2018年に創業100年を迎えたパナソニックが、いま変わりつつある。同社は、テレビや洗濯機など画期的な家電製品を日本中に広めたリーディングカンパニーであり、これまでBtoCで「モノ」を売っていた。しかし、今後はBtoB向けに電化製品などから得られるデータやサービスを提供する「コト売り」のビジネスモデルを加速させるという。
それを象徴する事業のひとつが「Vieureka PF(ビューレカプラットフォーム)」だ。目指すは、世界の「いま」をデータ化すること。創業100年で培った商法の考え方を根本から変えるため、いちから取り組んだこととは。今回は、Vieurekaプロジェクトの発起人である宮崎秋弘氏と、主任技師の水上貴史氏にお話をうかがった。
取材・文:笹林司 写真:豊島望
世界の「いま」をデータ化したい。撮影で得られた情報を提供するVieurekaとは
HIP編集部(以下、HIP):2017年にローンチされた「Vieureka PF」を使うと、どんなことが可能になるのでしょうか?
宮崎秋弘氏(以下、宮崎):成し遂げたいのは、世界の「いま」をデータ化することです。世界で何が起きているのか、何が求められているのか、それが数値化されたデータを多くの企業と共有し合い、さまざまなソリューションに役立てたいと考えているんです。
宮崎:Vieureka PFは、画像認識機能が搭載されたIoTカメラを使ったソリューションです。AI搭載のVieurekaカメラから得たデータ分析をサービスとして、月額で提供しています。
HIP:たとえば、どんな使い方ができるのでしょうか。
宮崎:たとえば、スーパーの店内にVieurekaカメラを設置したとします。すると撮影した画像データから、お客さんの性別や年齢、手にした商品、最終的な購入商品など、個人を特定せずに必要なデータだけを抜き出すことができるんです。そのデータはクラウドに送られて分析されるので、ECサイト同様に実店舗でマーケティングができるようになるわけです。
水上貴史氏(以下、水上):従来の小型カメラは、主に防犯面で使用されることが多かったですよね。それは、撮影した動画や画像を、実際に人間の目で見て分析することしかできなかったからなんです。
しかしVieurekaカメラは、カメラ本体に、分析用のさまざまなアプリケーションをインストールできます。小売りなら、来店分析用のマーケティング分析のアプリ、介護・看護なら見守り支援アプリ、工場なら管理アプリなど。業種に合わせた使い方が可能なんです。
HIP:各アプリケーションもパナソニックが提供しているのでしょうか?
宮崎:自社開発したアプリもありますが、どんな企業でも自由に開発可能です。いまは、Vieurekaの応用シーンを共創で拡げるパートナーが約30社いらっしゃいます。ぼくらはプラットフォームを整え、サービスを売る側に向けて「環境を提供するので、あとはそれを使って自由にビジネスをしてください」というスタンスです。
わかりやすく例えると、Vieureka PFはゲームメーカーが出すゲーム機のようなもの。ゲームソフトは、ゲームメーカーも出すし、ソフトメーカーも出しますよね。それと同じです。
これからは「データ」がますますシェアされて、それをもとに社会の仕組みができる時代になる。人々の生活を豊かにするうえで、データはなくてはならないものになると思うんです。水道やガス、電気に並んで、AIカメラを活用して得たデータもきっと「インフラ」のひとつになる。Vieureka PFを、それを支えるプラットフォームに育てていきたいと思っています。
「モノ売り」から「コト売り」へ。従来の定説を覆すためのプロジェクトチームづくり
HIP:パナソニックは、単品売り切りのビジネスモデルで家電を日本に広めたパイオニアです。そういった意味で、「モノではなくサービスを売る」というのは、かなり大きな方向転換だと感じます。
水上:たしかに、これまでは高性能な電化製品を製造して、それを販売するのが常でした。しかし、いまはカメラという「モノ」ではなく、カメラが生み出すデータという価値、いわば「コト」を売っています。これまでのパナソニックが手掛けていなかった分野ですね。
宮崎:ですから、従来の売り方は通じません。つくって終わりではなく、プラットフォームをアップデートし続けていくサービスですから。意思決定のスピードが肝心なので、たびたび稟議を通す大企業特有のやり方では遅いんですよ。
そこで、「Vieureka プロジェクト」という組織をつくり、開発から製造、営業、見積書の発行まで、すべて一貫してやっています。俗にいう「社内ベンチャー」ですね。
HIP:社内ベンチャーということは、宮崎さん自らが立ち上げたプロジェクトなのでしょうか?
宮崎:はい。いまでこそプロジェクト化していますが、最初のほうは会社公認ではなく、本来の開発業務もやりつつ隠れてやっていました。歴史のある大企業ですし、従来のビジネスモデルを覆すことは簡単ではないとわかっていましたから。
水上:いまでは、パナソニック全社として「コト売り」にシフトチェンジしようとしていますけどね。いくつかの事業がチャレンジしていますが、完全黒字化の実現にいちばん近く、最先端にいるのがVieureka PFです。
ローンチしたのは2017年と間もないですが、いまやパナソニック内でかなり注目されている事業です。私もぜひ会社を引っ張るポジションで仕事がしたいと、社内制度を利用して自ら手を上げ、この春からVieureka プロジェクトに異動してきました。
愛社精神から危機感が生まれた。パナソニックを変えるために使い分けた二枚舌
HIP:そもそも「コト売り事業」の前例がないなかで、Vieureka PFはどのように誕生したのでしょうか。
宮崎:構想自体は、約10年前からありました。当時、私はR&D(研究開発)部門に所属しており、カメラ系のソフトウェア開発を担当していたんです。性能が良いカメラを携帯電話やスマホに搭載する仕事ですね。
カメラつき携帯は一大ビジネスへと成長しました。しかし、ハードウェア重視で売り切りのビジネスを展開し続けても、やがてコモディティー化して新進気鋭の企業に追い抜かれることは、予想していました。
その危機感から、本業の傍らソフトウェア重視でお客さまとつながり続けるサービスを模索するようになりました。それが、Vieureka PFの構想になっていったんです。
HIP:通常業務に加えて、陰ながらイノベーティブな取り組みを続けるのは大変だったと思います。
宮崎:当時の本業であるR&D事業部の主なタスクは、各事業部が求める半歩先の技術を開発すること。それはしっかりとこなしながら、10年先を見据えたソフトウェアサービスの開発や根回しを自分で仕込んでいき、2017年にやっとVieureka PFとしてローンチできたんです。
まあ、二枚舌を使い分けながら密かに続けてきたことが、やっと日の目を見たといった感じでしたね。
HIP:しかし、大企業のビジネスモデルはそうそう覆るものではありません。10年先を見据えて動いたところで、実現しない可能性も大いにあると思いますが、どのようにしてモチベーションを保ち続けていたのでしょうか。
宮崎:「パナソニックは変わらないといけない。そのためにできることはやる」という使命感です。愛社精神といってもいいですね。
それと同時に、「見返したい」という気持ちもありました。じつは私が入社した頃は、ソフトウェアの技術者は社内で少し窮屈な立場だったんですよ。