「eスポーツ」とは「エレクトロニック・スポーツ」の略。スポーツというものの、プレイヤーが動かすのは自身の体ではなく画面上のキャラクターだ。
ゲームを使った対戦をスポーツ競技ととらえる「eスポーツ」は、すでに欧米や韓国・中国・東南アジアなど海外で絶大な人気を誇る。近年は日本でも盛り上がりを見せ、2018年のユーキャン新語・流行語大賞でトップ10に「eスポーツ」がランクインしたり、一般企業発のプロチームが結成されたりと、ゲーム業界外からの注目も高まっている。
「eスポーツ元年」とも謳われた2018年、市場に名乗りを上げた大企業のひとつが日本テレビだ。同年6月に完全子会社のアックスエンターテインメント株式会社を設立。プロチームの運営に取り組んでいる。地上波でも、eスポーツ専門番組「eGG」を放送開始した。
なぜこのタイミングで日本テレビが「eスポーツ」に注目したのか。そして市場ではどのようなビジネスモデルが成立するのか。代表取締役社長の小林大祐さんにお話をうかがい、eスポーツ市場の現在地と「大企業が新たな市場に参入する意義」に迫った。
取材・文:笹林司 写真:朝山啓司
eスポーツはゲームではなくスポーツ。プロ野球やJリーグの経験が活かせる
HIP編集部(以下、HIP):日本テレビがゲーム市場に参入するというのは、一見意外な取り合わせのように思えます。
小林大祐(以下、小林):「ゲーム」というと新しい挑戦に見えるかもしれませんが、じつはそうではありません。プロスポーツという観点で見れば、日本テレビは読売巨人軍の試合放送やヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ1969)の運営に関わってきましたし、テレビの主要コンテンツはプロスポーツとさまざまな関わり方をしてきた。すでにある程度の「土地勘」を持っていました。
小林:収益構造も、基本的にはプロスポーツと同様です。観客はチームや選手が戦っている姿を応援するためにチケットを購入し、会場で飲食物やグッズを購入する。人気のあるチームや選手にはスポンサーがつき、スポンサー収入が入ります。注目度の高いゲームの試合は、放送権も売れるでしょう。
アックスエンターテインメントが運営するプロゲーミングチーム「AXIZ(アクシズ)」が参加する、ゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』の国内リーグでは、最大3、4万人程度がネット中継を同時視聴します。決勝戦が幕張メッセで開催されたときは、有料チケットが4,000枚売れました。
「若者のテレビ離れ」は事実。テレビに引き留めるだけでなく、新たなコンテンツをつくるべき
HIP:そもそも、なぜ日本テレビがeスポーツを事業化することになったのですか?
小林:日本テレビが取り組む意義としては、「従来のテレビの枠組みを超えた、新しい世代に向けたコンテンツ」である点が大きいです。
世間でいわれているとおり、「若者のテレビ離れ」は確実に起きている。それは視聴者が、ゲームやネットの配信番組など、テレビ以外のコンテンツに時間を割くようになった結果です。ならばわれわれは、テレビだけに引き留めるのではなく、若者が興味を持つコンテンツを新たにつくらないといけません。
従来のビジネスモデルにとらわれない新規事業を創出するために、3年前、「NTVIP(日テレイノベーションプログラム)」という社内提案制度をつくりました。eスポーツ事業は、この制度から生まれた新規事業です。
初年度の募集からeスポーツの企画が出ましたが、そのときの提案者は1人。時期尚早と見送ったものの、翌年は18人が応募してきた。そこで2017年秋ごろから応募者とともに市場の研究を始め、事業化の可能性を探っていきました。研究をしているうちに市場が盛り上がり、その流れにも乗って2018年3月に事業化が決まったのです。
HIP:2018年は、さまざまなメディアで「eスポーツ元年」とも呼ばれていました。具体的にどのようなタイミングだったのですか?
