スポーツ観戦の新たなスタイルを創出する「SpoLive」が注目されている。高度なデータ収集・分析を用いたモバイルアプリで、試合中にスポーツのルールやチーム情報を瞬時に得られたり、好きなチームにギフティング(投げ銭)できたりと、チーム・アスリートとファンの距離をデジタルの力で縮めるさまざま機能が満載だ。
SpoLiveは、NTTコミュニケーションズ(以下、NTTコム)社員の岩田裕平氏が、社内起業から始めた事業である。しかし、現在はNTTコムに籍を置きながらも、独立して立ち上げたSpoLive Interactive株式会社に「出向起業」というかたちでCEOに就いている。
なぜ、出向起業という手法を選択したのだろうか。大企業の社内起業と、出向起業の決定的な違いとは? そして、その先に見据えるSpoLiveで実現したいスポーツ観戦のアップデートの展望を岩田氏にうかがった。
取材・文:笹林司 写真:玉村敬太
スポーツファンとアスリート・チームの距離を、デジタルの力で縮める。「SpoLive」の魅力
HIP編集部(以下、HIP):まず、スポーツ観戦アプリ「SpoLive」のサービス概要を教えてください。
岩田裕平氏(以下、岩田):主に国内外のラグビーやサッカーなどの試合におけるリアルタイム速報や各選手のTipsをはじめ、チーム情報、スタメン情報の配信、さらにはスポーツチームとファンの気軽な交流などを可能にした次世代のバーチャル観戦プラットフォームです。
わかりやすい機能としては、気になっているチームをフォローしておけば、そのチームのリアルタイム速報を確認できたり、チーム次第では独自のライブ配信を見ることができたりします。いまは、徐々に対応チームを増やしている段階です。
また、試合中には難しいルールを簡単に教えてくれたりします。たとえば、ラグビーの試合で「ノックオン」という単語をタップすれば、そのルール内容が表示されます。ライブ映像のない試合では速報や選手のTips配信のみですが、音声の読み上げもしてくれるので、試合中にスマホの画面を見続けなくても大丈夫。選手に関する細かな情報やチームの特徴なども確認できるので、初心者の方でも試合観戦をより楽しめる機能が満載です。
岩田:ファンの方々を楽しませるだけでなく、スポーツチーム側のD2Cマーケティングを支援することもSpoLiveの目的です。そのためには、チームがより効率的に情報発信できることが大事なので、そういった機能や仕掛けを充実させています。
たとえば、チームが独自に映像配信を行うことも可能で、試合に限らずトレーニングの様子や練習試合などの配信も行われています。試合中のベンチ裏や試合後のロッカールームの状況、独自の選手インタビューなども可能な範囲で配信いただいています。
そのほかにも、スポーツ団体の方々が試合中の情報管理や発信を効率化できたり、熱狂的なファンの方々からの応援を受け取りやすくするための「スーパー応援」機能を有効化できたりします。「スーパー応援」とは、ファンの方々がチームや選手に直接、応援コメントを送ることが可能な機能。今後も仮説検証を繰り返すことによって、双方の意見やニーズを汲み取ることができると考えています。
HIP:SpoLiveをとおして、ファンはチームのことをより深く知れて、チームはファンに届けたい情報をより効果的に届けることができると。
岩田:はい。SpoLiveが目指しているのは、どこにいてもファンがチームや選手と双方向的につながれる場です。今後は各種スポーツ分野のチームをエンパワーし、「チームをはじめスポーツ団体の方々が、多様な情報を一元的に届けられる場所」にしたいと考えています。
世界中のスポーツまで対象にすると、マーケティング支援やOTT関連のサービス市場は年々伸びています。弊社のビジョンである「スポーツファンと、アスリートやチームの距離をデジタルの力で縮める」を実現するために、スポーツ観戦の体験をアップデートし続け、より多くの人たちにその面白さを感じてもらいたいです。
社内の新規事業コンテストでグランプリを獲得。前例がないなか、事業化へ
HIP:SpoLiveを新規事業として立ち上げた経緯を教えてください。
岩田:もともと私自身は2013年にNTTコムで新事業を起こすためにマーケティング職として入社したのですが、実際は研究職への配属でした。仕事をしていくなかで、研究の企画方法に課題を感じ、次第に「ユーザー不在の研究開発をどうにかしたい」という気持ちが芽生えてきました。
