2024年に創業100周年を迎えるタカラトミー。子ども向けのおもちゃを数多く開発してきた同社が、その領域を拡張し、これまでにない新しいプロダクトを生み出している。
2022年9月29日発売予定の「coemo(コエモ)」もその1つ。AIがユーザーそっくりに合成した声で読みきかせをしてくれるスピーカーで、発売前から『日本おもちゃ大賞2022』の「エデュケーショナル・トイ部門」で大賞を受賞するなど、大きな話題を呼んでいる。
開発したのは、2020年から始まった「Moonshot Project」。タカラトミーの強みとテクノロジーを掛け合わせた、まったく新しいソリューションを創造するプロジェクトで、翌年の2021年に事業に発展した。約100年にわたりおもちゃに向き合ってきた同社が、「新しい遊び」を模索するのはなぜなのか?
文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太
ママやパパそっくりの声で物語を読み聞かせる「coemo」。その仕組みとは?
HIP編集部(以下、HIP):まずは読み聞かせスピーカー「coemo(コエモ)」について教えてください。最新のAIがお母さんやお父さんなど家族そっくりの声を合成し、童話などの読みきかせができるということですが、どういう仕組みなのでしょうか?
五島安芸子(以下、五島):アプリで声を合成し、それをcoemo本体に送信することで読み聞かせができる仕組みになっています。アプリは2種類あって、コエステ提供のAI・音声合成を生成する「コエステーション」というアプリと、coemoの操作に必要な「coemoアプリ」ですね。
まず、「コエステーション」で簡単な台本を読んで声を録音すると、AIによってそっくりの音声がつくれます。その音声を「coemoアプリ」と連携させ、『3匹のこぶた』や『桃太郎』などたくさんのお話のなかから好きなものを選んでcoemoに送ると、その人そっくりの声で読みきかせができるんです。
HIP:いま、実際に五島さんの声を合成したAIボイスで童話の『赤ずきん』を聴いていますが、とても滑らかで驚きました。五島さんの声にそっくりですし、抑揚のつけ方などもすごく自然です。
山﨑正彦(以下、山﨑):coemoは、プロのナレーターさんが作品を読んだベースの音声に、「コエステーション」のアプリで合成した声質をあてています。そのため、機械的な読み方にはならず、自分の声にプロの表現力が加わって、聞きやすくなっているんです。
加えて、3人の声を登録でき、それぞれの「コエ(合成音声)」をストーリーのキャラクターに割りあてることもできるんです。なので、子どもたちはより楽しくお話を聞くことができますし、没入感も高いと思います。
斬新なアイデアだからといって「ヒット」はしない。商品開発で重要なバランス
HIP:山﨑さん、五島さんが所属する「Moonshot事業部」ではcoemo以外にも、テクノロジーを活用した新しい遊びを提案していますよね。
HIP:どれも、これまでのタカラトミーがつくってきたおもちゃとは毛色が異なるように感じます。新しい企画を考える際、大事にしているポイントを教えてください。
山﨑:「新しさ」と「わかりやすさ」のバランスはとても意識しています。基本的にこの2つの要素は相反するものなんです。たとえば、あまりにも新しすぎるとわかりづらくなり、わかりやすさを優先しすぎると、新しいものではなくなってしまう。
とくに、私たちがつくっている親子向けの商品は、すでに知っているおなじみのものや安心感が求められる傾向にありますから。
肌感覚ですが、既存のものより「3歩先」だと行き過ぎですね。新規開発ってどうしても斬新なものを求めたくなってしまうのですが、1歩先か2歩先で留めてわかりやすさを両立させることは強く意識しています。
五島:時代の先を行くような画期的なアイデアなのに売れないものって、じつはたくさんあるんです。会議では「これ、すごい発明だよね!」ととても盛り上がったのに、市場の反応はサッパリなんてことはザラですから。
おもちゃを買うお客さまは「斬新な技術」を欲しているわけではなく、ワクワクや面白さ、楽しさなどを期待されています。技術はあくまで、そのワクワクを増幅するものとして考えるべきではないかと思います。
社内プレゼンやメディア出演での説明。どうすれば効果的に魅力が伝わる?
