ベンチャーが主導となり、大企業で新規事業を生み出す「人」を育てる。そんな「新しいオープンイノベーション」に、バイオベンチャーのちとせグループと三井化学が取り組んでいる。
2018年4月に「0to1プロジェクト」を立ち上げたちとせグループ。その一環として三井化学と協働し、2018年6月に株式会社植物ルネサンス、7月に株式会社ティエラポニカの2社を設立。いずれもちとせグループが100%出資元だが、代表は三井化学の社員が出向して務める。
今回話を聞いたのは、ちとせグループ代表として数々のベンチャーや新規事業立ち上げに携わってきた藤田朋宏氏と、三井化学から出向した植物ルネサンスの代表 秀崎友則氏とティエラポニカの代表 有富グレディ氏の3名。大企業発の新規事業を成功に導くカギについて、存分に語ってもらった。
取材・文:堀川晃菜 写真:玉村敬太
「0から1を生み出す」が苦手な大企業のために。「人」を育てるオープンイノベーションとは?
HIP:新規事業の立ち上げに苦戦する大企業は多いと聞きます。「0to1プロジェクト」では、どのようにしてこの課題を解決しようとしているのでしょうか。
藤田:新規事業には、「0を1にする」「10を千、万」にするフェーズがあります。ノウハウやアセットを蓄積している大企業が得意とするのは後者。一方前者は、身動きが取りやすいベンチャーのほうが得意です。
そこで、バイオベンチャーのわれわれとバイオ関連の大企業がそれぞれのノウハウを分け合って「新規事業」を育てるとともに、大企業の「人」を、「0を1にする」フェーズで活躍できる人材に育てようというのが「0to1プロジェクト」です。その最初の取り組みとして、三井化学の社員に出向してもらうかたちで新会社を設立しました。
HIP:それが「植物ルネサンス」と「ティエラポニカ」ですね。
有富:はい。私が代表を務めているティエラポニカは、微生物のパワーを活かした水耕栽培を事業化しています。秀崎が代表を務める植物ルネサンスでは、植物細胞を培養する独自技術によって、植物由来の有用成分を安定的につくり出す事業を行っています。
HIP:三井化学とちとせグループがタッグを組むに至るには、どういった経緯があったのでしょうか。
藤田:もともと三井化学とは研究分野が近く、2004年頃からつき合いがあります。当初はちとせ側が技術屋として三井化学のビジネスをサポートしていました。
並行して、われわれはいくつかバイオベンチャーを起こしており、次第に「事業の立ち上げ」に関するノウハウが蓄積してきたんです。ちょうど、三井化学も新規事業を立ち上げる必要性を感じていた。そこで、弊社のノウハウやスキルを共有したいと提案したのが始まりです。
HIP:なるほど。事業規模や風土が異なるなかで、足並みを揃えるのに苦労はありませんでしたか。
藤田:たしかに違いはありますが、三井化学の社員の方からは、どなたに会っても「良いものをつくりたい、良い仕事がしたい」という気持ちが伝わってきます。根っこにある「仕事観」をお互いに共有・共感できていることで、信頼関係が生まれていると思います。
HIP:代表者はお二人とも三井化学から出向されていますよね。三井化学として、どのような狙いがあるのですか。
秀崎:われわれとしては、新しいものを生み出すための考え方や方法論を手に入れることが、最大の目的のひとつ。「出向」とは、いずれ三井化学に戻るということを意味します。そのときに、得たものを社内に持ち帰りたいですね。
とはいえ、そこまで気を張っているわけではありません。「ダメもとで行ってきなさい」と送り出してもらえたおかげで、あまりプレッシャーは感じていないですね。
暗闇を全速力で走るのが新規事業。突破口にたどり着くための秘策とは
HIP:大企業内で新規事業を立ち上げるのではなく、わざわざ新会社を設立しました。バイオ業界でこのような「出島戦略」を採用するケースは珍しいですか?
藤田:そうですね。そもそも新規事業を立ち上げるのもリスクですからね。バイオの研究開発は実験設備など初期投資もかかるうえに、研究結果が成果につながる保証はない。
新規事業をやっている本人は、「真っ暗闇のなかを全速力で走らされている感覚」になるんです。何も見えないなかで、「もっとこうしたほうがいいよ」と、いろんな人が言ってくる。もちろん良かれと思っての助言ですが、それを全部聞いていたら、迷子になってしまいます。
大企業にはそれまで培った実績もあり、プライドもある。「それはうちの会社がやるべきことなのか」と新規事業に懐疑的な人も当然います。しかし、そういう社内の人の顔色を見てしまうと、新規事業担当者が「個」で突っ走れない。大企業文化から逃れる「バリア」を張るためにも、代表者を「切り出す」必要があると思い、「出島戦略」を提案しました。
HIP:あえて「切り出す」ことでチャレンジャーを守ろうと。
藤田:そうですね。だいたい大きな組織のなかでプロジェクトを進めると、自然と「その会社の価値観」「定められた意思決定プロセス」に従って動くようになるんです。その結果、誰の意思で動いているのかわからなくなる。
すると「自分がやるからには、何とかしたい」という踏ん張りもきかなくなります。新規事業に正解は存在しないからこそ、結局は「自分がやるんだ」という気持ちがイノベーションを起こすための第一歩になると、私は思っています。
制度や決まりごとは邪魔になる。あえて「制度化しない」ことの大切さ
HIP:ティエラポニカと植物ルネサンスは、現在どのような人員体制で事業展開されているのでしょうか。
有富:いずれも専任は代表一人で、兼任のサポートメンバーがいます。基本的に何でも自分で決めなければいけないので、自分の決断が正しいのか不安になることもあります。
でも、やるしかない。そう思えるのも、設立当初に藤田さんに言われた言葉のおかげです。「とにかく、どんどん動いて。本当に間違った方向に行こうとしているときは、ストップをかけるから」と。安心してチャレンジしていいんだと、背中を押されましたね。
HIP:三井化学の環境とは、かなり違うと思います。最初はカルチャーショックも感じたのではないでしょうか?
秀崎:なにもかも違うので、最初はキョトンとしてしまいました(笑)。でも、日々学ぶことのほうが多いですね。最近感じているのは、あえて「制度化しない」ことの大切さです。
それは大企業のルールに縛られずに働くなかで学んだことですね。とくに新しいことをやろうとする際は、制度や決まりごとが「柵」になり、動きと思考が狭くなってしまう。ふつう、大きな組織のなかでは組織図をもとに、上司から指示を受けて動く。でも、いまはとにかく人が少ないうえに、つねに新しい業務や役割が発生してくるので、役割分担などしていられません。
藤田:極端にいえば組織図があると、その「あいだ」にある仕事を誰もやらなくて良いことになります。しかし新規事業は流動的ですから、それでは困る。組織図をつくるより、一つひとつの課題をベースに「その課題に対して責任を持つ人」を明確にして進めていくことが大切だと思います。