出向起業を選んだ決め手とは? 社内起業だからこそのメリットとデメリット
HIP:大企業内だからこそ、思うように進まなかった部分があった一方で、NTTコムという大企業の社内起業だからこそ感じるメリットはありましたか?
岩田:もちろん、ありましたよ。事業内容とNTTの親和性があったのは、大きなメリットでした。NTTグループ各社に各種スポーツチームやさまざまなパートナリングがあるので、選手、チーム、リーグなど、多くの人にリサーチできたのは大きかったですね。
あとはやはり、多様な人材がいるのは、大企業ならではの強みですよね。社内の人からティザーサイト経由で連絡がきたり、個別でいろんな連絡をもらったりして、一緒にやりたいと言ってくれる人には助けられました。
HIP:手伝ってくれる人がいたとはいえ、社内にロールモデルとなる新規事業の前例もないわけですよね。新規事業を推進するうえで、悩んだときや迷ったときは、誰に相談していたのですか。
岩田:それがいちばんの困り事。KPIの定め方や仮説検証の方法とかを聞ける人がいなくて。結果的には社内に頼らず、最初から社外の人脈に頼りました。
私の場合、もともと個人的に付き合いのあった起業家や社内起業家の方々、「始動 Next Innovator」界隈の方、スポットコンサル的な方などに相談していましたね。「出向企業」という仕組みを最初に知ったのも、経済産業省の方からでした。
HIP:「出向起業」は、大企業の人材が自ら設立した新会社へ出向して、フルタイムで経営者として新規事業創造に向けた実務に従事する仕組みで、経済産業省から支援金も出るそうですね。岩田さんも、NTTコムから独立して立ち上げたSpoLive Interactive株式会社に出向起業しているとうかがいました。出向起業という手段を選んだ理由を聞かせてください。
岩田:理由は2つあって、1つは事業との親和性です。スポーツというテーマはNTTコムとマッチしていましたが、インフラを得意とするNTTコムでは経験のない事業でしたから、どの段階まで進んでもいまのガバナンスのままでは人材管理はもちろん、プロダクトマネジメントなどが厳しいということが想像できました。
2つ目は、「スピード」の問題です。先ほどもお話したように、NTTコムの社内スタートアップ制度は、ステージが進むにつれて稼働時間が増えるはずだったのですが、現実には稼働は増えず、時間を捻出するにも限界がありました。さらには、さまざまな社内ルールやりん議の工程も多い。ハードな交渉を一人で続けるなど、かなり頑張りましたがスピード感を出しづらいのがネックでした。
大企業である以上、会社や社員を守るためのルールやガバナンスがあることは理解できます。しかし、スタートアップライクに進めたい事業の推進を最優先で考えると、ときに弊害に感じる部分が大きかったのです。それらをどのように解決していくべきかさまざまな手段を検討していたタイミングで「出向企業」という方法を知りました。これなら、現状の弊害を根本的に解決できるかもしれないと思ったんです。
退職後の起業も考えた。それでも、出向起業を選んだのは、社内変革を起こしたかったから
HIP:とはいえ、出向起業という特殊な形態を社内に認めてもらうのは難しそうです。
岩田:もちろん、一筋縄ではいきませんでした。経営層に納得いただくまでにかなりの時間を要しましたから。説明をする際には、特にテクニック的な部分で工夫したことはなくて、理屈だけでなく熱意で押し切りました。結局、人の心を動かすのは、事業にかける想いや情熱が大きいと思うので。
実現に向けて大きく前進したのは、取締役に何度も事業計画を話したうえで理解をいただけてからです。感謝してもしきれないのですが、その取締役に社内のさまざまなステークホルダーを巻き込んで説明していただきました。ほかにもいろいろな手段で困難を乗り切りましたが、この場では話しきれませんね(笑)。
HIP:説得するテクニックの工夫はなくとも、内容に納得感がなければ認めてもらえないと思います。どのような話をもとに説得していったのでしょうか。
岩田:NTTコム側にもメリットがあることを伝えていきました。仮にスタートアップの業績が悪化したとしても、影響を最小限に抑えられますし、退社していないから優れた社員を呼び戻すこともできる。企業側にも社員側にもメリットがありますよね。
あとは、この制度を利用することで、多様なキャリアの選択肢を認めていることが、企業のブランディングにもつながると思います。たとえば、出向した経営者がNTTコムに戻ったときに、経営人材としての活躍も期待できるはず。実際に、そういったメリットを伝えながら説明をしていました。
HIP:なるほど。ただ、認めてもらえるとは限らないなか、説得を続けていくのは根気が必要そうですね。そもそもNTTコムを退職して、完全に独立する選択肢もあったはずですが、それを選ばなかったのはなぜですか?
