INTERVIEW
「答え」を探すよりも「問い」を探すほうがいい。まちの保育園・松本理寿輝が目指す幼児教育の未来
松本 理寿輝(ナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表取締役)

INFORMATION

2015.10.16

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「まちの保育園」を通して復活させたかったものとは?

HIP:「まちの保育園」は地域とのつながりが活発です。地域とつながりを持とうと考えた理由はどういったものだったのでしょうか?

松本:地域とつながることを理念にした保育園を作ろうと思ったのは、先にお話した、学生時代に子どもたちの生育環境の調査をしていた頃でした。調査の中で、特に都市部に住む子どもが家庭と幼稚園や保育園の往復で、近所づき合いがしづらい状況にあることがわかりました。また、幼稚園や保育園で働いている人のほとんどは30歳前後の女性ですし、育児の大半は女性によって支えられている状況なのです。

HIP:人格形成がなされる大切なときに、触れ合う大人が限られてしまいがちなんですね。

松本:そうなんです。子どもたちには、もっと多様な大人との出会いがあってもいいのではないか。そう考えました。一方で、街に目を向けてみると、街はさまざまな大人たちで溢れています。そして、地域の人たちも地域交流が希薄になっていることを課題と感じている。シニアの方々は子どもと接したいと思いつつも、躊躇してしまう人が多い。

HIP:街中で子どもに声かけると不審者扱いされてしまいますからね。

松本:なかなか子どもに声をかけることはできないですよね。ですが、シニアの方にとって、元気なうちに子どもたちと接する機会を増やすことは、予防介護にもつながります。また、中高生くらいの若い人が幼児との関わりを持つことにも意味があります。フランスでは中高生にベビーシッターを推奨し、乳幼児と触れ合う機会を増やして子どもと一緒にいるリアリティを持たせた結果、若い世代の出生率が向上したという話もあります。

HIP:地域の人たちと子どもたちが触れ合う機会が増えることは、双方にも社会にもよい効果をもたらすと。

松本:現代では、子どもたちも時間に追われています。かつて都市にあった時間的・空間的な余白が、いまは失われてしまっている。その「余白」を「まちの保育園」を通じて復活させたいと思ったんです。

意思決定は、「正しさ」や「確からしさ」だけで判断しない

HIP:具体的に「まちの保育園」では、地域の人々とのつながりを生み出すためにどのような工夫をしているんですか?

松本:保育園と地域の接点を生み出すために、中間領域的なものとしてカフェを併設するアイデアが浮かびました。ただ、カフェだけでは目的がないと訪れてもらうことが難しい。そこで、より気軽に足を運ぶきっかけを作ることができるようにと、パン屋も併設することにしました。

HIP:迎えにきた保護者の方と園児が一緒にパンを買っていく様子を見ました。素敵な光景ですね。地域とのつながりの他に、何か「まちの保育園」を運営する上で心がけていることはありますか?

松本:正しさや、確からしさだけで判断しないということは心掛けていますね。

HIP:それはどういうことなのでしょう?

松本:イタリアに「レッジョ・エミリア」という都市があるのですが、そこでは対話を重んじ、美術専門家を園に配置するなどの先進的な幼児教育を実践しています。以前、私は仕組み化に夢中になり、ルールやシステムばかりを考えていた時期がありましたが、理想の教育を考えていくうちにレッジョ・エミリアの考え方に出会い、仕組みだけではダメなんだということがわかりました。正しさや確からしさだけではなく、楽しさや素敵さ、美しさのような「人の心を動かす要素」も大切だということに気づかされたんです。

HIP:なるほど。仕組みや正しさといった面と、楽しさや美しさといった面を両立させるのは大変なことかと思います。どのようにこれらのバランスをとっているのでしょうか?

松本:ずっと走りながらだと、自分ではバランスがとれているつもりでも、どこかでバランスが崩れていることがあります。なので、立ち止まるタイミングを定期的に設けながら、確認するようにしています。

HIP:その確認はどのようにしているんですか?

