「失敗」という言葉にはネガティブな印象がつきものだ。しかし、そもそも失敗しない人なんて絶対にいないし、「失敗は成功の母」ということわざもある。そんな「失敗」を許容して、成功へ導くロジックを説く人物が、ボストンにあるバブソン大学の准教授・山川恭弘氏だ。
アントレプレナーシップ教育において、20年以上も全米1位に輝く大学で、学生たちに「失敗学」を伝授し続けて10年目に突入する山川氏。日米の文化、人々の違いを踏まえたうえでの、企業における「失敗」の重要性を伺った。
取材・文:加藤将太 写真:佐々木和宏
起業の世界において「失敗」は当たり前である。
HIP編集部(以下、HIP):まずは、山川さんが教えている「失敗学」について教えてください。
山川:「失敗の定義」は、成功を定義するのと同じくらい複雑で、人によって異なるものなんですね。たとえば、私が教えているバブソン大学の経営者向けの講義では、最初に1時間くらいかけて「失敗の定義」について話し合います。すると40人くらいの参加者の意見がまったく違ったりする。
HIP:それはなぜでしょうか?
山川:起業の世界は「失敗ありき」で、一人ひとりが異なる失敗を経験しているからです。バブソン大学は、起業教育の分野で20年以上も全米1位、多くの起業家を輩出している大学なのですが、そのなかで伝えられてきた「起業の三大原則」の2つ目にも「許容できる失敗(を見極める)」とあります。
ちなみに「三大原則」の1つ目は「行動ありき」ということ。人やお金が足りないからできないというのではなくて、とにかくいまあるもので行動を起こしてしまうことが大切。3つ目は「周りの人間を巻き込む」こと。スケールの大きな仕事に取り組むときは自分一人では難しい。そこでいろんなステークホルダーの積極的な参加を促すために必要になってくるのが「EQ(Emotional Quotient=感情知能)」なんですね。
HIP:「失敗」を、単純にネガティブなものとしてとらえていないのでしょうか?
山川:そうですね。バブソン大学の起業教育コースでは、1年生のうちに起業をして、実際にビジネスを動かしてもらうのですが、そのなかで学生たちは大小さまざまな失敗をするんです。そして誰かが失敗するたびに、私のクラスでは全員で「How Lucky We Are!(なんてラッキーなんだ!)」って言い合うように決めています。
そうすると、学生たちの失敗に対する心理的なハードルが下がるだけでなく、許容できる失敗の範囲も広がっていき、時には失敗したことを誇りにすら感じ始めるんです。大事なのはこの後必ず、「Why Is That?(なぜラッキーなのか)」と聞いて、「サプライヤーとのリレーションシップをこうすれば良かった」とか、失敗で学んだことを深堀してもらいます。それを知れたから失敗してラッキーだったと。
HIP:失敗がいかに学びにつながっていくのかを、繰り返し体感させるんですね。
山川:このコースでは起業したビジネスがどれほど利益をあげたかでなく、「いかに学んだか」が成績評価の基準なので、多くの学びがあったほうがいいのです。だからこそ積極的にチャレンジしてミスを犯し、失敗を恐れないようになる。
あまり軽々しくは言えないですが、大学1年生で起業を経験して「Failure Is Good(失敗して良かった)」というメッセージを何度も刷り込まれると意識が変わってくるものです。4年間学んだ学生に何を得たのかと質問すると、「失敗は成功だ」ということを語る学生も多くいます。そのせいなのか、ぼくはバブソン大学では「Failure Guy」とか「Dr. Failure」と呼ばれているんですよ(笑)。
HIP:なかなか強烈なニックネームですね(笑)。
山川:そもそも欧米の人たちは日本人に比べて「失敗」を客観的にとらえていて、「個人の評価」に紐づけない文化があります。失敗を表す言葉にもいろいろあって、「Failure」「Loss」「Mistake」「Pivot」の順に軽くなっていくんです。
じつは「Failure」はあまり使われない言葉で、その失敗に関わった人すらも否定するくらい、ネガティブな印象があります。実際、「失敗学」の講義名に使うのもやめたほうがいいと言われたくらい、センシティブな言葉です。
いっぽうで、「(成功への)方向転換」を意味する「Pivot」はよく使われます。ブレインストーミングでも、最初に出たアイデアが一番イケてなくて、何回もアイデアを出すことで面白いものに方向転換していくじゃないですか。でも、その最初のイケてないアイデアを叩き台にしたからこそ、面白いアイデアが生まれるんですよね。
なぜ日本企業には、失敗に不寛容な文化が定着しているのか?
HIP:欧米の人は、日本人に比べて「失敗」を客観的にとらえているというお話がありました。実際、日本では「失敗」することを恥ずかしがる風潮が強いと感じます。その根本的な原因は何だと思いますか?
山川:アメリカでは「失敗したことがない」と言う起業家は、逆にネガティブなイメージを持たれます。失敗すれば、そこからどうやって挽回したのかも含めて学びを得られるので、成功する確率が上がるというロジックなんですね。
でも、日本人に失敗について問うと、タブーに触れるような感じがあって、「失敗したことがある」と素直に答える人も少ない。英語における「Failure」と同じで、失敗がパーソナルなものに紐づいているのだと思います。
HIP:たしかに「失敗=Pivot」という感覚は、日本であまり感じたことがありません。よく聞く話ですが、日本の官僚組織では、出世するためには「失敗しないこと」が大事だと言われるそうですね。
山川:大企業でも、新規事業の担当者にはエース級の人材は使わないと聞きますね。万が一、失敗したらキャリアに傷がついてしまう、と。
でも欧米では逆で、エリート集団のさらにトップの人たちが新規事業に抜擢されることが多いんです。そこで成功も失敗も経験することで、より多くを学び、能力を開花させていく。そういう人たちは、既存の組織に風穴を開けるイノベーティブなミッションも担っているので、日本とはまったく違うんです。
HIP:日本では、ブレインストーミングにおいても、「正解のアイデアを言わなきゃいけない」「変なことを言ったらバカにされる」という空気が漂っていて、失敗を怖がっているケースが多い気がします。
山川:まさにそのとおりです。リサーチ上、人間のクリエイティビティーを阻害する要因は2つあって、ひとつは「失敗するのがイヤ」、もうひとつが「誰かにバカにされたくない」なんです。
ちなみに日本人同士でブレインストーミングするときはコツがあって、最初に参加者全員で、動物の鳴き真似をしてもらうんです(笑)。そうやってバカな真似をすることで、心理的な壁がスッと消えて、コミュニケーションが大きく変わってくるんですよ。その様子を見ていると、本音を言うためのきっかけを待っている人や、どうしていいかわからない人が、日本人には本当に多いんだなと感じます。