HIP:「新しさ」と「わかりやすさ」のバランス感覚が重要と。社内やメディアにcoemoの魅力を伝えるうえで意識したことはありますか?
山﨑:いかに短く、一言で説明できるかということはよく考えていましたね。テレビなどのメディアでは時間も限られているのでなおさらです。
商品に対する熱量が大きいぶん、伝えたいことはたくさんあって。でも、全部話していると長ったらしくなって聞いている人も途中で飽きてしまう。人に説明を繰り返し、試行錯誤しながら効果的な方法を模索して、あらためて伝えることの重要性を実感しました。
五島:ウェブメディアの場合、タイトルや見出しの文字数が限られていることが多いので、端的に説明することは必要不可欠です。Yahooトピックの場合、最大15.5文字ですし。
山﨑:試行錯誤して感じたのは、AIやARだとか技術の観点から魅力を説明するのではなく、Moonshot Projectのキャッチフレーズ「アソビで未来にこたえます」や「あなたの代わりにそっくりな『コエ』で」というようなイメージ性のある言葉で先に伝えたほうが効果的だったということ。
少し抽象的な言葉ではありますが、相手に「気になる」「聞いてみよう」という接点が生まれるんですよね。社内決済を取る段階から商品のパッケージに載せるような「キラーワード」を考え、説明を繰り返すうえで相手の反応を見ながらその精度を磨いていきましたね。
着想は「家電」から?ビス穴とパッケージデザインのこだわり
HIP:coemo本体の話に戻りますが、先ほど話に出た新しさとわかりやすさのバランスがちょうど良いのはcoemoの特徴だと思います。音声合成技術のテクノロジーもうまくワクワクにつながっているかと。
山﨑:じつは読み聞かせのおもちゃ自体は数10年前からあり、タカラトミーでもさまざまな商品を出してきました。ただ、今回のcoemoは「おもちゃではなくて家電をつくりましょう」って話から生まれたんです。
HIP:家電ですか?
五島:部屋のインテリアに溶け込む、スタイリッシュなスマートスピーカーをイメージしていました。電池駆動式のおもちゃは安全性を保つため、本体にビス穴が多くなりがちなんですが、穴が多いとどうしても見た目の印象を損ねてしまいます。
coemoは見た目のデザインにもこだわりたかったため、ビス穴は本体裏に1つあるだけ。「家電」に近づけるため最小限にしました。
山﨑:設計チームにもかなり無理を聞いてもらったよね(笑)。
五島:ビス1つでも安全性を担保できるよう、内部の構造を工夫していただきましたね。生産する工場を選ぶときも、家電をつくった経験のある工場を選びましたし、パッケージもおもちゃ売り場ではかえって目立つようなシンプルなデザインを意識しましたね。
音声合成技術というテクノロジーに注目されがちですが、既存のおもちゃ開発で培ってきた技術力も「タカラトミーの強み」としてしっかり活きているのがcoemoなんです。
HIP:タカラトミーの強みが活きたエピソードはほかになにかありますか?
山﨑:たとえば、「MUGENYOYO」のモーター式の電動ギミックには、「プラレール」や「ZOIDS」のノウハウが活かされています。
山﨑:私たちは長年にわたり、小さいモーターと細かいギアを組み合わせた動きの仕組みを追求してきて、いまも社内には「レジェンド」と呼ばれるような設計者が何人もいるんです。これはタカラトミーにしかない、ユニークさの1つだと思います。
五島:技術力のほかには、IP(知的財産)などもそうですし、タカラトミーが持つ3,000を超えるおもちゃ売り場もそう。また、長く手がけてきたカテゴリー、弊社でしか出していないおもちゃも大きな強みの1つですね。