参加者全員のマインドを変えた『イノベーション創出BootCamp』。変革の鍵は「人の意見を否定しない」こと
HIP:そうして少しずつ社内での信頼や実績を積み上げ、2017年には『イノベーション創出BootCamp』という研修プログラムを立ち上げられていますね。どのような経緯だったのでしょうか?
木村:いまだから言えますが、われわれがシリコンバレーに進出した2016年に、WiLさんがオフィス内でほかの日本企業とワークショップをやったり、スタンフォード大学とハッカソンを開催していたりしているのをすごく羨ましく思って見ていたんです。「うちもやりたい!」と。そんななか、2017年5月にリミテッドパートナー(金銭、役務などを出資して共同で事業を営む関係)になり、WiLの取り組みにジョインできるようになった。早速、琴さんたちWiLのメンバーと一緒につくったのが『イノベーション創出BootCamp』です。第1回は2017年の9月、本社のさまざまな部署から13名の社員が参加し、シリコンバレーで開催しました。
琴:プログラムで行なった取り組みのひとつに、「Yes, And」というワークショップがあります。日本人は他人が提案したアイデアに対し「but(しかし)」と否定で答えがちですが、それでは他人と前向きで建設的な関係を構築することは難しい。
このワークショップでは、いくらひどいアイデアだとしても、頭ごなしに否定するのではなく、「Yes, And(いいね、そして)」と瞬時に自分のアイデアをつけ加えて返すことを徹底しました。それを何度か繰り返し、最後に参加者全員でシェアする。これにより、参加者は他人とアイデアを共創するために必要なコミュニケーション方法を学ぶことができます。
HIP:参加した13名の反応はどうでしたか?
木村:初日から徐々に顔つきが変わって、明らかに目がキラキラしていくのがわかりました。それはぼくにとっても大きな喜びでしたね。こちらに来て単にリサーチをするだけでなく、こんなふうに社員のマインドセットを変えていくことができる。自分がシリコンバレーで培ってきた経験を役立てることができて、すごくやりがいを感じました。
HIP:初回から大成功だったわけですね。
木村:そうですね。それで、2回目は60名を超える幹部が参加することになったんですが……正直大変でした(笑)。じつは、第1回の参加者13名が帰国した際、会長、社長、役員の前で一人ひとりが口頭で成果を報告する場があったんです。参加した社員はそこで、それぞれが「イノベーターになり、率先して自分自身を変革し、会社を変えていきます」と堂々と宣言していました。そこで会長が、短期間でこれだけ成長して帰ってきたのはすごいことだと褒めてくださいました。
また、その報告の場で参加者のなかから会長、社長に対して「われわれは変わります。ただ会社が変わっていくために、幹部の皆さんにも(研修プログラムを)経験、体得してほしい」と提案がありました。それを聞いた会長は、その場で幹部クラスをシリコンバレーに送ることを即断されたんです。
HIP:なんと、会長がその場で即断されたんですね。
木村:はい。大変なことになったぞと思いつつ、もし本当に上層部が変われたらスズキはもっといい会社になる。これはすごいチャンスだなと。急いで琴さんたちと、幹部向けのプログラムづくりを始めました。
GoogleやAppleは「観光」。現地で奮闘している日本企業を見ることに意義がある
HIP:幹部向けのプログラムはどのような内容だったのでしょうか?
木村:すみません、企業秘密です(笑)。ただポイントとして、いかに「自分ごと化」させるか、という点には気を配りました。たとえば、現地の企業に見学に行くのも、スタートアップばかり巡ったところで彼らにはピンとこないわけです。自分たちとは関係のない世界だと感じてしまう。そこで、スズキと同じようにシリコンバレーに来て頑張っているANAホールディングス株式会社さんの取り組みを参考にしたり、シリコンバレーで成功されている日本企業のオフィスを訪問させていただき、実際に現地で活躍している方からアドバイスをいただいたりしました。
HIP:自分たちに近い立場、似たような課題感を抱えている企業のアドバイスは素直に受け止められそうですね。
琴:シリコンバレーというと、みなさんGoogleやAppleなどをイメージされますよね。実際、そういう会社を見学したいというご要望は多いのですが、それは「観光」であって、自社の企業変革という意味では得られるものが少ない。それよりも、こちらで成果を上げている大企業やイノベーションを起こそうとしている、自分たちと近い立場にある日本企業を見たほうがはるかに意味があると思います。
木村:あとは、伝え方、ストーリーのつくり方にも力を入れました。ぼくはそもそも、「シリコンバレーってすごいんだよ」なんてことを幹部たちに伝えるつもりはこれっぽっちもなかった。むしろ、いまのシリコンバレーの状況は、かつてスズキが歩んできた道と重なるところがあって、それを幹部たちに伝えることで原点回帰してほしいという思いがあったんです。
シリコンバレーの企業を目指しているわけじゃない。目標は「やらまいか精神」溢れるかつてのスズキを取り戻すこと
HIP:いまのシリコンバレーとかつてのスズキ、どんな点が重なりますか?
木村:結局、シリコンバレーで起こっていることって、昔のスズキや日本企業がやってきたことと同じなんですよね。1909年に織機製作所から始まり、自動車メーカーへと成長させたスズキ創業期には起業家精神がありました。また、日本の経済が急成長していた時代には、シリコンバレーのように目をギラギラさせた起業家たちがたくさんいて、社会の役に立ちたいとか、お金持ちになりたいとか、そういうパワーがみなぎっていたのではないでしょうか。
それって、シリコンバレーの起業家がベンチャーキャピタルに事業をアピールして資金調達をし、サービスを成長させていくことと何ら変わらない。だから、スズキにシリコンバレーで活動する企業のようになってほしいなんて思いはなくて、かつてみんなが当たり前に持っていた熱さみたいなものを会社に注入したいんですよ。
HIP:単純にシリコンバレーの起業家精神を吸収したいとか、そういう話ではなく、もう一歩踏み込んでいるわけですね。
琴:もちろんそれを会得することも大事ですが、それ以上に重要なのは企業がどのように成り立ち、どのように歩んできたのか、そこに目を向けることだと思います。スズキさんの場合は100年の歴史があり、そのなかで何度もイノベーションやトランスフォーメーションを起こしてきている。そうした背景をふまえ、シリコンバレーの情報を渡しつつ、企業のDNAをもう一度掘り起こすというアプローチがもっとも適していると考えています。
HIP:最後に、木村さんはこのプロジェクトのゴールをどのようにイメージされていますか?
木村:浜松には「やらまいか精神」という言葉があるんです。簡単にいうと「考えるより、まずやってみよう」ということですね。創業期や高度経済成長期のスズキは、その精神にもとづいて積極的にアイデアを出し合い、歴史に残るようなバイクや車を開発してきました。
ぼくは、かつてのスズキのような「やらまいか精神」あふれる会社に戻していきたいと思っています。思いを持った人間同士が活発に意見を交換し、ぶつかり合い、協力しあっていいものをつくる。そして、スズキの社員みんなが会社を誇りに思えるようになってほしい。そのためにも、シリコンバレーにあるものを使い、スズキの原点に立ち戻ってよりよい会社にする。それが長期的なゴールですね。