岩田:とにかく SpoLiveを事業化してスポーツコミュニティーをエンパワーし、社会を変えるのが最大のミッションだったので、退職して起業する道も検討しましたよ。ただ、それでも社内説得に骨を砕いてまで出向起業を選んだのは、やはり、社内変革にも寄与したいという気持ちがあったからです。
NTTコムがリクルート社のように経営人材を生み出す会社になったら良いなと、前々から思っていたので。それと、私がUXデザイナーとして、「旧来の事業計画の手法ではなく、デザインプロセスを本気でやれば良いものをつくれる」ということを会社に示したかったという気持ちもあります。
そのほかにもリソース的な理由はありましたが、いずれにしても完全に独立してしまうよりは、出向企業というかたちのほうが、お世話になったNTTコムにも良い影響を与えられるのかなと。結果的にそうした熱意が伝わり、上長や経営層にも認めていただけたのだと思います。
HIP:岩田さんとしても、大企業に籍が残っていたほうが安心感もありそうですね。実際に出向起業を実践してみて、正解だったと感じますか?
岩田:はい。そのおかげで参画しやすいメンバーもいますし、特に課題に感じていた人事面や事業開発面においては、推進スピードは格段に上がったと感じています。また、ようやくスタートアップエコシステムにも入りやすくなり、いままでは関わることが難しかった方々ともやり取りできるようになりました。
コロナ禍で広がる、スポーツ観戦の新たな可能性。SpoLiveが目指す未来
HIP:独立して立ち上げたSpoLive Interactiveは、日本最大級のイノベーションセンターである「CIC Tokyo」にも入居しているとうかがいました。多種多様なスタートアップの集積拠点に身を置くことで、期待していることはありますか?
岩田:NTTコムの社内ベンチャーだった頃は、会社の拠点に集まれていましたが、独立してスタートアップになったからには、そうはいきません。その点、CIC TokyoではSpoLiveのメンバーはもちろんのこと、社外の人たちとも気軽に交流できるチャンスがある。
むしろ、多種多様な分野の人たちとの会話を通じて事業が広がる可能性もありますね。特に海外スタートアップの方とイベントで気軽に話せるのはありがたいです。しかも、CIC Tokyoはほかのコワーキングスペースと比べても、広々としている空間に加え、スタートアップを支えることに特化しているように感じます。
名倉勝さん(CIC Japan合同会社 ディレクター)をはじめ、CIC Tokyoの運営メンバーの皆さんが良き支援者として間に入ってくださり、スタートアップ同士だけでなく、ベンチャーキャピタルや行政機関までつないでくれるのは大きなポイントだと感じました。
HIP:最後に、スタートアップとしてのSpoLive Interactive、そしてサービスとしてのSpoLiveが目指すビジョンについてお聞かせ下さい。
岩田:新型コロナウイルスの影響もあり、スポーツ観戦の新たな可能性はますます広がっていくと考えています。現在も週に数回程度のサイクルで高頻度にサービスをアップデートし続けており、今後もさまざまな新しい仕掛けを予定しています。
SpoLiveを使うことでどういったメリットがあるのかを、チームにもファンにも正しく伝えるためにも、実験的にいろいろなことにチャレンジしながら、実績を積んでいきたいと考えています。とはいえ、将来的には、アプリのサービスに固執するつもりはありません。私たちの目標はあくまで、チームとファンのつながりを深めること。そのために、いまのプロダクト以外の可能性も、もっと模索していくつもりです。