生活を豊かにする木製のインターフェース「mui」をご存知だろうか。ぱっと見では普通の木材だが、自宅の家電操作をはじめ、天気予報やニュースの受信、音声メッセージのやり取りなどができる万能デバイスだ。
その斬新なアイデアは各方面で脚光を浴び、世界的な展示会でも賞を受賞している。そんなmuiのデザインと開発を手掛けたのは、京都に本社を置くタッチパネルの開発などを手がけるNISSHAの社内ベンチャーから誕生したスタートアップ、mui Lab株式会社である。
2019年4月にMBOにより独立したが、大企業から離れて、スタートアップとして走り出すことを決めたのはなぜだろうか。そして、大企業のなかで新規事業を成長させ、独立を実現できた秘訣とは。mui Labコアメンバーの2名に訊いた。
取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 写真:玉村敬太
木の板がインターフェースに? インテリアに馴染む「mui」の特徴とは
HIP編集部(以下、HIP):まず、「mui」という製品の特性からうかがいたいです。こうして間近で見ても、ただの木の板にしか見えないのですが……。
三宅謙介氏(以下、三宅):本物の木材を用いているのですが、タッチスクリーンとLEDが内蔵されていて、指で触れるとタッチパネルのように操作できます。
「mui」に搭載されているのは、エアコンや照明のコントロールパネル、ミュージックプレイヤーの再生停止と音量の調整、スマートフォンから送られたメッセージの表示、音声認識によるアシスタント機能などです。
HIP:インテリアに馴染みますよね。従来の液晶パネルと一線を画しているデザインだと思います。
三宅:これからは、IoTやAIの技術を活かして快適に暮らせるスマートホームが世の中に浸透し、IoT家電が普及していく。それらをコントロールするインターフェースまでもが「コンピューター的」だと、家具やフローリングなどのインテリアにマッチしないのではないかと感じたんです。それでたどり着いたのが、木材でできたインターフェースでした。
HIP:たしかに、床材や家具に木材を使用している住まいがほとんどですよね。
三宅:なぜ家のなかのインテリアに木材が多いかというと、自然そのものによる安心感があるからです。メカニカルな人工物と自然物とでは、知覚のバリューがまるで違います。
木材による見た目と手触りによって安らぎを与え、さらに生活を豊かにする近代的な機能も搭載しているのがmuiの特徴です。
うまくいかないことの連続。それでも「やりきる」ことで状況が変わった
HIP:muiの開発は、いつ頃スタートしたのでしょうか?
大木和典氏(以下、大木):2015年です。NISSHAの技術を使ったタッチパネルシステムを開発して、ニューヨークで開催される家具ショーに出展したのが、プロジェクト発足のきっかけです。
そのときは、「Wall Tile」という石をモチーフにしたフィルムのパネルを出品したのですが、それがバズったんです。その反響を引っ提げた状態で、2016年2月くらいに本社で社内ベンチャー(新規事業部)設立の制度がはじまると聞き、「応募しちゃえ!」と企画を出したところ、予算をつけてもらえることになりました。
HIP:製品化に向けて順調な船出だったようですね。
大木:いや、そこからは思うようにいかず、地獄のように苦しい日々でしたね(笑)。当時、私は営業担当者として米国法人に所属していました。営業とデザイナーだけの体制だったので、技術的な部分はローカルの会社と組んで完成品をつくろうとしたのですが、期限内に完成せずフェードアウトしまして……。
取り急ぎプロトタイプだけつくってニューヨークで開催された現代家具の展示会に出すことに。そんな状況でも、プロジェクトを頓挫させるわけにいかないので「うまくいった」と本部に報告する必要がありました。実際、「見かけだけでも」良くなるように最後まで試行錯誤するなどして、必死に取り繕いましたね(笑)。
HIP:それで、上層部からは何もつっこまれなかったのですか?
大木:いえ、結局は見抜かれていましたよ(笑)。でも、ぼくらなりの必死さを感じ取ってもらえた結果、営業とデザイナーだけではうまくいかないことが上層部に伝わり、社内の技術者を派遣してくれることになったんです。
新規事業はうまくいかないことばかりですが、どんな状況でも「やりきる」という姿勢を上層部や周囲に見せることが大事だと痛感しましたね。
社内のリソースだけでは厳しかった。muiの土台ができたきっかけとは
HIP:技術者も含めた体制になって、事業に弾みがついたのでは。
大木:とはいえ、いままでにないプロダクトなのでチャレンジと失敗の連続でしたね。基本は自分たちで試行錯誤しつつ、各分野に精通する企業との交流も重ねていきました。
そうしたトライを続けていくなかで、いままでNISSHAになかった知見やスキルも溜まっていきました。そこで、先ほども申し上げた、石をモチーフにしたフィルムのパネル「Wall Tile」をバージョンアップさせてみようと。
そして、ふたたび2016年5月のニューヨークの展示会に出展した際、できたのが「mui」というプロダクトです。それが、いわば現muiのコンセプトとなる原型ですね。
HIP:他社とコラボすることで事業を推進できたということですね。一方で、NISSHAという大企業の社内ベンチャーだからこそ、得られたメリットはありましたか?
大木:社内ベンチャーとして歩みはじめたのが2016年からで、資金調達に漕ぎつけたのは2019年。後ろ盾がない一般的なスタートアップだと3年もの期間をサバイブするのは大変ですが、いわばエンジェルやシード投資家のようにNISSHAから後押ししてもらえたのは本当にありがたかったです。
その助走期間があったからいまのぼくらがありますし、心から感謝しています。そういったアセットを活用できるのは、大企業の社内ベンチャーならでの利点だと思います。
HIP:ちなみに当時、大企業の社内ベンチャーとして事業を推進するなかで、意識していたことはありますか?
大木:大企業特有のルールにとらわれないために、「精神的脱藩」をいつも心がけていましたね。この考え方は、いま新規事業を担当されている人たちにも、ぜひおすすめしたいです。