高杉晋作から考察。新事業の担当者に勧めたい「精神的脱藩」とは?
HIP:「脱藩」って、江戸時代に武士が藩を脱出して浪人になることですよね。「精神的脱藩」とは、どういう意味でしょうか?
大木:会社が目指す方向性と、自分たちがやりたいプランが異なる場合、一般的な大企業では後者を修正しなくてはならない可能性のほうが高いですよね。でも、それだと自分たちが理想としていた事業機会を逃してしまうこともある。つまり、とらわれるものがあると、新しいものは生まれにくいと思うんです。
だからこそ、ルールに振り回されすぎないマインドを持つことが大事。それが「精神的脱藩」です。ルールに従うのは大切なこと。ですが、イノベーションを期待されているのに、既存のルールに縛られて身動きが狭まっては本末転倒です。状況に応じて柔軟に対応することがもっとも大事だと思います。
大木:ちなみに、幕末に活躍した長州藩士の高杉晋作は、何度も脱藩したそうです。しかし、打ち首にも、身分剥奪にもならなかった。なぜなら、藩の枠にとらわれない奇抜な発想と行動力で、幾度となくピンチを乗り越えてきたからです。
大きな組織に属していても、そういった機転と度胸がないとイノベーションは起こせないと思います。まあ、「精神的脱藩」を意識しながらやっていたら、本当にNISSHAから脱藩しちゃいましたけどね……(笑)。
HIP:たしかに、現在は独立していますもんね(笑)。お話を戻すと、当初はNISSHAの社内ベンチャー(新規事業)として推し進めながらも、2017年10月に子会社になりましたよね。何がきっかけだったのでしょうか?
大木:当時、私はボストンに赴任していたのですが、アメリカのとある企業から引き合いがあったんです。それで特許取得の必要性を感じたのがきっかけで、NISSHAの子会社として戦略的にmui Lab株式会社を立ち上げようと思ったんです。
NISSHAは連結で社員が5,000人以上いる大企業。しかも、ボストンと日本本国との遠距離も相まって意思決定に時間がかかり、コミュニケーションの疎通が難しい環境でした。子会社化を本国に説得するのも厳しい状況ではあったのですが、ちょうど役員がアメリカに出張するという情報を聞きつけて。それで直談判しに行って、なんとか子会社化にこぎつけました。
社内ベンチャーのままNISSHA本体で特許を取ってしまうと、仮に自分がプロジェクトから外れたら、二度と自分のもとにmuiは帰ってこない。いまでこそいえますが、自分が代表の子会社を立ち上げて、その権利をしっかりと「自社の価値」として残しておきたかったというのが正直な思いです。
HIP:自発的に愛着を持って育ててきたプロジェクトだからこそ、「自分たちで発明して立ち上げたもの」として推し進めていきたかったんですね。
三宅:普通の大企業で、大木みたいに勝手な動きをしたら、速攻でストップがかかるか、最悪の場合は潰されますよ(笑)。
ただ、NISSHAは「他社が手がけないことをやる」というのをモットーにしているので、チャレンジを恐れない風土がありました。それと、NISSHAが現在メインの市場としているIT業界は競合他社も多い市況なので、「変わっていかなければいけない」という危機感もあった。そうしたさまざまなプラスの要素が重なって子会社化できたんだと思います。
子会社の社長からスタートアップの社長へ。大企業から独立を果たせた要因とは
HIP:なるほど。その後、なぜMBOを実施して、NISSHAグループから独立したのでしょうか。
大木:じつは、最初から独立を狙っていたわけではないんです。あくまで自分たちが主導権を握りながら推し進めていきたかったので、「なりゆきでそうなった」という表現が正しいかもしれません。
三宅:これはNISSHAだけでなく、大企業全般にいえることですが、自分たちだけで意思決定できないのはやっぱりネックになりますよね。
さまざまなルールや制約をクリアしなければいけないので、ダイナミックな判断ができないんですよ。でも、スタートアップなら自分たちだけでスピーディーに決められますよね。たとえば、デザイン変更も普通の会社だと稟議事項ですが、大木の判断で30分以内には決まります。
大木:要するに、事業のスピード感やものづくりにこだわる姿勢を突き詰めた結果、独立したほうが良いと判断したんです。ただ、NISSHAにはMBOの前例がなかったので、いざ独立しようと思ってもやり方がわからず苦労しました。
しばらく悩んでいたのですが、たまたま外部のファイナンシャルプランナーの方と知り合う機会があって。その方にご協力いただきながら、NISSHAとmui Labともに納得できる契約を結んで独立する運びになりました。
HIP:お互いが納得するかたちで独立を果たしたんですね。
大木:あと、独立しようと思ったきっかけとして、単純にスタートアップに憧れていたんですよ。すごく陳腐な言葉ですが、かっこいいなと(笑)。
たとえば、「カラオケで歌うだけの人」か、「シンガーソングライター」かでいうと、大企業の新規事業が前者で、スタートアップが後者。個人的に、そう感じたんです。カラオケのように誰かがつくったものを歌うのは、表現だけの勝負になるし、歌い手も替えがきく。でも、シンガーソングライターは歌そのものからつくり、独自の表現で世の中に発信していく。
スタートアップもそれと同じように、創業者が自ら何かを生み出し、それを広めていきます。「自分がつくったもの」は、愛情の度合いも格別ですよね。その情熱があるから、自分たちだけの意思決定のもと、スピーディーにプロジェクトを推進したかったんです。
製品だけじゃない。「mui(無為)」という概念を広めたい
HIP:大企業から独立したmui Labですが、不安はなかったのでしょうか。
大木:不安がまったくなかったわけではありませんが、「大企業だから安心」という時代は、終わりましたからね。
どの業界にも新たなスタートアップが誕生し、大企業ではできないことにチャレンジしています。いわば、「黒船」が続々と到来している状況ですから、会社の規模にかかわらず、イノベーションを起こすチャンスがある。
それにいまは、個人の力が重要になってきていますよね。会社に所属しながらも守りに入るのではなく、個人として自律志向、チャレンジ精神を持つことが一層求められる。そう考えると、企業がどこであろうと、「自分がやりたい事業」をとことん突き詰められる環境がいちばんなのではないでしょうか。
HIP:最後にmuiで実現したいビジョンを教えていただけますか。
大木:もともとmuiという名は「無為自然」、つまり「人の手を加えないで何もせず、あるがままに任せること」という老子の思想が由来となっています。製品をとおして、その「無為」という価値を広めたいです。
パソコン、スマホ、タブレット、スマートスピーカー……ITやAIを駆使したデバイスが生活に浸透しているこの時代。IoTの便利さに浸って、人が機械にコントロールされてしまう未来も近いように感じます。便利になるのは良いことですが、せめて人と接するインターフェースは、木のように自然的なもののほうが良いのではないかと私は思っています。
だからこそ、モノの気配を消し、潜ませられる「mui」でその価値に気づくきっかけを与えたい。そして、最終的には「mui(無為)」という概念自体が世の中に浸透したら嬉しいですね。