企業がグローバルに活動する際、それぞれの国の状況やマーケットに対応するべくさまざまな橋渡しを行う「カントリーマネージャー」。その仕事は、グローバルとローカルを両睨みで捉えつつ、フレキシブルに動き回ることができる人物が託されるものである。イスラエル発のテクノロジーカンパニーTaboolaの日本窓口として、Taboola Japanで営業統括執行役員を務める馬嶋慶氏の話を聞いていると、こうしたことがよくわかる。
Taboolaが見据えるのは、巨大化したSNSプラットフォームに人々や情報が集約される現在から、数年先に進んだ「未来のインターネット世界」。さまざまなウェブコンテンツと個人の趣向を細かくマッチングするテクノロジーを開発することで、人々と情報をふたたびオープンにつなぎ、「ワクワクする出会い」を生み出そうとしている。
馬嶋氏の古巣であるFacebookをはじめとした世界規模のプラットフォームにTaboolaが戦いを挑むのはなぜなのか。その熱い思いと日本進出への戦略を聞いた。
取材・文:宮田文久 写真:玉村敬太
ニュースサイトはコンテンツ制作には長けているが、それをマネタイズするためのテクノロジーの利用に迷いがある
HIP編集部(以下、HIP):馬嶋さんは、もともとFacebook Japan(以下、Facebook)にいて、その後、Taboolaに移られたそうですね。
馬嶋慶(以下、馬嶋):Taboolaに移った理由のひとつは、「テクノロジーを突き詰めた仕事がしたい」というものでした。Facebookではたくさんのことを学ばせてもらいましたが、そのなかでも特に印象的だったのがテクノロジーの力。Facebookは、「世界中の人々をつなげたい」というマーク・ザッカーバーグの思いを起点に事業を展開していますが、それを実現させる力の源は、テクノロジーであり、さらにいえばエンジニアの力なんです。
HIP:そのテクノロジーの力を新たに追求できる場がTaboolaだった?
馬嶋:はい。Taboolaは「パブリッシャーテクノロジーカンパニー」、つまりテクノロジーの力で、ウェブメディアの最適化やマネタイズのお手伝いをする企業です。
たとえばニュースサイトは、取材やコンテンツ制作という部分には長けています。しかし、ユーザーを自社サイトに呼び込んだ後、「滞在時間や回遊率(※1人のユーザーの同サイト内でのページビュー数を示す指標)をいかに増やすか」「関連度の高い広告をクリックしてもらうか」という、ビジネスを最適化するためのテクノロジーの利用に迷いがあるケースが目立ちます。
HIP:たしかに、「いいコンテンツをつくること」に注力するあまり、テクノロジーを後回しにしているウェブメディアは多いかもしれません。
馬嶋:一方でTaboolaは、全世界で700人ほどいる社員のうち、半数以上がエンジニアです。そのリソースを使い、滞在時間や回遊率の増加など、それぞれのウェブメディアがちゃんと読まれるためのお手伝いをして、広告で得た利益をシェアするというのが、Taboolaのビジネスモデルなんです。
具体的には、一人ひとりの読者の興味に合わせたコンテンツが表示されるアルゴリズムを開発し、サービスとしてウェブメディアに提供しています。いわゆる「コンテンツレコメンドエンジン」と呼ばれるものですが、Taboolaでは、その読者が読む環境、時間によっても細かくチューニングできるアルゴリズムを導入しているんです。
HIP:通常のコンテンツレコメンドエンジンよりも、さらに個人に最適化されているということですか?
馬嶋:その通りです。たとえば、ある会社員が触れるコンテンツを考えたとき、出勤中にスマートフォンで見たいもの、会社のPCで見たいもの、家で寝る前にタブレットで見たいもの、とシチュエーションや時間によっても異なりますよね。
そのときのユーザーの状況なども想定しながら、自身も意識していない興味を喚起するコンテンツをレコメンドすることで、「ワクワクする瞬間」を生み出す。それこそが、Taboolaの重要なミッションなんです。
Facebookのような巨大プラットフォームに、小さなウェブメディアがテクノロジーを用いて戦いを挑む世界を実現したい
HIP:一方、FacebookなどのSNSも、メディアプラットフォームとしての存在感を日ごとに増しています。そこへの意識はありますか?
馬嶋:Facebookには、さまざまなウェブメディアから記事が投稿され、読者にシェアされていますが、基本的にFacebookの内側だけで記事を読んでもらう仕組みを目指しています。しかし、ウェブメディアからすると、記事を読んでもらえても、自社サイトの来訪につながらないのは残念ですよね。
また、SNSからウェブメディアにユーザーが流入しても、その大半は記事を3行も読まないうちに離脱してしまうというデータもあります。そこでTaboolaのアルゴリズムでは、ユーザーのページ遷移に合わせて、記事ページのUI(ユーザーインターフェイス ※ウェブサイトにおいては、とくにボタンの配置やシステムからなるデザインや操作性を指す)すらも変えているんです。
たとえばSNSから記事ページに流入したユーザーには、最初に開いた画面では記事の最初の数行だけを表示して、すぐ下にユーザーの趣向にあった別の記事の見出しを配置します。すると、離脱しようとしたユーザーの20〜30パーセントがメディア内を回遊してくれるようになったんです。
HIP:なるほど。Facebookのように情報やユーザーを囲い込むのではなく、ユーザーとウェブサイトをきちんとつなげることで、新しいコンテンツとの出会いや発見をつくろうとしているのですね。
馬嶋:ぼくたちはFacebookのように、巨大なプラットフォームを持っていません。さまざまなウェブメディアをはじめとした、小さな「土地」をたくさん集めて一緒に耕していく。FacebookやYouTubeなど、巨大なプラットフォームに飲み込まれていくウェブメディアも多いですが、まだいろんな戦い方ができると思うんです。ウェブメディア同士がトラフィックを競う時代は、すでに終わっていると考えています。
HIP:コンテンツレコメンドエンジンは、アドテクノロジーのひとつだと思っていましたが、こういった可能性もあるんですね。
馬嶋:そうなんです。Facebookでは、「ルールを変える」ことのおもしろさも学びました。たとえば10年前のインターネットでは、一般ユーザーが実名を出すことは考えられていなかった。しかしFacebookはそのルールを変えて、実名を当たり前にしてしまった。すごくエキサイティングなことだと思います。
Taboolaが目指しているのは、FacebookやYouTubeのような巨大プラットフォームという「新しいルール」に対して、個々のウェブメディアがテクノロジーを用いて戦いを挑むことができる世界です。
「そんなことが本当にできるのか?」という人もいますが、ぼくたちは、こうすれば巨人と戦うことができる、メディアにイノベーションを起こせる、というビジョンをしっかり伝えていかなければならないと感じています。
『旧約聖書』に、羊飼いの少年ダビデが巨人ゴリアテを倒すエピソードがありますが、個人的にもそのようなことが起こりうる世界に、夢を抱くんですよ(笑)。テクノロジーの会社として、未来のことを語れなければつまらないですしね。