。前例のないチャレンジへ向けて
HIP:社内ベンチャー的なプロジェクトとはいえ、上場企業がクラウドファンディングを行うとなると、難しい社内調整なども必要だったのではないですか?
内海:そうですね。シャープとしても初めてのことでしたので、承認を得ようにも手続きの決まりすらないような状態。まずはクラウドファンディングがどういうものか、という説明から入りました。ただ、幸いだったのは、2016年に社の体制が変わり、新規事業への取り組みを強化していたことです。私たちが在籍していた研究開発本部も研究開発「事業」本部に名称が変わり、「研究開発だけでなく、開発者自ら事業化を目指していこう」という流れになっていた。そのため、前例のないチャレンジも受け入れてもらえたのだと思います。
実際、「TEKION LAB」に引き続き、2018年12月には研究開発事業本部内にシャープの8K技術開発、8Kビジネスの関連組織からなる組織横断型プロジェクトである「8K Lab」が発足。2019年6月には、法人向け8Kソリューションを創出するための核となる商談スペース「8K Labクリエイティブスタジオ」をオープンしました。「8K+5Gエコシステム」をテーマとする専用の商談室を開設するのは業界で初めてであり、注目を集めました。
また、同年8月にはバッテリー交換不要ビーコン「レスビー」の開発・供給開始を発表しました。AIoT※の分野においても、世界最高レベルの変換効率を持つ色素増感太陽電池を電源とした機器や、これを用いたサービスの開発・商品化を進めるなど、新しい試みが広がりつつあります。
※AIoT…AI(人工知能)とIoT(モノのインターネット化)を組み合わせ、あらゆるものをクラウドの人工知能とつなぎ、人に寄り添う存在に変えていくシャープのビジョン(登録商標)
HIP:社内的に、追い風が吹いている時期だったのですね。クラウドファンディングプラットフォーム「Makuake」のサービスを選んだ理由はありますか?
内海:クラウドファンディングといえば、資金集めが主な目的です。しかし、「Makuake」に相談にうかがったところ、マーケティングやブランディングもふくめ、「一緒に商品をつくり上げるところからやってみませんか」とご提案いただいたのです。ちょうど、「Makuake」が企業の新商品や新規事業開発をサポートする「Makuake Incubation Studio」の構想を立ち上げたタイミングでもあり、その第一弾として伴走していただくことになりました。商品の設計からブランディングまで、多岐にわたりアドバイスをいただけたことは「TEKION LAB」にとって非常に有益でした。
−2℃で日本酒を味わう。提供したのは、「新しい適温」
HIP:たとえば、どんなアドバイスでしょうか?
内海:当初、クラウドファンディングでもワインのプロジェクトを考えていましたが、「ワインも面白いけれど、日本酒に注目しませんか」との提案を受け、埼玉県の石井酒造を紹介いただきました。ただ、日本酒の飲み頃温度はさまざまです。そこで、日本酒でどのような価値を見出すかを三社で議論を重ね、「せっかくなら『これまでにない、新しいお酒の温度体験』を提案してみてはどうか」とのアイデアに至りました。
そこで、石井酒造に「氷点下に冷やして美味しい日本酒」をつくっていただき、氷点下の温度帯をキープできる保冷バッグとセットで「−2℃で味わう新しい日本酒体験」として、クラウドファンディングを行いました。
HIP:結果として、目標金額100万円を大きく上回る、1,800万円以上の支援が集まりました。「適温蓄冷材のビジネス」は十分にニーズがあることも証明されましたね。
内海:そうですね。加えてクラウドファンディングの成功は「TEKION LAB」の活動が世間的にも社内的にも認知されるきっかけになりました。ある種のプロモーション活動にもなった形です。このおかげで事業化に向けてさらに加速した部分はあると思います。
その後、1年半ほどは「美食」に特化した商品を開発しつつ、人体冷却のエビデンスの獲得、物流のパートナー企業との共同開発は粛々と進めていった形です。現在では、先ほどお話しした「適温クーリングフェイスガード」や「青果専用適温蓄冷材」など、プロダクトが少しずつ世に出はじめています。
「商品につなげてこその研究」。シャープに根づくものづくり文化とは
HIP:内海さんはもともと研究者ということですが、お話をうかがっているとマーケティングや商品設計など、幅広い業務を担っていらっしゃるようですね。
内海:はい。「TEKION LAB」ではマーケティングから商品の企画設計、さらには量産の方法まで、なんでもやっています。
HIP:量産まで! やりがいがある一方で大変ではないですか?
内海:たしかに業務の幅は広いですが、自分たちが開発した材料をみなさんに使っていただくには、どういうかたちが望ましいか、そのニーズを探ることは研究にも活かされます。それに、そもそもシャープの研究者は私に限らず、商品化や事業化への意欲が強い人間が多いのです。研究者といえどアカデミズムだけにどっぷり浸らず、あくまで研究を商品につなげることが存在意義であると考えているのではないでしょうか。
前述のとおり、2018年には「8K Lab」という、8Kの技術開発と一般普及を目的としたプロジェクトが立ち上がりました。このプロジェクトのメンバーも主に研究開発事業本部のメンバーたちです。研究者自身がユーザーの要望や意見をキャッチアップすることで、開発を加速させ、よりよい商品を生み出すという目的があります。
HIP:シャープに入ったからには、ものづくりがしたいという人も多いのかもしれませんね。
内海:おっしゃるとおり、シャープには「ものづくりが好き」「楽しいことを仕かけるのが好き」という文化があると思います。そのため、おもしろいことをやっていると社内のいろんな人が興味を示し、応援してくれるんです。
「TEKION LAB」の活動でも、本当に多くの人に助けてもらいました。開発にあたり、別の事業本部の人が専門家を紹介してくれたり、蓄冷材のロゴをデザインしてくれたりしたこともありました。それまでは「TEKION LAB」の文字を入れただけの蓄冷材だったのですが、「こんなんじゃブランディングにならないよ」とダメ出しをしてくれて。本当にありがたいですね。
HIP:最後に、「TEKION LAB」の今後の展望について教えていただけますか。
内海:法人格ではないとはいえ、仮想の社内ベンチャーというかたちでやらせてもらっている以上、まずは完全黒字化を目標としています。ようやく「食」「人」「物流」の三分野でプロダクトやサービスが誕生し、スタート地点に立つことができましたので、これから持続的な事業にしていくためアクセルをさらに踏み込んでいきたいですね。
そして、よりさまざまな分野における「適温」を追求し、暮らしのなかに楽しさや幸せを感じていただける商品を開発していけたらと思っています。