そこで、デザイン教育・起業家教育を受けられる大学院へ行き、自分自身がUXデザイナーとしてキャリアを築くことにしたのです。その後も、経産省が主催していた「始動Next Innovator 2017」(次世代イノベーターの育成プログラム)へ個人的に参加するなど、一デザイナーとして事業をつくっていくための方法論を学んだりしていました。
そんななか2018年頃にNTTコム内で新規事業コンテストというかハッカソンのようなものがあり、それに向けて同僚と取り組んだのがSpoLiveの前身です。スポーツをテーマにしたのは、メンバーにスポーツ好きが多かったから。時世的にも、2019年の『ラグビーワールドカップ』が日本で開催されることや、2020年に予定されていた『東京オリンピック』など、大きな大会を控えていたのも大きな要因でした。
コンテストは、AIの活用やプロトタイプの開発などいくつかのお題をクリアしたサービスを提出して競うといった内容でした。そこでSpoLiveのベースとなる内容を発表し、グランプリをいただきました。
HIP:グランプリを取ったあとは、どういった流れで新規事業としての活動が始まっていったのでしょうか。
岩田:偶然なのですが、グランプリを取ったタイミングでNTTコムの社内スタートアップ制度が正式に始まりました。ただ、制度自体が始まったばかりで前例もないですし、ルールやゴールも明確ではなかったので、なぜかぼく自身が制度設計にも入っていました。
むしろ、「自分たちで決めながら進めてくれ」といった状況でしたね。ですから、制度上のKPIも縛りもほぼ皆無のまま、がむしゃらに実際にプロダクトをつくってみて、何度も実験を繰り返しながら進めてく手法を取りました。
社内起業では、いかに決定権を握れるか。重要な「出島」の本質とは?
HIP:社内スタートアップ制度を活用した初の事業だったのですね。それだけに、大変なことも多そうです。
岩田:本当に大変でしたね。いま思うと、新規事業の初期チーム組成はいちばん重要なポイントだったなと。たとえば、メンバーの数もハッカソンなら6人くらいでも成立しますが、社内での新規事業と考えると多すぎました。
事業化に向けてスタートした時点では、簡単なユーザーテストはしていても、解決すべき課題やソリューションをまだまだ検証すべきフェーズ。にもかかわらず、メンバーが多いというのはコミュニケーションコストが大きすぎて、仮説検証スピードも遅くなります。新規事業としての立ち上げ期は、多くても2、3人がちょうど良いですね。
HIP:立ち上げメンバーは、兼務としての参加だったのでしょうか。
岩田:はい。全員が兼務でしたし、それぞれ違う部署で働いていたので、新規事業に割り当てる時間を捻出するのにも苦労しました。就業時間の20%を新規事業に使えるように各上長の許可を取り、1週間のうち金曜日を新規事業に充てることにしたんです。しかし、結局、金曜日にも既存の仕事の電話や相談が割り込んできて、実際には皆5〜10%程度しか新規事業に割くことができませんでしたね。
採用も試みましたが、人事制度・契約制度的なハードルがありました。SpoLiveの理念に共感してくれて「一緒にやりたい」と言ってくれる社外の人がどんなに良くても、参加してもらう方法は皆無で直接契約もできず、結局コアメンバーとしてやりづらいという状況でしたから。
HIP:ほかの大企業でも、立ち上げ期はメンバーが兼務するケースが多いですよね。うまく推進するためには、何が必要だと思いますか?
岩田:こういった経験から感じたのは、新規事業が文化として根づいていない大企業での社内起業はなるべく出島化されていることが大事だということ。新規事業はスピード感が大事ですから、なるべく自分たちが決定権を持って推し進められる環境をつくったほうが当然良いですよね。
だからこそ、出島をしっかりと定義することが必要です。出島という言葉自体はいろんな人に浸透していますが、人によって捉え方が違っており、なかには場所が違うだけで出島という表現を使う人もいます。私が知る限り、本質的に出島を実践している人たちは、管理や評価も含めて完全に別にしています。出島にするなら、そこまでやらなければ意味がないですね。