INTERVIEW
ベンチャー・カフェ東京を10万人規模に育てた男が、コミュニティを漢方薬にたとえる理由
小村隆祐(ベンチャー・カフェ東京 エグゼクティブ・ディレクター)

INFORMATION

2024.08.30
取材・文:中野慧 写真:坂口愛弥 編集:CINRA

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「コミュニティ」。この言葉の使用頻度が、2010年代以降増えたと指摘する声は、少なくない。そしてビジネス領域では昨今、良質なコミュニティがイノベーションを促す要素の1つとされる。

そうしたなかビジネスコミュニティの好例といえるのが、米国ボストン発のVenture Café Cambridgeの日本版として、2018年に始動したベンチャー・カフェ東京。東京・虎ノ門にて初回参加者300人程度で始まったこの取り組みは、名古屋や福岡など全国での展開に発展し、イベントへの参加者は累計10万人を上回る。

ベンチャー・カフェ東京の創設に携わり、いまも運営の主軸を担う小村隆祐さんは、成功の理由をどう分析しているのか。また良質なビジネスコミュニティをどう定義づけ、うまく運営するための方法をどう捉えているのか。

「コミュニティは漢方薬みたいなもの」という小村さんの言葉から、その答えが見えてくる。

「内省はすべてに勝る」。徹底的な振り返りと運営チーム内の自由な議論が生んだ、コミュニティの急成長

HIP編集部
(以下、HIP)
ベンチャー・カフェ東京の取り組みは、毎週木曜に東京・虎ノ門で行なわれる「Thursday Gathering」や、ピッチイベント「ROCKET PITCH」がすっかり定着したと思います。ビジネスコミュニティとしてこれだけ成功したのはなぜでしょうか。
小村隆祐氏
(以下、小村)
成功かどうかの評価はまだまだこれからだと思いますが、1つ重要だったと感じるのは「自分で頑張りすぎない」ことです。たとえば新入社員のころを思い出してほしいんですけど、会社からチャレンジを課されたときに、えてして自分だけで頑張ってしまいがちですよね。
HIP
「自分一人でやらなければチャレンジではない」と思い込んでしまったりしますね。
小村
僕らベンチャー・カフェ東京が特異なのは、毎週平均400人がThursday Gatheringに集い、年間2万5000人、これまでの累計で10万人を超える人が参加してきた規模感です。でもじつは、最初はこの人集めにもとても苦労したんです。

どうすれば人が集まるか悩んだ末、いろいろな人を頼ってみたら、有益なアドバイスを数多く得られました。英語でいうVulnerability(脆弱さ)を僕が見せることで、さまざまな人に助けてもらうことができた。だから成功要因って何かっていわれると、決して僕が特別なことをしたわけではなく、周りのおかげでいまがある、と思います。

1人3分で事業アイデアなどを発表し合うピッチイベント「ROCKET PITCH」の模様
HIP
ビジネスの世界ではよく「周囲を巻き込む力が大事だ」といわれますね。
小村
そうですね。いい起業家って頼り上手だったりするんです。僕らがやってきたこともそれに通じるところはあるかなと思います。
HIP
ほかに、コミュニティ運営の秘訣はありますか。
小村
僕は米国のバブソン大学で学んだことをベンチャーカフェ東京の基礎にしていますが、バブソンの教えの1つでReflection Trumps Everything(内省はすべてに勝る)というものがあります。これを大事にすることでしょうかね。つまり行動するだけではなくて、きちんと振り返り、そこから学ぶことを欠かさないようにする。
僕らも、毎週Thursday Gatheringを開催した翌日の朝に、何がうまくいったのか、何がうまくいかなかったのかをチームで振り返ることを、必ずやってきました。内省を徹底的にやり続け、自由闊達に議論する。そのなかで得られた知恵が、ベンチャー・カフェ東京には蓄積されていると思います。

もう1つ大事にしてきたのは、現場の声をしっかり聞くこと。アンケートや直接の聞き取りを通じて参加者の声を集め、現場に反映していくことを運営側のチームで地道に繰り返してきました。

コミュニティは漢方薬のように「あとからじわじわ効いてくる」

HIP
運営側のチームとしての取り組みを大事にしているのですね。
小村
運営チームと参加者が形成するコミュニティは「内」と「外」できっぱり分かれているわけではなく、同心円状につながっていると思います。運営チームもコミュニティの一部なんです。

チーム内で振り返る際には自由闊達に議論するため、気軽にいろいろなことを言える雰囲気づくりを重視しています。近年は「心理的安全性」といわれたりしますよね。
そういった内部のマネジメントを扇の要としてしっかりやっていくことが、結局、よりよいコミュニティづくりにつながっていくと思っています。

ベンチャー・カフェ東京でエグゼクティブ・ディレクターを務める小村隆祐さん
HIP
そもそも小村さんは、ビジネスコミュニティにはどんな役割があると考えていますか。
小村
1つは、機会の創出です。特に大企業で働いていると、ビジネスのプロセスはだいたい決まっていますし、話す相手もある程度決まった人になりがちですよね。そこから新しいことが起こるかというと、なかなか起こらない。ルーティンでは接しない人たちとコミュニティで出会うことで、新しい機会を得ることができます。

ただ1つ注意点があって、ビジネスコミュニティに参加したらすぐに目に見える成果を得られるわけではないんです。抗生物質ではなく、漢方薬のようなものなんですよね。

HIP
どういうことでしょう。
小村
抗生物質って「体にこういう不調が起きているから、こういう作用を与えよう」という考え方で使うものですよね。ビジネスに置き換えると「こういう問題があるから、解決のためにこういう人と出会いたい」という発想です。

ですがベンチャー・カフェ東京のようなコミュニティは、やや趣が異なります。Give & Takeでいえば、最初からTakeできることは少なく、まずGiveを積み重ねることから始まる。その結果として、何かを得られることもあるんです。

HIP
短期的な視点では見えにくい効果が、少しずつ出てくるものだと。
小村
そうです。漢方薬のように、あとからじわじわと効いてくる。別の言い方をすると、コミュニティは皆がGiveしていくなかで、「ポイント」のようなものが貯まっていく仕組みだと思うんです。
HIP
小村さんがいうポイントとは、要するにコミュニティへの貢献ですよね。困りごとを抱えているメンバーの役に立ったり、運営や企画のサポートをしたり。
小村
そのとおりです。だけどポイントが貯まったとしても、使いたいときに使えるわけではない。思わぬ場面で過去のGiveの見返りが得られる、そんなイメージです。

たとえば仲間と新しいビジネスを始めたときに、よく思い返すと出会ったきっかけは数年前のベンチャーカフェ東京だったりする。だから短期的な成果は、どうしても実感しにくいんですよね。

レイオフが一般的な米国では、コミュニティがセーフティーネットに

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