さまざまなバックボーンを持つ大人たちが集まり、まじめに「遊び」を考える
HIP:そもそも「Moonshot事業部」はどのような経緯で誕生したのでしょうか?
山﨑:タカラトミーでは2023年までの中期経営計画で「『おもちゃ』から『アソビ』へ」を、次の成長の原動力として掲げました。これを実現するため、2020年秋に経営直下の組織として誕生したのがわれわれのチームです。
年齢や性別、キャリア、やってきたこともバラバラという多様なメンバーが集められ、「遊びをもとにした新しいソリューション」を開発することになりました。
HIP:発足当初は具体的に、どのようなミッションが課せられていましたか?
山﨑:新しいソリューションを生み出す、という広義な目標はありましたが、具体的なミッションを命じられていたわけではありません。
ただ、会社から期待されていたことはいくつかあって、たとえば「AIなどのテクノロジーを研究・活用していくこと」「スタートアップとの協業を含め、これまでタカラトミーがコンタクトしてこなかった企業や人と連携すること」。
また、環境にやさしい新素材を活用するなど、サステナブルの文脈からのものづくりもポイントでした。
HIP:つまり、テクノロジーやサステナブルなど、さまざまな文脈を踏まえた「新しい時代」に対応する遊びが求められていたと。
山﨑:そうですね。そのために取り組んだことは2つ。1つ目は、タカラトミーという会社の「強み」や「これまでにやってきたこと、これから求められること」などを整理しました。事業部の全メンバーであらためてそこに向き合い、やるべきことを言語化したんです。
2つ目は、社外のスタートアップ企業やクリエイターとのコミュニケーション。これまでのようにタカラトミー内部だけでものづくりをしていても、イノベーティブなものは生まれません。
最先端のテクノロジーを持つパートナーと組み、そこに我々の強みをいかに掛け合わせるかが大きなテーマでした。そこで、まずはどんな可能性があるのかを探るため、なるべくいろいろな会社や人とお会いしようと考えたんです。
協業先を選ぶ基準は「同じ熱量」でものづくりができるか。ときにはぶつかり合いも
HIP:ちなみに、スタートアップと協業してなにかを開発することはめずらしいことだったのでしょうか?
山﨑:いえ、これまでにも協業している部署はあります。しかし、協業の事例数でいえばMoonshot事業部が圧倒的に多いですね。
HIP:では、そうしたパートナーを選ぶ際に重視しているポイントはなんですか?
山﨑:一番は「同じ目線でクリエイティブの話ができること」です。言い換えれば、そのプロダクトに関して対等な目線で、同じくらいの熱量を持って向き合えるかどうか、ということ。われわれが「発注者」、相手が「受注者」という意識で仕事をすると、どうしても先方は私たちに遠慮をして言うべきことを言えなくなってしまうこともある。
しかし、当然ながらわれわれの考え方だけが正しいわけではありません。ときには「それはおかしい」「もっとこうしたほうがいい」と声をあげ、場合によってはぶつかり合うことがあってもいい。互いの知見とスキルを最大限に生かすためには、とても重要なポイントだと思います。
五島:その点、coemoに関してはコエステーションの技術者の方が、私たちと同じくらいプロダクトを愛してくださいました。少しでも良いものにしようと、前のめりに取り組んでくれましたね。
タカラトミーに新しい風を吹き込む。最新技術をつなげる「ハブ」の存在に
HIP:協業以外に、Moonshot事業部ならではの取り組みがあれば教えてください。
五島:coemoに関していえば、通常の商品開発の何倍ものユーザー調査を実施しました。最初はペラ1枚の企画書の段階で「そっくりな声で、読みきかせができるおもちゃです。ほしいですか?」と聞くところから始まり、定性調査で小さな子どもを持つ親御さんたちの、読み聞かせにまつわる悩みも丁寧にすくいあげました。
プロトタイプをつくった際もユーザーテストをしていて。合成した音声をお子さんに聞いてもらい「ママやパパの声として認識できるか」「違和感はないか」「気持ち悪くないか」など、これもかなり入念に行ないましたね。定性調査だけでなく、定量調査も1,000人規模のもの3度実施しています。
HIP:通常のおもちゃの開発であれば、そこまで念入りに調査しないのでしょうか?
五島:そうですね。一般的なおもちゃだと、これまでの経験則やデータなどから予測が立つことが多いんですが、今回のプロジェクトでは、仮説検証を繰り返しながら事業をブラッシュアップするのもミッションの1つでした。ここまで時間と手間をかけて仮説と検証を繰り返すというのは、異例だったと思います。
山﨑:本来はどの部署も、そこまでやったうえで新しいものをつくりたいと思っているはずです。でも、コストとスケジュールの面でなかなか難しい。今回、われわれがそれを許されたのは、「いつまでになにをつくり、どれくらいの売上を立てる」という縛りがなかったから、とことんやりたいことを追求できたのだと思います。
五島:そのやり方が評価されたからかどうかはわかりませんが、最近は社内全体として調査を重要視するようになってきていると感じます。
いままでは、ユーザーの遊び方や感想などを調査することが多かったのですが、市場全体の需要数量を予測し、エビデンスに基づいて市場調査の精度を上げています。
HIP:部署として新しいものを生み出すだけでなく、社内全体の商品開発にも影響を与えつつあるですね。
山﨑:まだ「影響を与える」というところまでは至っていませんが、そういう面でも存在感を示していきたいですね。たとえば、ぼくらがおつき合いしているスタートアップを他部署に紹介する「ハブ」の役割を担うことでタカラトミーの既存の商品とテクノロジーをかけ合わせた新しいなにかが生まれるかもしれません。
コエステとの出会いも、プロジェクトが始まるずっと前に紹介を通じて知っていました。今回、coemoのプロジェクトが具体化していくなかで、そういえば、と思い出して、あらためてコンタクトしたんです。日ごろの出会いがじつは重要なんですよね。
HIP:なるほど。では、最後にMoonshot事業部の今後の展望を教えてください。
山﨑:今後もcoemoやMUGENYOYOのような「おもちゃとデジタルの融合」は、1つの軸として続けていきます。いまは遊びがどんどんデジタルに移行していますが、タカラトミーがおもちゃをつくらなくなることはないと思いますので、これからも「モノ」とデジタルを掛け合わせて、新たなワクワクを生み出していきたいです。
一方で、テスト的にデジタル空間のみで完結する遊びも模索しています。いまでいえば「メタバース」をはじめとした「Web3.0」など、これらのデジタル技術にタカラトミーの強みをどう活かしていけるか。物体としてのおもちゃがなくても、タカラトミーらしい遊びの体験を提供できるか。これはわれわれの事業部だけでなく、会社全体としても大きな課題だと思います。
五島:そういう意味でも、子どもだけでなく、シニアも含めた全世代に向き合っていきたいですね。現時点でcoemoは子どもの読み聞かせだけを担っていますが、今後はほかの世代に向けた音声コンテンツを拡充していくことも検討しています。そうやって遊び心をもつすべての人たちに、新しいワクワクを届けていきたいです。