起業家の「心理的安全性」を担保する
HIP:奥山さんは経産省を辞めてVCを立ち上げました。経産省に留まりながら出向起業を支援しようという考えはなかったのでしょうか?
奥山:最後まで迷いました。しかし、出向起業が当たり前の選択肢となり、スタートアップの数がどんどん増えていく世の中を実現することが、喫緊の産業振興上で一番大事なポイントだと考え、出向起業支援に24時間注力する生活を送りたくなり、退職しました。
経産省でさまざまな新政策をたくさんつくって広く産業振興に貢献し続けるかたちも魅力的でしたが、ジョブローテーションや管理面の業務量の観点から、当面は出向起業にフルスイングし続けることは難しいかもしれないという点を考慮して、VCを立ち上げることにしたのです。
HIP:出向起業によって日本のスタートアップの環境を変えようとしたんですね。
奥山:先ほどお伝えしたとおり、出向起業に対する出資に、あまり前向きではないVCもいることは事実です。この状況を変えていくには、出向起業から生まれたサービス・商品が「ホームラン」といえるほどの価値を創出する事例を積み重ねていく必要があります。
そうした事例を生み出し、逆にさまざまなVCが積極的に出向起業に投資を始めるサイクルを誘起したい、という気持ちから、この呼び水となるVCを立ち上げたんです。
HIP:日本では、起業数が欧米と比較してかなり少ないといった問題もあります。その点についてはどのようにお考えでしょうか?
奥山:日本国内でも、起業しようか迷っている優秀な人々が多く存在するということは確実にいえます。それは、大企業のなかで働く人も含めて、です。先ほども申し上げたように、起業まで至らなかった人も含め150人以上からの相談を受け、皆さん優秀な方ばかりでしたから。経産省を辞職してVC立ち上げ以後に受けた相談も含めると、200人をゆうに超えます。
しかし、家族のこと、金銭的なこと、辞職した場合に企業のアセット活用ができないと事業を進められないことなど、さまざまな原因によりその一歩が踏み出せないのです。もし、出向起業が実現できるなら、所属する大企業のアセットを使うことができます。また、出向先から大企業に戻ってくることも可能で、多くの心配事を解消できるのです。
「アメリカにならえ」ではなく、日本独自の成功ルートをつくる
HIP:出向起業は起業家の心理的安全性も担保できるわけですね。奥山さんは経産省時代にアメリカのスタートアップを手伝われていた経験もあります。それも踏まえ、起業における考え方はアメリカと比べてどのように違うのでしょうか。
奥山:アメリカの知り合いのなかには、大企業を辞めて起業し、失敗したらもとの企業に戻る人もいました。それはアメリカの大企業が年功序列ではなく、中途入社でも出世するルートがあるからだと推測しています。
日本では、新卒一括採用・年功序列・終身雇用のシステムがしばらくは続くかもしれません。となると、プロパー社員や長く働く人を重視する企業の姿勢もすぐには変わらない可能性がある。
それをいますぐ変えることは難しいと仮定すると、一部の試したい新規事業案をおもちの熱量のある方々が、アメリカにはない出向起業という方法を使ってその新規事業に挑戦し、清算せざるを得なくなった場合にはもとの企業に戻る流れがあると、理想的ではないでしょうか。
HIP:アメリカ人はリスクを取ってでも挑戦する意欲をもつイメージがありますが、それは、前提として、失敗しても別の企業に入り直すルートがある、ということでしょうか。
奥山:そうではないかと推測しています。アメリカ人はリスクテイカーで日本人はそうではないといった単純な話ではなく、中途採用環境の違いや起業失敗に係るキャリアの受け止めが違うことにも目を向ける必要があるのではないでしょうか。人材が流動的に動くアメリカは、大企業を辞めて起業しても、戻れる文化があるのだと思います。
前提条件が違うなかで、「アメリカのように日本もどんどん起業するべきだ」という議論を進める過程では、別の選択肢も考案するべきだと思っています。
新卒一括採用を筆頭に独自の構造をもつ日本はアメリカのようになれないからこそ、新規事業に熱量のある一部の社員向けに、起業後に企業に戻れるような環境をつくることは必要だと感じています。その方法の1つとなるのが、出向起業だと考えています。
「出向起業」を新規事業創出の選択肢に
HIP:企業側にとって、出向起業を認めるメリットはどこにあるのでしょうか?
奥山:経産省在籍時も現行のVCとしても、私が大企業の経営層の方々へ説明している出向起業を認めるメリットは「人材が成長できる」「新規事業の創出が加速できる」「企業の評判が上がる」の3つです。
HIP:その3点について詳しくお聞かせください。
奥山:1つ目の「人材が成長できる」では、起業が失敗して戻ってきても、その人は経営人材に成長して帰ってくることになります。MBAを取得させるよりも、実践的ではないでしょうか。
2つ目の「新規事業の創出が加速できる」という面では、出向起業でスタートした新規事業が軌道に乗ったら、大企業はその会社を関連会社化することも一つの選択肢となります。最初は外部の資金を活用しながら小さく試し、成功を確信したタイミングで豊富な経営資源を大量投入すれば、より成功確率高く、新規事業を取り入れることも可能となります。
3つ目の「企業の評判が上がる」は、出向起業がめずらしいケースのため、メディアに取り上げられることが多くあります。そうすると新卒採用市場への訴求や、新規事業に前向きな大企業であるというブランディングも図れます。
HIP:企業イメージに好影響があるんですね。
奥山:実際に、たとえば南海電鉄では、出向起業の補助事業を活用して3社を立ち上げており、新規事業に挑戦できるキャリアを魅力に感じた優秀な学生や人材から、強い関心を得ているという話を聞いています。これを踏まえ、南海電鉄では、社外の出向起業希望者を受け入れるプログラムも始動しています。
HIP:これからの展望やビジョンについてお聞かせください。
奥山:出向起業する人の数の増加に貢献し、「ホームラン」と呼べる成功事例をつくり、出向起業への投資リターンを証明することが、私のビジョンです。このために、起業前から相談に来て下さる大企業社員の方々と、事業案をスタートアップ化して調達ラウンドを刻んで成長していくことのできる体制の構築や経営方針について、日々議論し、サポートを続けています。
とくに、投資方針としては、特定の技術に知見の深い方々や、特定業界の構造への理解が深く、将来どこにお金の流れが発生するかについて仮説を持っている方々を想定しています。他方で、仮説がなくても、大企業などでの職務経験を活かすには、どのような事業領域で起業するべきかを、ゼロから議論して、一緒に事業の方針をつくっていくことも多いです。
成功事例が増えれば、ほかのVCや投資家も出向起業に積極的に出資するようになるはずです。「社内で新規事業の予算が取れないなら、出向起業という選択肢を取ろう」と誰もが手を挙げ始めるサイクルを、直近数年で実現できたらなと思っています。
HIP:大企業などに所属していて、新規事業がうまく進んでいかないと悩んでいる方も、出向起業という選択肢があるということですね。
奥山: はい、ぜひ検討してほしいです。社内で「出向起業をしたい」といい出すと、さまざまな部署から議論が巻き起こると思いますが、「起業したら数千万円出資するVCをすでに見つけています」といった外の力を使えば、応援してくれる上司・役員が見つかることもあると思います。
また、ファンドの名前のとおり、出向起業が成立しなかった場合であっても、休職や辞職(スピンアウト)を通じて起業する方々にも、積極的に出資していきます。
いずれにせよ、大企業でくすぶっている人が起業ポテンシャルを発揮できるように、これからもサポートしていきたいですね。