オリジナリティーがないと意味がない。新規事業のスタートが属人的であるべき理由
HIP:個人の自由な発想と権限で試行錯誤できる環境は、とても魅力的。一方で、「やる人」によって結果が変わってしまうのは、「属人的」ともいえるのでは?
藤田:おっしゃるとおり一般的には、「やる人」によって結果が違うと「ビジネスとしてスケールしない」といわれていますよね。たしかに「10を千、万」にする段階で、属人的なビジネスのままだったらまずいです。
ですが、「0から1」を生み出すときに、オリジナリティーのない1を生み出しても意味がない。「私はこうしたい」という個人の思いが、事業をスケールしていくうえでの原動力になるんです。だから、むしろ最初は属人的であるべきだと、私は思います。
HIP:プロジェクトから約1年。代表者のお二人はどのような変化を感じていますか?
有富:新会社では、何をするにもテンポが速いです。とくにリサーチにかける時間・人・お金は圧倒的に少ないですね。いままでは、入念に調査して、試験を繰り返して、慎重に検討を重ねるものだと思っていました。
現在は、いち早くお客さまのところに行って「ニーズを把握し、即座に検証を行う」という流れを繰り返しています。コストをかけずに、スピード感を上げるこの手法の精度を高めて、三井化学に持ち帰りたいですね。
秀崎:私もここに来るまでは、開発プランでも、研究テーマでも、とにかく新しい提案は、社内協議をして決裁をとらないといけないものだと思っていました。
Goサインが出るまで1、2年かかるのも普通だと感じていましたが、いまは大幅に短縮されています。開発プランを練って動き出すまで、2、3か月でしたから。
新規事業がなくても社会は回る。だからこそ、ネットワークづくりが不可欠
HIP:大企業とベンチャーでは、スピード感が全然違うと。それ以外にもお二人のなかで変化はありましたか?
秀崎:三井化学の既存事業には、十分なノウハウや開発力、資金、人材が揃っており、環境がすでに整っています。しかし、ベンチャーは違う。「環境づくり」から始めるってかなり大変なんだなと、あらためて実感しましたね。
もともと、新規事業の取り組みって「それがなくても社会は回っているもの」なのです。社会に受け入れてもらうには、まず人の信頼を得ていく必要がある。いまは積極的に発信して、事業に共感してくれる人を探すことに力を入れています。より多くの人に共感してもらい、開発力や資金面でもサポートいただけるよう頑張っているところです。
有富:新しいことをやろうとしていて、「それが正しいのか?」は誰にもわかりません。ただ、その答えが「社内にはない」と気づけたのは大きいですね。
大企業にいると、社内稟議をクリアにする必要があるため、「社内の人たちを納得させる」ことに目が行きがち。でも、それは事業の本質ではないですよね。自分たちの方向性が正しいのか確かめたいなら、外の人に会いに行って、生の声を聞くべきだと感じています。
細かな事業計画には意味がない。プロジェクト期間を3年間に定めたワケ
HIP:「0to1プロジェクト」は2021年3月を一区切りに設定されているそうですね。なぜ3年間と定めたのでしょうか。現在1年が過ぎた段階ですが、1年ごとの目安もあるのでしょうか。
藤田:3年の区切りは、安定的に黒字化するまでに必要な期間と想定して設けています。それ以外に大きな理由はありません。1年ごとの目標も定めていません。
これは持論ですが、事業計画を細かく設定しすぎると、うまくいかないことが多い。大事なのは遠くを見ることと、足元を見ることの両方。「3年やる」と決めたらその目的を意識しながら、直近の1、2週間をどう行動していくかが大事だと思います。
また、このプロジェクトに関しては、三井化学が有望な社員の貴重な3年間を託してくれたのも大きいです。大企業側からしたら、ベンチャーのわれわれに育成を託すのは、ある意味チャレンジですから。その期待に応えなくてはならないと思っていますし、三井化学とこのプロジェクトを推進できるのは、かなり心強いですね。
HIP:最後に、2021年に向けて各社の課題やビジョンを教えてください。
秀崎:植物ルネサンスの「ルネサンス」(再生・復活)には、埋もれている有用植物を活用したいという思いを込めています。植物由来の成分は食品や化粧品など、さまざまなところに使われています。しかし、多くの場合はたくさんの植物からほんのわずかな成分を抽出する手法をとっており、これでは環境負荷も大きく、効率的とはいえません。
われわれの技術は、植物のひとかけらから、植物細胞を培養して有用成分を大量に生産するというもの。これは世の中の役に立つと確信しています。もっと多くの人にこの技術を知ってもらい、より良い製品化につなげていきたいです。
有富:ティエラポニカは、独自の水耕栽培技術で東南アジアと中東への進出を目指しています。とくに中東は、三井化学もちとせグループもまだ拠点を持っていないので、自力で開拓していくことになります。
文化もビジネスのやり方も違うので、私にとっては大きな挑戦です。中東は食料自給率が低いので、とくにニーズを感じています。「微生物の力を活かした水耕栽培」ならではの新鮮で美味しい野菜を、世界中の人に届けたいです。
藤田:「0to1プロジェクト」に関心のある他社からすでに声をかけてもらっています。三井とちとせ、二社間独自の取り組みにとどまることなく、「オープンイノベーションのひとつのかたち」としてもっと社会に知ってもらいたい。そのためには、2社、3社と続いていく必要があるので、まずは今回のプロジェクトを成功させたいですね。