自動運転やドローン、ヘルスケア、シェアリングエコノミーなど、テクノロジーによって現実世界を変革するイノベーションが続々と登場し、第4次産業革命とも呼ばれるいまの時代。
現代のイノベーションにおいては、現実世界に新たなサービスを実装するために、既存の法律やルールをどのように解釈、対応させるのかが、ひとつのポイントとなっており、イノベーターや新規事業担当者にもそのスキルが求められている。
そんななかナイトタイムエコノミーの分野で、先陣を切ってルールメイキングを実践していたのが、2016年、約70年ぶりに改正された「風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)」の成立にたずさわった、齋藤貴弘弁護士だ。
「法規制がイノベーションのボトルネックになることもある。しかし、法律を含め、ルールは変えられます」と齋藤弁護士。自ら動き、時代に合わせてルールを変えて、イノベーティブなサービスをつくり上げるために、どういった心構えを持つべきなのか。話をうかがった。
取材・文:笹林司 写真:玉村敬太
不条理で時代錯誤なルールでも、多くの人に「自分ごと化」してもらえなければ変えられない
HIP編集部(以下、HIP):齋藤弁護士は、風営法の改正に取り組んだ際に得た知見を、著書『ルールメイキング ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』にまとめています。まず、この本を執筆した理由から教えて下さい。
齋藤貴弘弁護士(以下、齋藤):もともと風営法に興味を持ったのは、戦後の風俗を取り締まるために生まれた旧風営法によって、2010年頃から罪のないクラブやライブハウスが摘発され、音楽シーン、ビジネスが縮小していくことに問題意識を持ったのがきっかけでした。音楽関係の友人が多かったこともあり、身近な事件だったんです。
齋藤:結果的にさまざまな業界のプレイヤー、アーティスト、音楽ファン、政治家など、多くの人々が力を合わせることによって、70年間変わらなかった風営法を改正することができました。これによって、クラブやライブハウス、飲食店など、さまざまなサービスの深夜営業が合法となり、ナイトタイムエコノミーの活性化にもつながりました。
そして、そのときの試行錯誤が、まさにビジネス・イノベーション界隈でいわれている「ルールメイキング」の実践だったことに気づき、ナレッジを共有できればと思い、本にしたんです。
HIP:風営法改正などのルールメイキングの実践において、一番重要となるのが「アジェンダの設定」だと、著書に書かれていますね。
齋藤:はい。問題のフレーミング(アジェンダの設定)をどこに合わせるのか、それがルールメイキングの成否を分けると言っても過言ではありません。
たとえば風営法の改正は、もともとクラブの摘発を発端とした一部の音楽シーンの人々の問題でした。しかし、いくら不条理で時代錯誤な法律だったとしても、当事者意識を持てる人があまりにも少なければ、問題を提起しても共感を得ることすら難しい。
そこで、風営法の改正においては、「クラブの保護」というフレーミングではなく、一歩広げて「ダンス文化の保護」、さらには「ナイトタイムエコノミーを活性化させるための、夜間営業規制撤廃の問題」としてアジェンダを設定しました。
それによって、飲食業界や不動産開発業界、観光業界をも巻き込んだ大きな動きに発展し、政治家の方にも興味を持ってもらえました。結果的に法改正によって、クラブの深夜営業合法化も実現できたというわけです。
お互いが不利益を被らない、新しい仕組みをつくるのがルールメイキング
HIP:法律を変えるといえば、最高裁判所で勝訴して判例をつくるなど、大規模な法廷闘争を思い浮かべます。しかし、風営法改正での実践は、こういう草の根的なやり方もあったのか、という驚きがありました。
齋藤:たしかに、社会問題に対して法律家の視点から指摘をしたり、法廷で戦ったりすることは、弁護士のひとつの役割です。反権力、抵抗、弾圧からの解放といったイメージの法廷闘争を思い浮かべる方も多いかもしれません。
HIP:新しいモノづくりに挑戦するイノベーターやアーティストも現状に対する課題意識が強く、ルールと戦っているイメージがあります
齋藤:そうですね。ただ、カウンターカルチャーのマインドとしてはいいと思うのですが、「法律・ルールを変えるために戦う」というのは少しナイーブな気もします。
そもそも法律やルールはなんのためにあるのか? それはさまざまな立場の人々の利害を調整して、全体の利益を最大化するためにあるわけです。
ルールメイキングに反対して、いまの法律を守ろうとする人は反対勢力ではありません。彼らには彼らの正義がある。自分だけのためにではなく、お互いが不利益を被らないような新しい仕組みをつくるのが、ルールメイキングなんです。
HIP:イノベーションの敵だから法律を変える、規制をなくすということではなく、関係者の利害をきちんと調整して、落としどころを見つけられるからこそ、ルールメイキングが実現できるわけですね。
齋藤:そうです。そして利害を調整するのは、必ずしも法律である必要もありません。たとえば、飲食物を配達・販売するには、食品衛生法上の規制がありますが、Uber Eatsの配達員はあくまでも店舗から配達だけを委託されたパートナーという立場でその規制をクリアしています。
いっぽうで悪質な配達員によるリスクをどのようにケアするのか、という課題が残りますが、Uber Eatsではレーティングシステムを使って、悪質な販売者や配達員から利用者を守っています。つまりテクノロジーが法律に替わって、利用者の利害を調整しているわけです。
結局、ルールメイキングは目的に対する手段でしかありません。法律にしろ、テクノロジーにしろ、ルールを変えた先に、新しい産業や市場、サービスの創出があるはず。ルールを変えることが目的になってしまっては本末転倒なのです。