小林:2018年2月に「日本eスポーツ連合(JeSU)」が設立。同年の夏の総合スポーツ大会『第18回アジア競技大会』では、『ウイニングイレブン 2018』を使ったeスポーツがデモンストレーション競技として採用されました。まさに市場が発展しており、事業化できるタイミングだと判断したのです。
事業化メンバーは、eスポーツの企画を応募した社員のなかから、特に熱意があって市場への理解が深かった5名を選抜しました。
テレビ局の社員は、おもしろいアイデアを出すことは得意でも、それをビジネスにするのは苦手。ですが新規事業の場合、そうはいきません。費用はいくらかかるのか、損益分岐点はどこなのか。売上を立てる仕組みとその算段などの事業計画を精査し、ビジネス面からアドバイスするのが「NTVIP」事務局としての私の役目でした。
当初、私は事務局として提案者を支援する立場でしたが、じつは私自身も学生時代から秋葉原に通い、輸入ゲームをプレイするためにPCを自作していたほどマニア志向の人間。日テレに転職する前は、モバイルゲーム会社(グリー株式会社)で海外事業開発もしていました。提案者の研究支援をするうちに自然とのめり込んでしまい、事業化のタイミングで代表取締役社長を務めることになりました。
ゲーム好きが集まっているから、「勘所」をつかんだ事業計画を立てられた
HIP:日本テレビのいち部署ではなく、子会社化した理由は何ですか?
小林:攻めと守り、両方の理由があります。攻めの理由は、事業のスピードを高めること。いち部署だと、予算を取るにも社内稟議に時間がかかりますから。
事業化メンバーの意識を高めるためにも、子会社化は重要でした。会社になると銀行に専用の口座を持ちます。利益が出なければお金は減っていくばかり。メンバー一人ひとりの「利益を出さなくてはいけない」という意識が強まります。
守りの理由は、リスクヘッジです。新規事業には「未経験の挑戦」にともなうトラブルがつきもの。新会社として本体から切り離すことで、スピード感をもって挑みつつも、責任の所在を明確にできます。
HIP:「NTVIP」でeスポーツが採用されることが決まってから、最初に着手したことは何ですか。
小林:まずは、市場調査や研究活動から始めました。当然、事業化メンバーはみんなゲーム好き。勘所もわかっているので、市場の実態を反映した事業計画を立てることができました。たとえば参入するゲームは、公式リーグやツアーが存在していて、ファンや観客が多く、興行性の高いものという基準で選びました。このような勘所は、ゲーム好きでないとつかめません。
HIP:具体的に、どのような事業計画を作成したのですか?
小林:初年度の事業計画は、プロチーム「AXIZ」を運営することと、地上波のeスポーツ番組「eGG」を制作することの二本柱です。チームはゲームメーカーが運営する公式リーグに参加することで、出演報酬を得ることができる。さらにスポンサー収入やネット番組の配信収入を得て、選手にしっかりと報酬を払ったうえでeスポーツ事業の足場をつくるのが目標でした。
使命はeスポーツを広めること。あえて地上波で番組を放送する理由とは?
HIP:eスポーツ番組のビジネスモデルは、従来のテレビ番組と同じく広告収入なのですか?
小林:広告収入に加え、BS / CS放送局と地方局や動画配信サイトに向けて、番組を販売もしています。通常は局から番組ごとに制作費が割り振られるため、スタッフは収益よりも視聴率を気にかける。ですが「eGG」は、新規事業としての予算でつくっているので、番組を続けるためには収益もあげなければいけません。番組単体で収支が問われる仕組みになっています。
HIP:そこまでして地上波の番組を制作する意図はどこにあるのでしょうか。
小林:「eGG」の役割は、eスポーツを世に広めることです。これは日本テレビという大企業がeスポーツ市場に参入した理由のひとつでもありますね。
地上波は、ネット配信とは違い「たまたま見た」が成立するため、eスポーツを知らない人に対してeスポーツを広めることができる。興味のない人にも、ザッピングの手を止めて見てもらえるようにつくることが大事なのです。多数のカットを使ったり、テロップを入れたりする制作手法は、地上波ならではのもの。これによって、「eGG」はeスポーツを知らない人でも飽きずに見ることができる番組に仕上がっています。
まずはネット配信から始める選択肢もあったかもしれませんが、ネット配信の番組は、もともと興味を持っている人が見るもの。「eスポーツを世に広める」というビジョンを達成するためには、地上波でオンエアすることが不可欠でした。