松本:自分の中に7人の株主を思い浮かべて、自分株主総会を開くんです。自分の知っている具体的な人物の中で、男性や女性、クリエイティブな人からお金周りに強い人まで、決まった7人がいて(笑)。そして、その人がどう考えるか、何と言うかを思い浮かべてみる。そうすると、自分のやっていることが客観視でき、バランスが見えてきます。

HIP:自分株主総会というのは面白いですね!

松本:実際にこの7人で株主総会を開いたら大変なことになっちゃうと思いますが(笑)。

「答え」を探すよりも「問い」を探すほうがいい

HIP:「まちの保育園」では、対話も大切にされていると伺いました。なぜ対話することが大切なのでしょうか?

松本:私たちは教育や生活の文化を作ろうとしていますが、そうした「文化」は、「こうなったら成功」という目標を持てるものではありません。そのため、あるべき姿の目標を立て、そこに至るまでどう取り組むか考えるバックキャストのアプローチよりも、現在を軸に将来を予測していくフォアキャストのアプローチの方が重要になると思います。一人ひとりが心地よい風景や場面に遭遇した際に、どうしたらその状態を維持することができるのか。または、違和感のある状態に陥ったときに、どうしたらその状態を脱することができるかを話し合うことで、目指すべきあり方を探っていくんです。

HIP:それぞれが感じていることを共有して、話をしながら未来をつくっていくことが大切だと。

松本:そうです。まだ表面化していない価値観は、みんなで話しながら言語化し、表面化させていくしかありませんから。なので、対話を大切にしています。そもそも教育は、社会の理想とその人のパーソナリティの掛け合わせで成り立つもの。誰かが答えを決められるようなものではないと思う。決定的な答えが出てこないとなると、「答え」を探すよりも「問い」を探すほうがいい。

HIP:そして、その「問い」について対話を行う。

松本:そうすることで、結果的に豊かな教育文化が作れるのではないかと思っています。

HIP:そういった考え方は、新しい事業を作る際や職場環境を整える上でのヒントにもなりそうですね。

松本:そうかもしれませんね。一方的な主張だけではなくて、相手の声に耳を傾け、丁寧に人と人とが向き合い文化を作っていくことが必要になると思います。

経営的な数値目標よりも、メンバーの幸せを一番に考える

HIP:今後、「まちの保育園」はどのように展開されていく予定ですか?

松本:現在、都内で3つの保育園を展開しています。これ以上園が増えてしまうと、一人ひとりの子どもの成長や職員の気持ちが気にかけられなくなってしまうので、自分にとっての本質的な経営はできなくなってしまうと考えています。

HIP:すると、数はこれ以上増やさない?

松本:そうですね。ただ、保育園が地域福祉のインフラになったり、まちづくりの拠点となるようなやり方や取り組みは広げていきたいと考えています。子どもを介して地域社会をつなげられるということを、誰もができるモデルとして展開したい。そのため、「まちの保育アライアンス」のようなものを立ち上げていて、来年から少しずつアライアンス先の保育園が開園をしていく予定です。

HIP:では、「まちの保育園」の考え方や仕組みは少しずつ広まっていくことになるんですね。

松本:そうしていきたいですね。仕組みや考え方を広めていくことで、自分たちの会社は経営における数値目標よりもメンバーの幸せを一番に考えることができる。関わってくれている人たちの「幸せの総量」を最大化できるような経営をしていきたいと思っています。

Profile

プロフィール

松本 理寿輝(ナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表取締役)

1980年生。1999年一橋大学商学部商学科入学。ブランドマネジメントを専攻する傍ら、レッジョ・エミリア教育に感銘を受け、幼児教育・保育の実践研究を始める。2003年同学卒業後、博報堂に入社。フィル・カンパニー副社長を経て、かねてから温めていた構想を実現するべく、保育現場での実践活動に参画。2009年4月ナチュラルスマイルジャパンを創業。国内外の幼児教育・保育の実践研究を継続し、2011年4月「まちの保育園 小竹向原」を開園。同園の斬新なコンセプトは各方面で大きな反響を呼んだ。2012年12月、港区六本木一丁目に「まちの保育園 六本木」を、2014年10月、「まちの保育園 吉祥寺」を開園。“こどもも地域も生きるコミュニティづくり”を、日本の保育(幼児教育)環境や日常生活の豊かさにつなげて行きたいと願っている。

http://machihoiku.jp/

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