INTERVIEW
「誰でもできる」大企業発のルールメイキング実践法。弁護士・齋藤貴弘に聞く
齋藤貴弘(弁護士Field-R法律事務所)

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2020.12.25

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経営戦略のフレーミングを新規事業開発に重ねて、社内を巻き込む

HIP:ルールは国だけでなく、さまざまなところに存在します。たとえば、社員が何万人という大企業では、社内法とも言うべきルールや慣習があります。ルールメイキングの手法は、社内のルールや慣習を変えて新規事業を推進する際にも活用できるのでしょうか。

齋藤:できると思います。わかりやすい例でいうと、大企業には中長期の事業計画があります。たとえば、最近は経営戦略としてSDGsへの貢献が設定されている企業も多いですよね。イノベーティブな新規事業を新たな収益源という視点だけでなく、SDGs貢献に対するソリューションとしても捉えていく。

新規事業単体の価値を超えて、中長期の事業計画や経営戦略とも重なるアジェンダを設定することで、社内での位置づけも上がるでしょう。上層部だけでなくさまざまな部署を巻き込めるかもしれません。

HIP:アジェンダを広げて設定する際、もともとの新規事業メンバーから、「そこまで大きなことをやりたいわけではない」「当初の目的から逸れる」などの反対意見が出ることもありそうです。

齋藤:風営法改正のときにも、そういった意見はありました。もともとは理不尽といえるクラブ摘発に端を発したのが風営法改正運動でしたので、そこにインバウンド観光やナイトタイムエコノミーといった、より大きな意味づけをしていくことの抵抗感はあったと思います。

しかし、私は、草の根のクラブカルチャーを守ることと、夜間を活用してより大きな経済圏を創出していくということは矛盾せず両立すると考えます。ここで大事なのはルールメイキングの結果、利害が誰かに大きく偏らないように皆の言い分を聞き、全体を俯瞰して新しいルールをつくること。なるべく誰もが納得する利害調整を行います。

また、伝え方も大事です。法律を変えるときでも、大企業でルールを変えるときでも、アジェンダのなかから、どのキーワードや側面が相手にとってメリットがあるのかを常に考えます。

たとえば、政治家や官僚に対して風営法改正を訴えるなら、クラブシーンやダンスの文化ではなく、インバウンドによる観光産業の側面から伝えれば、話を聞いてもらえやすい。

新規事業開発のチームには、リーダーやメンバーの熱い想いを客観視して、経営陣やステークホルダーに上手く伝えるファシリテーターのような役割の人がいると良いかもしれません。

HIP:風営法改正において、まさに齋藤弁護士が担ったような役割ですね。法律や規制のルールメイキングにおいて、大企業だからこそできるアプローチ、思考法などはありますか。

齋藤:やはり大企業ならではのリソースは強みだと思います。多様なメンバー、豊富な資金、時間的な余裕、政治家とのリレーション。これらはスタートアップにはありません。また、大企業だからこそ、社会のルールとしっかり向き合う責任もあると思っています。自分たちだけのためでなく、社会全体の利益や公共性にも目を向けた新規事業開発、ルールメイキングをする必要があるのです。

インターネット空間におけるイノベーションにも、ルールメイキングの課題は残っている

HIP:今後、イノベーティブな新規事業開発において、齋藤さんのような弁護士が関わる事例も増えてきそうですね。

齋藤:正直に言えば、弁護士だから誰もができるというわけではないと思います。むしろ新規事業開発や社会課題解決などに興味のある弁護士が、自らのスキルを活かすために関わるケースが増えるのではないでしょうか。

最近は、インハウスローヤー(企業内弁護士)が注目されていますが、一般的な法務業務だけでなく、弁護士のスキルとマインドセットを持ったまま、一般社員として新規事業開発やマネジメントに携わる人も海外では増えています。

先ほど、新規事業チームには、リーダーやメンバーの熱い想いを客観視して、周囲に上手く伝えるファシリテーターのような役割の人が必要という話をしましたが、弁護士は、丁寧に証拠を揃え、文脈をわかりやすく整理して、裁判官に主張を理解してもらうことが仕事のひとつです。

また、基本的に事件の当事者ではないので、自分の意見や思い込みが入り込まず、第三者的な視点からプロジェクトを見ることができる。このあたりは弁護士の職能が活かせるかもしれません。

HIP:最後に、今後のイノベーションにおけるルールメイキングの可能性について教えてください。

齋藤:第4次産業革命の典型的な事例のような、テクノロジーを現実社会に実装するためのルールメイキングはもちろんですが、インターネット空間におけるイノベーションにも、まだまだルールメイキングの課題は残っています。

今回のコロナ禍において、日本ではオンラインサービスに法律が追いついていない分野が一気に顕在化しました。オンライン診療の規制緩和などは典型的な例ですよね。

いっぽうで、音楽のネット配信など、コンテンツビジネス分野にもグレーゾーンは残っています。フィンテックなどの分野でもまだまだ強い規制が存在します。ルールメイキングによって、より良い方向に社会を変える余地は残っているのではないでしょうか。

新規事業やスタートアップのなかには、法律や規制によってイノベーションを断念するケースもあると思います。そして、それこそが日本の成長のボトルネックになっている。

風営法の改正は、さまざまな業界の人たちの多大な協力によって、大きなうねりを生み出すことができました。ただし、当時は参考になる前例がほとんどなく、手探りで試行錯誤の状態。もっとより良い方法もあったかもしれません。この経験が今後、ルールメイキングにチャレンジする人たちのヒントになればうれしいです。

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プロフィール

齋藤貴弘(弁護士 Field-R法律事務所)

2006年に弁護士登録の後、勤務弁護士を経て、2013年に独立。弁護士法人ニューポート法律事務所を経て、2020年10月より、エンターテインメント・スポーツ法務を主な取扱分野とするField-R法律事務所にパートナーとして参画。各種法務に加え、法規制対応や政策立案を含むルールメイキング分野にも注力し、ナイトエンターテインメント事業を適法とする風営法改正をリードした後、観光庁や関係省庁とともにナイトタイムエコノミー政策を実践。現在は、ナイトタイムエコノミーの枠を超え、官民連携の体制を構築しながら、観光や文化、まちづくりを横断する政策提言や実装支援を行なっている。著書に『ルールメイキング: ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』(学芸出版社)

https://field-r.com/people/takahiro-saito/

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